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【短編小説】今度の時代は、何着て食べる?③


努力とは、才能とは

フレデリック・ショパンが来て、早2週間。
私が継いだ呉服屋は変わらず閑散としていた。

私は誰もいない店の中で天井を眺めながら、ぼんやりと先日のことを思い出していた。


誰のためでもない、自分のためでもない
何かを続けて来た道を振り返ったら、それが努力だったと言える。

大衆ためじゃなく、ただ1人のために音楽を奏でる。

私は照子さんとショパンの言葉を反芻する。

努力とは、才能とは何か。
まだ私には、はっきりと理解できていない。

今まで、私は怠惰な人間だと思っていた。
怠惰な人間であることに変わりはないのだが、てっきり何かを努力し続けられることは、はっきりとした…何かこう性格や動機?という理由があるのかと思っていた。
それは元ある才能であったり、誰かのためだったり…過去の苦い経験からだったり…。
よくあるドラマでも幼少期に苦い思いをした経験がハングリー精神となって大成をなしていたり、
現実でだって働く人は家族のために頑張るし、お金のために頑張る人だっている。
富、名声、権利、愛…人は何かを求めているし、何かを求めていること、それらを守ることが人を動かす源になるのだろう。

私には守るべき家族がいるわけでも、億万長者になりたいと思っているわけでもない。ほしいものや、やりたいことも特にない。
ましてや自分の成長のためになんて、考えたこともない。

そう…だから私は怠惰な人間なのだ。
努力には何か理由が必要だと思っていた。

仮に努力するのに理由がなくたって、私自身は何も変わらないような気もしている。
動画をなんとなく見て、世の中で起きている出来事をネット記事から全部知ったような気になって…、時々、昔の同級生の結婚報告や事業の成功をSNSで知って、そうしていると1日が終わる。

私は一体、どうしたいのだろうか。
どう生きていくんだろうか。

髪の毛をかきむしると、照子さんが顔を見せた。

「答えを出す必要はないんですよ。」

まるで私の頭の中をのぞいていたかのように、彼女は言う。

「いろいろとピンとは来ていないというか…。もやがかかってるような、そんな気分です。」
「そしたら、一度難しいことを考えるのは止めて、好きなことを考えてはいかがでしょう?なんだっていいんです。」
照子さんは人差し指を立てて、くるくると輪を描きながら歩く。
「カフェを巡ることだったり、図書館で本を読むことだったり、楽器を吹くことだったり…、誰だって好きなことがない、なんてことはないでしょう?」
「もしかしたら、好きなことを考えていると、悩み事が解消されるかも?です。」

好きなこと…。
私にとって好きなことか。
ここ数か月…いやここ数年、仕事だなんだと言いながら私の好きについて考えてこなかった。
好き…きっと好きに敏感だった幼少期のころを思い出してみよう…。

ぬいぐるみ遊び

私は幼いころ、ぬいぐるみ遊びが好きだった。
正確に言うと物語が好きで、ぬいぐるみを使って空想の物語を作って遊んでいた。
決まってその内容は、主人公が人と出会って旅をするような冒険譚。
ぬいぐるみを買った場所やモチーフは遵守していたので、今でいう2次創作だったのかもしれない。

また、今でこそ両親は仲がいいが、昔はいがみ合っていた。
常に何かにイライラしているようで、火の粉が飛んでくることもしばしばあった。
当時の私は、私が発した言葉で怒る母や父を、恐れていた気がする。

だからこそ、私自身が作る物語は自由で、誰に邪魔をされることもない。
私が発した言葉で傷つく人はいないし、怒られることもない。
当時の私が嫌いだった、人の不機嫌な姿や怒っている姿を見ることは一切ないし、人が死ぬなんてことはない。

そこが私自身の世界で、楽園だった。

……そうか、私は物語を紡ぐことが好きだった。

人が出会い生まれる物語、そこには私の想像が追い付かない「まさか」が起こるもので、それも好きだった。

いつから、本を読まなくなったんだろう。
いつから、物語を紡ぐことをやめてしまったんだろう。

私の好きという気持ちを、私は大人になるにつれて感じなくなっていた。
むしろ見ないようにしてしまった。
心からその好きと向き合いたいからかもしれない。
逆に、その好きに甘えてしまって、その時を頑張れないからかもしれない。

だけど、今なら…。

「表情が良くなりましたね。」

照子さんは私の顔を眺めて優しく微笑む。

「…照子さん。私は少し…やりたいこと?が見つかりました。もしかしたらご迷惑をおかけしてしまう、かもしれません。その時はご協力いただけると嬉しいです。」
「もちろん。大祐さんの人生ですから、自分が望む生き方をしてください。私だって、私の生きたいように生きてるんですから。」

そういうと照子さんは機嫌よく台所へ戻っていった。

ここ数週間、一緒に過ごしてみると照子さんはさっぱりしていて、明るく常に機嫌が良い。なぜここで働いていたのか不思議に思うくらい、コミュニケーション能力が高いと思う。

台所へ消える照子さんのうしろ姿を見ながら、考え事に戻った。

私は物語を紡ぐこと…、小説を書くことにした。
誰のためでも、自分のためでもない。
ただ好きという気持ちを、私の感情を見つめるために。

もしかしたら、ショパンもこんな気持ちだったんだろうか。
好きで続けたことが人生の主となって、やがて生きる意味や術になっていく。
たった39年の短い生涯の中、病気や戦争に翻弄された彼にとって、音楽を追求することが人生になった。

誇りも憂いも何もない、むしろマイナスだらけの私には人生にできるんだろうか。

…いいや、それは進んだ後にわかることなのだ。
今は私の気持ちを見つめることから始めよう。

物語を紡ぐということ

私は小説を書き始めた。
…のだが、すぐに筆が止まった。

正直、アイデアが浮かばない。
小さいころはもっと面白いアイデアが浮かんでいた(気がする)のに、全部ありきたりで面白くない…気がしてくる。

もちろん何かしら書きたいことは浮かんではくる。
でも数百字を書くと、その物語の続きが出てこない。
彼らがどんな人生を歩むのか、私の短い経験では見届けることができないのだ。

小説家を志した人のほとんどが挫折した原因、それは一つの物語を描き切ることだと、何かのネット記事で読んだ記憶がある。

私の書きたいことなんて本当にごく一部で、あとは惰性になってしまうのか。
私がぬいぐるみ遊びをしていた、あの頃は物語は永遠に続いていた。
今日はどんなことが起こる(起こす)のか、楽しみしていた。

逆に物語の終わりから書こうとも考えたけど、物語の終わりは始まりでもあって、結局、数歩進んで筆が止まった。

夏が始まる

散歩にでも出かけよう。
家に一人でいても、何の刺激ももらえないし、アイデアも尽きてしまった。

「ちょっと、外に出てきますね。何か必要な買い出しとかありますか?」
私はミシン仕事をしている照子さんに問いかける。
「必要なものですか…、でしたら醤油とみりんが切れそうだったので、買ってきていただけますか?重たくなるものってどうしても買うのをためらってしまって…、こういう時、男の方がいると助かりますね。」

醤油とみりんか…
醤油屋の息子とみりん屋の娘のラブロマンス…。
いやいや、どういう話?

外に出るとセミの鳴き声と灼熱の暑さが私を襲った。
そういえば、もう夏が始まっていた。
ショパンさんが来た頃はまだ涼しかったのに、あっという間に暑くなる。

夏は特に嫌いでも好きでもない。
確かに暑いのは嫌いだが屋内にいればいいし、暑ければアイスも美味しく感じる。
まぁ、虫が増えるのはもちろん好きじゃない。

嫌な部分と好きな部分が同じくらい。
冬よりはまだいい。

私は銀杏並木を抜けて、近くの池のベンチに腰を下ろした。
ここは木陰があって、セミの声も少なくて時間が穏やかに過ぎる。

夏か…。
夏になると私の浪人していたころを思い出す。
なんとなく夏期講習中に見上げた空が、どこまでも青く澄んでいて遠くて、漠然とあそこには届かない諦観の気持ちと、あそこに届いて自由になりたいという一抹の願いが混ざったような複雑な気持ちを感じていたと思う。

あの空の色は今でもなぜか忘れられない。
私はベンチで一息つくと、照子さんに頼まれた買い出しをして、お店へ帰った。

新たな訪問客

私が店に戻ると、ちょうど低いベルの音が鳴り始めた。
これは…、また過去からやってきたのかもしれない。

試着室に目を向けると、そこには立派なひげを生やしたご老人と照子さんが話をしていた。

照子さんが私に気づくと、このご老人の名を教えてくれた。
「大祐さん。この方はガリレオ・ガリレイさんですよ。」

あとがき

終わった…!
3投稿目…!今回は大祐くんの気持ちにフォーカスオンでした。というか毎回フォーカスオンしているけど。
夏が始まったのでこっちも夏にしました。
もともと春スタートのつもりではいたので、ちょうどよかった感はある。うむ。
ではではまた来週にお会いしましょう!

毎週土曜日にラジオの生放送もしているので、お暇でしたら聞きにきてくださいね!



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