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【短編小説】今度の時代は、何着て食べる?②


『努力』という才能

私には『努力』という才能がない。
何かを始めてもすぐに飽きてしまって、楽しさを感じるところまで行き着かない。

小学校からやっていた習い事の水泳も選手を目指そうと思っていたけど、厳しい練習に心が折れてしまったし、中学から大学まで続けていたトロンボーンも、社会人になって吹く環境がなくなってしまうと、すぐに吹かなくなった。
もしかすると努力できない私にとって、『強制的にやらされる環境』というのは大事なのかしれない。

やる気がない時もやらなければならない空間、怠惰な私にとって大事な要素だったと思う。
逆にもし、私に『努力』の才能があったら、何か人生は変わったのだろうか。
今ごろ、ハーバード大学を出てノーベル賞でも受け取ったりして…。
もしかしたら、世界的に有名な音楽奏者になっていたかもしれない。
建築家、宇宙飛行士、ファッションデザイナー…私はどんな人生を歩んでいたんだろう。

私は今、全く関係のないこと浮かべながら、目の前に現れた人物を眺めていた。

試着室から現れた紳士

試着室から出てきた人は、タキシードに蝶ネクタイを付けた紳士で、その顔は青白くこけており、体調が悪い印象を受けた。右手には大きなトランクを抱えている。
年齢はおそらく30代ぐらいだろう。

祖父の交友関係にこんな人物はいただろうか。
祖父のことをほとんど知らなかった私がいくら考えを巡らせても、その答えはでなかった。

「この店の店主はおられるかな。」

私が考えを巡らせていると、その紳士が言葉を発した。
明らかに外国の方だと思ったが、どうやら日本語が通じるらしい。
私は聞かれた問いのみに反応するように答える。

「祖父は先日、他界いたしましたが…。」

紳士は驚いた表情を見せた。
私が次の言葉を探しているうちに照子さんが部屋から顔を出す。

「大祐さん、おはようございます…。ああ!フレデリックさん!ご無沙汰しております。お体の具合はいかがですか?」

照子さんは見知ったお客さんのようで、そのお客さんの名前を呼んだ。
ん…?フレデリック?

「照子さん…。申し訳ないのですが、こちらのお客様は…。」
私は小声で照子さんに尋ねる。
「この方はフレデリック・ショパンさんですね。涼佑さん…先代のお客様で…」
さらっと出された名前から違和感の正体に気づいた。
「ショパン!?あの作曲家の??…あっいや、同性同名か…」

まさか、本物がこの時代にいるわけがない。
歴史に疎い私でも知っている、ショパンは昔の作曲家だ。
この現代に生きているわけない。

頭で整理が追い付かない私をよそに照子さんは小声でつづけた。

「詳しいことは後でお話いたしますが、あのお客様は作曲家のフレデリック・ショパンご本人です。ここはそういうお店なんです。」

祖父の姿

「まさか店主が亡くなっていたとは…。ああ、すまない。改めて自己紹介をしよう。私はフレデリック・ショパン。曲を作りながら音楽教師をして、生活している。」

奥の居間にいったん通して、その紳士は自己紹介を始めた。

「私は渡大祐です…。先日、祖父が亡くなったのでこのお店を継ぎました…。よろしくお願いいたします?」

私は今、あの作曲家を会話をしている…のかもしれない。
正直、事実が信じられない。

「さて、店主にこの服の修理をお願いしようと思っていたんだが…、照子さんにお願いできるだろうか。」

紳士は淡々と依頼内容を続けながら、トランクから服を取り出して照子さんへ渡した。

「ええ。問題ないです。先代が亡くなっても大丈夫なように…と仕事はすべて引き継ぎましたので…、1時間程度いただきますがこちらでお待ちになりますか?」
照子さんは渡された服の状態を見て、大体の修理時間を算出した。
「ああ、ここで待たせてもらうとしよう。」

紳士がそういうと、照子さんは作業場へ消えていった。

「あの…あなたは本当に作曲家のショパンさん…?なんですか?」
私は気まずい沈黙を破って質問をする。
「ああ、私はこの時代のことは知らないが…正確に言うと知ることができないが、少なくともこの店の文化圏とは、全く異なるところから来ていることは確かだな。」
紳士はこの店をぐるっと見渡して返答した。

「あの…ショパンさん…は、祖父とどういったご関係で…。」
「涼佑か。私がふとここに訪れた際に、服の直しをしてくれてね。…ああ、この時代ではわからないが、私の時代では服というのは非常に重要な役割を果たしていてね。服がみすぼらしいだけで仕事を得られない。」

紳士…、ショパンは祖父の話を続ける。

「涼佑の仕事は王族専門の技術者と肩を並べられるくらい素晴らしかった。だから機会があれば、涼佑に服の直しを依頼しているんだよ。」

祖父はそんな技術者だったのか。
全くイメージが持てない。というか祖父に対しての記憶がほとんどないから無理もない。

「あの…祖父の話をもう少し聞かせてもらってもいいでしょうか。」
私は自然と口にしていた。
私が知ることができなかった祖父の姿に興味がわいた。

「ああ…。もちろん…。私からで良ければ話させてもらうとしよう。」
紳士は穏やかな表情を見せながら、祖父の話をつづけた。

口数が少なかったが、この仕事を心から好んでいて熱心だったこと。
体調が悪い私の身を案じて、あれこれ気を配ってくれたこと。
彼は亡くなることはないと、なぜかそう思っていたこと。

祖父の話だけではなくほかにも色々話をしていたが、そのうちに照子さんが作業場から戻ってきた。
「服の修理が終わりましたよ。お待たせいたしました。」

服の出来を見ながら、ショパンさんは嬉しそうにしている。
「やはりこのお店に頼んでよかった。」

ショパンさんはトランクに服を詰めて、試着室へ入っていった。

低いベルの音が鳴り、再びお店には静寂に包まれた。

「さて…。このお店について、お話いたしますね。」

照子さんはこのお店での仕事について語った。
話をまとめると、このお店の試着室は異なる時代の異なる国へとごくまれにつながることがあり、そこから訪問される方がいること。
訪問客の大体は服の直しを依頼してくるので、服の直し行うこと。
このことは口外してはならないこと。

私はその説明を聞いて、お店の注意事項や謎の収支の流れにようやく合点がついた。
…合点がついたものの、さらに疑問が増えた気はするが一旦忘れよう。

「それで今回はフレデリック・ショパンさんだった…というわけですね。」
「ええ。そういうことになりますね。想定よりも早いタイミングだったので説明が遅れてしまいましたが…」

照子さんは申し訳なさそうにしながら、何か思いついたようにつづけた。

「お詫びと言ってもあれなんですが、ちょっと気持ちだけフレデリック・ショパンさんが生まれた1800年ごろのヨーロッパに行ってみませんか?」

タキシードに身を包み、私は照子さんが作ってくれた料理を眺めていた。
どうやら実際に行くわけではなく、当時流行っていた服と食べ物を再現してみようということだった。

「当時は飾らない美しさが重視されていたそうです。華美過ぎないシンプルな美しさ。服や料理にもその一端が見えますね。」

私は当時高級店で出されたヒラメのシチューを口にしながら、ショパンとの話を思い出していた。

フレデリック・ショパン

「ショパンさんは音楽が好きなんですよね。仕事とか楽しいですか?」
私は純粋な疑問を投げかける。

「ふむ…。私は幼いころから体が弱くてね。仕事が思い通りできないこともあるんだ。仕事は生きるために必要なもので、体がもっと強ければ喜んで毎日働くさ。」
私の内心を見抜くようにショパンは続ける。
「才能があっても健康であることに勝ることはないんだよ。私はこの病気で親友への助けにも行けず、婚約が破談となってしまったこともあるから、この身は恨めしい。だからね、私は大衆を喜ばせるような演奏はしたくないんだ。人は生まれる時も苦しむときも、死ぬ時も一人。誰か一人のため、私は音楽を続ける。だから、仕事は楽しいかと聞かれると…そうだね。楽しいかもしれないね。」

ショパンはただ人の魂と心を表現するために、自分の音楽をただただ追求している人だった。そこには華美な飾りつけはもちろんなく、自身が作曲した曲にタイトルすら付けたくないそうだ。

「そうだ、涼佑に1曲送ってもいいだろうか。」
ショパンは隅に置いてあるアップライトのピアノを指さしながら、使わせてほしいと頼んだ。
私は言われた通り、ピアノを開いて椅子を用意した。

「フレデリックさんが奏でる曲は素晴らしかったですね。」
照子さんが私が思い返していたことを察するように話す。
私はショパンが奏でた曲を思いながら、感じていたことを吐露していた。

「私には音楽的な才能はもちろんないんですが、努力の才能がないんですよ。何かを追求して研鑽する気概がない。だから才能がある人はより多くの人のためにその能力を生かすもの…、勝手にそう思っていました。」
「…彼は私の祖父ただ一人に向けて弾いていました。その場にいた私でも照子さんでもなく、亡き祖父のために。」

静かに私の話を聞いていた照子さんが口を開いた。

「努力の才能ですか…。確かに努力をし続けられることも一種の才能ですね…。でも努力は誰かのためでも自分のためにすることでもないと、私は思います。」
「努力はするものというより、何か進んだ先で振り返ったらあるものではないでしょうか。」
照子さんはそういうと、ジンジャーブレッドを差し出した。
「ということでフレデリックさんの好物です!」

私には努力する才能はない。もちろん何か芸術的な才能があるわけでもない。
でも才能がないと自分の可能性を否定しすぎてしまうのも、ほんの少しもったいないのかもしれない。ジンジャーブレッドをほおばりながら私はそう感じていた。

あとがき

いや~とりあえず2話目ができました。
ぶっちゃけもうすでにきつかった…。というかもう少し内容は追加する予定です。

今回題材にしたショパンはピアノの詩人と呼ばれ、7歳にして作曲もした神童でしたが、病気と戦争に翻弄された人物で、39歳という若さでこの世を去りました。
音楽に2次的な表現をつけるのを好ましく思っておらず、物語として曲を作ることも避けていたといいます。

ほかにも色々調べてはいたんですが…。今回はちょっとここまでで…。

ではまた来週お会いしましょう!!



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