「台風日記」
朝から海苔の佃煮を作る。
湿気てしまった海苔をペリペリとちぎり、土鍋に入れて、日本酒と水でひたひたにする。トロ火にかけながら甜菜糖を加え、少々の米酢。木べらで気長に練りあげる。
酒分がとんだら、濃口醤油で調味する。
さあて、炊き立てごはんで食べようか、と思ったら、せっかく通電したのに精米機がうんともすんともいわない。
説明書を見ながらできることをしても、まったく手応えがない。
台風でどうにかなっちゃったんだろうか。雷ならともかく。
まあ、仕方がない。
気を取り直して、玄米を洗って圧力鍋に。多めの水、塩と共にゆるく炊いた。
玄米粥ふう、だ。
炊き上がったらさらに水を足して、とろりと煮込む。
「おーい、ごはんだよー」と一声、家の人たちがわらわらと集まって来る。
みな思い思いに、玄米粥ふうをよそって具をのせる。
海苔の佃煮、梅干し、目玉焼き、沢庵、柚子胡椒。
こういうものが無性に食べたかった。
残った玄米は、さらに水を足して、ぐつぐつ煮立ったところに溶き玉子を加えおじやに。鍋肌にこびりついた米もきれいになるから一石二鳥である。
外はまだまだ嵐。
出戻りの台風などまっぴらごめんだが、低気圧の気だるさの産物、猫たち8匹がひとつの布団で丸まってすやすや寝ているのはなかなか眼福で、
わたしはさながら託児所の乳母(?)よろしく1匹1匹まわっては、柔らかな背中を撫でる。艶やかでサラサラな毛並み。猫は、湿気ていない。
というのは、もはやすべてのものが湿度を帯び、棚もテーブルもかびだらけ、木枠の窓の隙間から入り込んでくる雨で、厨房は慢性的な浸水状態だ。その泥水を、ボロ雑巾を使ってしみ込ませては、ギュッーと絞る。何度も何度もそれを繰り返して、水溜りは一旦消滅する。でもまたあらわれる。
まぁ、それくらいの運動(と呼べるのかどうか)はしないと身体が怠けるからちょうどよい。
長女が、「台風が過ぎたら海に行きたい。きっといろいろ打ち上げられているだろうから」と言った。長女がビーチコーミングなんて珍しい。砂浜に行っても下ばかり見てるのはむしろわたしの方なのに。
「なに目当て?」と聞くと、「えー、リュウグウノツカイ」
そういえば先日、沖縄の東海岸に住む人が、「台風のときは魚がたくさん獲れるんです」と言っていた。
「漁には出れないでしょう?」と聞いたら、砂浜を歩くだけでいいのだと。
「半分は腐っているけど、もう半分はまだ生きているから、それを持ち帰って食べるんですよ」と。
台風で洗濯機状態になった浅瀬の魚は、渦潮にまかれてショック状態で打ち上げられるのだそう。
そんな話をつらつら思い出していたら、ベランダから雌猫が野生全開の気配で寝室に入ってきた。うーうー言う雌猫を他の猫が取り囲んでいるから何事と思いきや、なんと捨てたはずの(腐りかけた)魚の切り身をくわえていた。
庭のコンポスト化している畑の一画から掘り出してきたのだろう。
わあー!と叫びながら、咄嗟に雌猫を魚ごとベランダに押し戻し、扉をピシャッと閉めた。食べ終わるまで、待つ。
こういうとき、「『よくやったねー』と褒めてあげましょう」、という飼い方指南があるけれど、よくわからない。かとて、怒りはしないけど。
猫は、畑から魚を獲ってきた。
外はずっと曇天かつ暴風雨なので、いったい今が何時なのかわからなくなる。時間の感覚だけでなく、ただじっとしているだけだから体感も鈍る。
お腹がすいているのかどうなのか。しかし末っ子が「お腹すいたー」といえば、何か作ろう&食べよう、となる。
半田麺を茹でて流水にさらす。
テーブルの上には、麺つゆ、ゆるめに作ったマヨネーズ、青唐辛子のナンプラー漬け、ちぎったレタス、人参ラペ、肩ロースのハム、青紫蘇、タヒチライム。
玄米粥に引き続き、「お好みでどうぞスタンド」を用意した。
末っ子は麺とハム、人参だけ。「あ、これもちょっとだけ」と、おまじない程度に青紫蘇の葉をちぎって入れてた。
潤ちゃんは、砂糖を入れてますますタイに近づけ、わたしと長女は青唐辛子多め。長男は、身内ながらも惚れ惚れするような盛り付けだ。彼はほんとうに食べもののヴィジュアルを自分のために重要視する。
窓に打ち付けた板の隙間から外を見ると、すでに真っ暗だった。いつのまにか夜だ。
ポール・オースターの「トゥルーストーリーズ」を何十年か振りに読み返す。
この本が語る、奇妙さと重さと軽さが、嵐の夜にしっくりくる。たちまち引き込まれるも、いつのまにか寝てしまう。
早朝、風のうなりで目が覚めた。
再び、一晩浸水させた玄米を炊いている。
シュンシュンと圧力弁から漏れる湯気に合わせて、金属のおもりがゆらりゆらりと踊っている。さて、「台風が過ぎたらやりたいこと」のシュミレーションでもしよう。
○ぜんぶの布団を陽にさらして思い切り干したい。
○シーツからクッションカバーから片っ端からひっぺがえして洗濯したい。
○猫のトイレも丸洗いしたい。
○梅干しも赤紫蘇も平ざるにダーって並べて干したい。
○葉っぱだらけのベランダを竹箒で掃きたい。
きっとみんな、同じようなことを想っているに違いないだろうなぁ。