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恩師の言葉と隠れていたわたし


2年前のちょうど今頃、わたしはもうどうして良いかわからず、困り果てていた。

12歳の頃からダイエットを繰り返し、過食嘔吐がとても酷かった時期を経ても、自分の容姿へのコンプレックスが強く、あらゆるダイエットを試してはリバウンドを繰り返していた。

年齢と共にだんだんと燃費の良さに拍車がかかり、バタバタと仕事をこなして夕食を抜いても、もうわたしの体重は1ミリも動かなくなってしまっていた。
が、46歳の頃、やっと、やっと、健康的に痩せられる王道な方法に辿り着いた。

カロリー計算をして、PCFバランスをきちんと考えて、炭水化物も毎食摂る。
そしてしっかりと筋トレをする。

それを毎日毎日積み重ね、1年で14kgのダイエットに成功した。
このままだったら、もっと痩せられる。そう思っていた。


ところがだんだんと色んな症状が出始める。
気絶するように眠りにつくのに、夜中に目が覚めて、それから一睡もできない。
片側の目の奥、奥歯、首、肩が、何とも言えない痛みに襲われる。

『あぁ更年期』
この年頃ではみんな口を揃えてお決まりのこの言葉。
でも何かがおかしい。


眠れないから、毎日がものすごく辛い。
毎晩、痛いのも辛い。


でも、一番辛かったのは、全く変わらない食生活、運動を続けているのに、毎日毎日、ぶくぶくと膨らんでいく身体。

睡眠不足でフラフラでも、太る恐怖から運動量を増やして励んでいたある日、鏡に映るあまりにブヨブヨになっている自分の姿を見て、これはもうダメだと悟った。

『誰か助けて』


わたしは、トレーニングをやめて、そのままスマホを開き、しばらく前からフォローしてYouTubeやブログも読み漁っていた分子栄養学の先生で、カウンセラーもされている【まごめじゅん先生】のカウンセリングを申し込んだ。


わたしこれで、また痩せられる!そう思って安堵した。

***

1ヶ月後の7月。
わたしは東京であの憧れのあの人に会う。
話を聞いてもらえる、助けてもらえる。
高揚しながらその日を迎えた。

ホテルのドアからこちらに向かってきた先生は凛としていて本当にかっこよかった。

ドキドキしながら食生活、飲んでいるサプリ、仕事の内容。
最初はそんなことから話し出したと思う。
そしてわたしの一番の悩み、体重の急増についても話した。


カウンセリングは盛りだくさんな内容だった。
仕事のことパートナーのこと、わたしが持っている罪悪感に対する考え方。恐れや怒りをメタ認知する方法や、わたしが好きなこと。

先生の口から出てくる言葉が素晴らしすぎて、魅力的すぎて、わたしは興奮していた。
夢見心地だった。


今、思えば、先生は何度か、わたしの心をノックしてくれたけど、わたしは頑なに、不満なのは、太っていること、会社の人手が足らないこと、時間に追われることだと、言い張った記憶がある。
思考が爆発していて、"どう感じているか"よりも、"どうするべきか、どうあるべきか"のみだった。


でも、先生が最初から最後まで伝えてくれていたのは、わたしにも、わたしのパートナーにも、
【可能性があること】【選択できること】だった。


これを思い出すと今でも涙が出てくる。
あの日のこの言葉がなければ、わたしもパートナーもいまだに、必死になって自分を削って働いていただろう。
病気に強制退場させられるその日まで。

自分たちに、"会社を存続させる、従業員と従業員の家族を守る"こと以外の選択肢があるなんて、本当に夢にも思っていなかった。

***

その後、パートナーは会社を辞める決心をした。
会社からすると、天と地がひっくり返るような大きな決断だった。
その後、まごめ先生のセッションを受けて、彼もすっかり先生の虜になった。

彼は、そのまんまな人なので、
『先生〜大阪来たら一緒に飲みたい!』とか
『東京来てるから、先生とこちょっと寄っていい?』とか平気で連絡する。
わたしが、いやちょっと待って、誰にそんなん言うてるかわかってるん??とヒヤヒヤしていても、
『先生はホンマにそのまんまの人やから会いたいねん。』とサラリと言う。

そう、先生は本当にそのまんまの人なのだ。
実際に目の前でごはんを食べていても、お酒を飲んでいても、魂のままそこにいる。
だからいい格好も何もない。そのまま生きて、楽しんで、その姿を後から来るわたし達に見せてくれている。
生き方そのものが師なのだ。

***

そしてつい先日のこと。
当時先生に送ったメールの内容をメモしていたものが出てきた。

あんな夢心地の瞬間を、話したことを忘れたくなくて、帰りの新幹線で、セッションの内容で覚えていること全てを書いて、先生にこれでいいか添削してほしいと送ったメールの一部だった。

その内容を見て、本当に驚いてしまった…
先生はセッションの最後に

きみえちゃん、あなたは

熱くて単純でヤンキー気質で、
細かいことはどうでもええやん!
大事なのはひとつ(愛)だけやん!

そうやって、たくさんの人を笑顔にしていく人です。

たくさんの人が列を作って、あなたを待っているのが見える。


……!!!!!
思い出した…!!

当時わたしはこの言葉を聞いた時、
(先生は一体なにを言ってるんだろう…)と思ったのだ。

わたしが人を笑顔にしていく?
先生、わたしが?
ヤンキー気質?確かに本当はそうだと言った。
言ったけど、そんなもんは、とっくの昔に置いてきたし、こんな年齢で恥ずかしい。
わたしはもう熱くもないし、単純でもないよ…


そりゃそうだろう。

人の顔色ばかりを伺い、自分が人にどう映っているか、嫌われていないか、イヤな思いはさせていないか、そんなことばかりを考え、仕事は辛くて当たり前、生きるってそういうこと、大人ってそんなもの。
ぶくぶく太って醜いねんから、少しでもきれいになるように、努力しろ!恥ずかしいねん!

でも…できることなら、早く、早く生まれ変わりたい。
人生をやり直したい…

当時は認識していなかったけれど、心の底でそんな風に思っていたのだから。



しかし『とりあえず、興味のあることをしてみたら?』と言ってくれた先生の言葉が頭から離れず、分子栄養学を本格的に学ぼうと研究会に入った。
50歳の誕生日に、ドキドキしながら勇気を出してポチっとしたのを覚えている。
そこでわたしは、人生を変えるような仲間との出会いと学びを手に入れた。


あれから、2年。
それはそれは色んな日々を過ごしてきた。
体調もすんなりとは良くならなかったけど、ひと言で言うなら、たくさんの人の力を借りながら、懸命に自分と向き合う日々だった。
わたしは諦めなかった。


そして…

家族や仲間たちに、
さっきのメモの内容を伝えると全員もれなく目を丸くして、そして大爆笑する。

『そのまんまやん🤣』

本当に今のわたしそのものなのだ。自分でも笑ってしまうくらいに。
あの時の先生には、わたしのこの姿が見えていたのだろうか。
嬉しかった。本当に。


『好きなことは何?』と聞かれて、本当に何も思い浮かばなかった。
困った挙句、ウルフルズが好きだと言った。
その頃、出勤前に大音量で聴いて元気を出さなければ、保たなかった。
熱くて単純で真っ直ぐな歌詞、ソウルフルな歌声に救われていた。
でも、ここでわざわざ言うほどじゃない…と、他に思い浮かばないことがなんだか嫌だった。


先生はわたしが話す言葉をひとつひとつ拾い上げ、隠れていた本当のわたしをあの時のわたしの中に見つけていた。
あんなに頭がカチコチのわたしの中に。

当時のわたしは、そんなこと1ミリもわからずに、
痩せたい痩せたい痩せさえすれば満足すると思っていた。


そのメモを見つけた時、わたしはやっぱりまごめじゅんはヤバいなと思った。
痩せたいと望んで会いに行ったのに、そんな話は一切出なかった理由が今はよくわかる。


現在のわたしは、当時よりもだいぶぽっちゃりになっているのだが、今はもう自分のことが大好きなのだ。
分子栄養学のおかげで、過食の欲求はすっかりなくなって、ごくフツーの食生活を送れるようになった。
自分を罵ることなんてすっかりなくなった。
自分で自分のエネルギーを奪うことはもうなくなって、とても元気になった。

食べ物への渇望がなくなってもぽっちゃりなのは、
『は?それがどうしてん?』の魂を持っていて、
本当の自分と統合するため、

そしてそのまんまの姿で世界に出ていくためだったと思う。

これでよかった。
だってもしスリムになっていたら、わたしは本当のわたしの一部に気づけていなかっただろうから。

***

そしてつい先日わたしは、カウンセラーとして開業した。

あの日先生が言ってくれたことが本当になった。
そんなことが、わたしにできるわけがないと思っていたのに、自分を使って世の中に貢献すると決めたのだ。

今はもうすんなりと、こうなることは当たり前のことのように感じているが、
やっぱり、やっぱり、一周も二周も回って、いつも未来に目を向けている、先生の凄さを目の当たりにしている。

***

今なら、先生にもらった言葉全部を、わたしの栄養にできる。
受け取るのが遅くなったけど、
先生、本当にありがとう。

そして、わたし達の人生を変える大きなきっかけを何度も何度も伝えてくれて、ありがとう。

これからふたりで恩送りしていきます。
これからも見守っててくださいラブ🫶

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