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「奈落暮らし」

はじめに

普段通りの公演をすることは、様々な状況を踏まえ、早い段階で諦めました。では、劇作家一人で何が出来るのか。私の結論は、こうです。吉祥寺シアターの奈落で、劇場祭の期間中、ずっと暮らし続ける。そして、劇場祭で起こったことをなるべく緻密に、言葉で伝え続ける。劇場祭の始まりから終わりまで、運命を共にする。

奈落から一歩も出ないわけではなく(即身仏になりたいわけではないので)劇場祭のチーフ・キュレーターとして、ここで行われる上演のすべては、適切な距離をとって見届けます。それ以外の時間は基本的に、奈落で生活する予定です。劇場からは、開館から閉館まで、一歩も出ることはありません(熱が出るなどの体調不良が私に起これば、この限りではありません)。映像配信だけでなく(和久井幸一さんが素晴らしいアイデアを複数出してくれています)毎日の私の劇評ならぬ劇場評をもって、この奇妙な祭の一端にでも、触れた気持ちになっていただければ幸いです。本来であれば、無言を貫き、賛否両論飛び交う劇評を甘んじて受け止める立場であるはずなのですが、このような状況下で、目撃者が相当限られております。自作自演のような蛮行に出ることをどうかお許し下さい。

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現在、想像している奈落暮らしがどのようになるのか、試しに考えてみます。
劇場祭初日の時点での想像です。

私は蒸し暑い部屋のいちばん奥にあるベッドから起き出してきます。普段はカーテンを閉めていますが、開館時刻までに吉祥寺シアターまで行かないといけませんから、あえて開けておいて、日光が目に差し込むようにしています。二度寝防止のために二重に鳴り響くスマホのアラームとタブレットのアラームをどちらも消し、なおかつ二度寝の誘惑に打ち勝つとすれば(いえ、打ち勝たなければなりません)炊飯器からごはんを盛り、生卵と醤油を冷蔵庫から取り出します。何も予定のない日はここに味噌汁を添えますが、恐らくそんな時間的余裕はないはずなので、早々に卵かけご飯を口に流し入れるようにして食べ、食器を洗ってから、適当な服を着て(もし何らかのトークイベントが入っているようであれば適当ではない服を着て…)不織布マスクを装着して、家の外に出ます。

吉祥寺シアターに徒歩で向かうあいだ、遂にこの日が来たか、と内心びっくりしています。いやいやさすがにそんなシュールなことは起こらないでしょう、いくらなんでもある程度お客さんが劇場に来て、舞台上で何かやっているだろうから(あるいはその準備を進めているだろうから)奈落で千秋楽までずっと暮らすなんて無理でしょう、と。そのまさかが起こります。舞台上では特に何もやっていないことを前日の私は既に知っているはずなのに、当日になっても依然としてびっくりしているのです。カバンには、暮らしに必要なあらゆるものが、他ならぬ私の手によって詰め込まれているのに、どこか信じられないでいます。

「非常に劇的ですね」ーー吉祥寺シアターの畑に向かっての私の発言です。現時点では、吉祥寺シアターの畑には、非常に劇的な何らかのあれがありますから、思わず口を突いて、その言葉がこぼれ落ちてしまったのです。こういう事態になるまで知る由もなかったのですが、吉祥寺シアターの屋上には何故か、広大な畑が存在します。今回新たに設置されたものではなく、元々あったのですが、劇場祭に関わる方々の御尽力により(私はあまり役に立ちませんでした…)野放しとされていた雑草は人が歩ける程度に取り除かれ、複数の苗が植えられています。カモはビルとビルのあいだを、はじめてこの場所に訪れた日と同じように、今日も飛び歩いています。カモの巣を踏まないことは、私たちの鉄則となっています。油断すると、卵や雛を踏んでしまう危険性のある場所です。

さて、吉祥寺シアターで過去に行われた上演の記録映像を毎日1本ずつ観て、劇評(らしきもの)を重ねていく企画、「〇〇〇〇〇〇」が遂に始まりました。記念すべき初日に取り上げますのは△△の『☓』です。驚かされたのは、当たり前ではあるのですが、この作品の中では、まだオリンピックが2020年の夏に行われていると頑なに信じられていることです。そう、この作品が信じている方の未来では、東京はオリンピックの真っ最中です。現実の私はといえば、その影響が観客の動員に出ないか心配しつつも(全く今考えれば極めて楽観的な心配でした)フェスティバルの初日を飾る演目が幕を開けている、まさにその日のはずでした。現実の落差に、笑いどころではないところで、つい皮肉な笑みを浮かべてしまいました。

シャッターを開けることによって最後に実際の外の風景が見えるラストシーンは、この頃の吉祥寺シアターの使い方としてはイレギュラーで胸を打たれるものだったでしょうが、2020年現在、上演中に窓や扉を開けるのは日常茶飯事、何だったら、いかに面白く換気しながら上演するかの大喜利合戦が始まっているとさえ思える状況に突入していますので、色褪せてみえてしまうのも、仕方がありません。そういえば、唐組をはじめて観たときに、観客がギュウギュウに詰まった密な空間で汗だくになりながら、舞台の裏側が倒されて突然外の風景が目の前に広がり、主人公が叫びながら駆け出していく瞬間には感動したものですが、あのお約束の意味が変わってしまった世界で、テント芝居の文化というものはいったいどうなるのでしょうか。内と外の関係性というものは根本的に覆され、劇場は密室である資格を強制的に奪われようとしています。アングラ、という言葉がありますが、何をもってして、アンダーグラウンドなのか。劇場の地下、物理的な意味でのアンダーグラウンドに閉じ込められている身としては、ふざけているようでこれは切実な問いでもあるのです。アンダーグラウンドと呼ぶにはあまりにも清潔過ぎる。この空間は。

そろそろ、ビニールハウスに軟禁されたダンサーが踊り始める時刻となりました。この企画のルール上、ようやく奈落から出られます。チーフ・キュレーターとして、映像配信で届けられる演目もすべて、私は生で目撃し、なるべく言葉を尽くしてこれから毎日、みなさまにお伝え出来ればと思います。こちらの演目については明日、詳述することとさせてください。

きっとこのようにはなりません。

想像を超える現実が訪れるでしょう。

想像を絶する現実が訪れたとしても、私は嘘偽りなく、それを述べるでしょう。

よろしくお願いいたします。


チーフ・キュレーター 綾門優季(青年団リンク キュイ)


賽銭箱が設置されました-0725

「シュレディンガーの奈落暮らし」


「奈落暮らし」1日目-0724

「奈落暮らし」2日目-0725

「奈落暮らし」3日目-0726

「奈落暮らし」4日目-0727

「奈落暮らし」5日目-0729

「奈落暮らし」6日目-0730

「奈落暮らし」7日目-0731


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吉祥寺からっぽの劇場祭
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