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おみくじのルーツを探しに:エピソード9

こんにちは、吉むすびです。
前回は明智光秀が本能寺の変を起こすかどうか、おみくじで決める場面をお伝えしました。このシーンはあくまで想像に基づいたものですが、もしかするとこんなことがあったかもしれないと、楽しんでいただければと思います。

さて、今回は明智光秀ほど有名ではありませんが、同じ時代に活躍した天海上人のお話です。この天海上人がいなければ、現代のおみくじは少し違ったものになっていたかもしれません。それほど重要な人物です。


「あのお金を投げた結果、どうなったんだろうね」と良介がふと思い出しました。
「光秀公は本能寺の変を起こすために大吉を引いたのよ。あのおみくじには、『七宝の浮図の塔 高峰頂上に安んず 衆人皆仰ぎ望む 等閑の看を作す莫れ』と書かれていたの。この意味は、『威勢が強く、万人から尊敬されるが、頂点に達した時こそ慎重に行動すべし』ということね。でも、さらに『生死は死すべし』と続いていたのよ。」
「ということは、何か大きなことを成し遂げても、最後には死んでしまうという意味なのかな?」
「結局そうなったわね。」
「おみくじは一部分だけじゃなく、全体を見ないといけないんだね。」


六、天海上人

「まだおみくじにまつわる話は続くの?」と海が尋ねました。
「もちろんよ!」ミクはうなずきました。「今回は江戸時代初期に行くわよ。会いに行くのは、慈眼大師様。実はこの慈眼大師様、現代では明智光秀が慈眼大師様になったとも言われているの。おみくじの歴史を紐解くと、不思議な縁がたくさん出てくるわね。」
三人は再び「吉むすび」を握りしめ、天海上人に会いに行こうと念じました。
「オン・アロリキャ・ソワカ」

すると、三人は江戸時代の寛永寺に立っていました。「ここが江戸時代の上野なんだね!」
「すみません、慈眼大師様はいらっしゃいますか?」と良介が通りかかった小僧に尋ねました。
「慈眼大師様?そういう方はいませんよ!」小僧は不思議そうに答えました。
「え、いないの?」と良介は戸惑いますが、ミクがすぐに答えました。「ごめんなさい、私が間違えたわ。慈眼大師様は亡くなってからの名前で、今は天海上人というの。」
海が少し嬉しそうに言います。「そうなんだ。私の名前、天馬海っていうのよ。馬を取ったら天海だね、似てる!」
「それより、天海上人に会わなくちゃ!」と良介が話を戻しました。「すみません、天海上人は今どこにいらっしゃいますか?」
小僧は「上人様は、今、徳川家康様のところにおられます」と答えました。


天海上人について

天海上人は、元三大師と同じ天台宗の僧侶で、幼少期は比叡山で学びました。後に江戸に移り、徳川家康から信仰を受け、宗教に関する様々な質問に答える役割を担っていました。天海上人は江戸の寛永寺を創設し、江戸に東の比叡山と称される東叡山を開きました。また、彼は元三大師を深く尊敬しており、家康公も本能寺の変で織田信長が討たれた後、光秀を恐れながらも敬っていたと伝えられています。さらに、家康公は源頼朝にも畏敬の念を抱いており、天海上人は日光東照宮を築いて、家康公、豊臣秀吉、そして源頼朝を祀りました。

ある夜、天海上人が眠っていると、夢の中で元三大師が現れました。「天海よ、私は良源である。信州の戸隠山明神には、私が観音様から授かった『観音百籤』がある。これは人々を救うための処方箋である。これを使って民を救うのだ」と告げました。

目が覚めた天海上人は、夢でのお告げに感謝し、心を清めて観音百籤を手に入れるために、小僧を信州の戸隠明神に派遣することにしました。

良介、海、そしてミクは、天海上人が派遣した小僧の後を追い、信州の戸隠明神へと向かいました。


いかがでしたか?これが元三大師みくじの始まりとされています。天海上人は非常に多忙な方だったため、実際に信州までおみくじを取りに行かせたのはフィクションとして描きましたが、当時のおみくじはそれほど重要なものでした。

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