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【小説】そういうあなたはソーサラー

宿に戻る道すがら、路地裏から呻き声が聞こえたので覗いてみると、呪いに取り憑かれた女が喉元を押さえてのたうち回っていた。
パラディンは厄除けの魔法で呪いを消し去り、咳込む女に水を与えてやった。

「ありがとうございます。死ぬところでした」
「いえ、パラディンですから」
「あ、パラディンさんでしたか…へへ」
「そういうあなたはソーサラーですね」

ソーサラーは魔法使いとよく似ているが、悪魔を眷属にして使役するところに特長がある。あと使う魔法も少し陰湿なものが多い。言ってしまえばアウトローなジョブなので、聖職者と言われるパラディンとは対極に位置する。

「さっき店で手に入れた魔導書に呪いが仕掛けられてまして」
「ほうほう」
「喉に取り憑かれて厄除けの魔法が詠唱ができず」
「怖すぎる」
「命の恩人にお礼をしようにも、魔導書を買ってこの通り素寒貧」
「大丈夫です、パラディンですから」

パラディンが立ち去ろうとすると、ソーサラーは「そうはいきません」と立ち塞がった。
「受けたご恩は必ず返します」
「なんて義理堅い。でもどうやって?」
「この魔導書に封印されていた使い魔を差し上げます」
「え、要りません」

ソーサラーは「えぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げ、すぐ納得したような顔になって悲しそうに言った。
「そうですか、パラディン様は悪魔のような下劣で下等な種族はお気に召しませんか」

たしかに、魔法に貴賤はないという人でも、悪魔を従えることは敬遠しがちである。悪魔それ自体の悪性だけでなく、「悪魔を使役する奴はアブナイ」という社会通念や、中途半端な悪魔を従えていると本職ソーサラーに馬鹿にされるといった背景もあるようだ。
しかし、パラディンが悪魔を遠慮する理由は他にある。

「俺は一人で冒険したいのです」
「嘘だ!ソロのパラディンなんか聞いたことありませんよ!」
「本当だって」と冒険者手帳を見せると、関所通行証や依頼書の人数欄には常に“1”とあって、たまに仲間と行動した痕跡があっても、そこには必ず“本件限リ”と記載されていた。

「え…こっわ」
「失礼な」
「人が嫌いなのですか」
「一人が好きなのです」
「かわいそうに」
「やかましいわ」

ソーサラーは心底理解に苦しむといった様子だったが、やがて閃いたように語り始めた。
「では、せめてどんな悪魔か一目見ていただけませんか」
「いいですけど、要りませんよ」
「けち」
「何だこの女」

ソーサラーは魔導書を開き召喚の魔法を詠唱した。インクが紙から浮き出し一塊になって怪しい光を放つと、たちまち大きめのスズメのような悪魔が現れた。

「召喚成功です」
「よかったですね、それじゃあ」
「はい、仲良くしてあげてください」
ソーサラーがスズメ(仮称)を差し出すと、スズメはパタパタと音を立ててパラディンの手に飛び移った。

「いや、連れて行きませんよ」
「そいつは無理な話です」
パラディンは手元に違和感を覚えた。スズメを見ると、パラディンの掌でくつろぎながらうとうとしている。
「魔力が奪われている」
「眷属にご飯をあげるのは主人の仕事ですから」

鳥の雛は生まれて初めて見た動くものを親と認識するらしい。もし鳥型の悪魔にもそのような習性があったとしたら、初めて見た魔力を有するものを自動的に契約を締結することもありえる。

「話が違う」
「嘘つきましたからね」
「無効な契約だ」
「“そんなつもりはなかった”とか“だまされた”なんて理由で契約を破棄するのは人間だけです。悪魔は一度交わした契約は死ぬまで守る。それを破るのは地獄に還る時です」

パラディンは毎日スズメに適量の魔力を提供し、スズメはパラディンのために命を賭して戦うわけではなくずっとそばにいる。アホみたいな契約だが、スズメ相手では交渉もままならないだろう。

「なぜこんなことを」
「“他人に借りを作らない”」
急に路地裏が暗くなったと思ったら、女の背中から生えた身の丈ほどの翼が月を覆い隠していた。
「それが、私がこの娘の体を譲り受けるにあたって交わした契約なのです」
悪魔のにおいがしたからソーサラーだと判断したが、人の皮を被った悪魔だったとは。しかもそれだけではない。

戦ったら、間違いなく殺される。

「あなたが来てくれなかったら、この娘はまた死ぬところでした」
憂いを帯びた悪魔の表情からは、さっきまでのソーサラーの面影は少しも感じられなかった。
「しかし、あなたにご恩を返せなければ私が死ぬところでした」
パラディンを見つめる両の瞳は月よりも怪しい光を放っていて、逃げようにも足が石のようになって動かない。
「俺は全然迷惑してるんだが、その点は大丈夫なのか」
「あなたは、私を目の前にして咄嗟にその子を庇い、悪魔をパーティとして数える奇特な人」

悪魔は胸に手を当て優しく微笑む。
「まだ鳴り止まぬ心臓こそ、あなたがその子を気に入ったことの何よりの証左」

悪魔はゆっくりと浮き上がると、牙を覗かせて笑った。
「私だと思って、大切にしてくださいね」
悪魔が瞬く間に夜の闇に消え、路地裏に月明かりが戻ってからも、パラディンはデュンデュン鳴くスズメを抱いてしばらくぼーっとしていた。


いちおう前回

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