コロナ時間にeBayでよみがえる音楽その5:ザ・クラッシュの『ロック・ザ・カスバ』
ロンドンのパンクバンド、ザ・クラッシュが82年にリリースしたこの曲とは、大御所ロックDJである大貫憲章氏が主催する日本最長のパーティー『ロンドン・ナイト』で、彼がプレイした際に初体験し、カオスに踊ってみせた我が高校時代。
いつ聴いても盛り上がるサビに、ワケも分からないままハジけていた当時を記憶している。音楽のための音楽とも言える反骨精神で歌っていたと理解すれば、やたらと渋い名曲と刻まれ、何故に今も語り継がれ、ブルックリンのキンフォークでやっていたパーティーで、世界に愛されるDJスピナまでもが、ようやく近年にプレイしていたのを聴いた夜、「今更この曲?」なんてダメ出しのリアクションではなく「またここにも飛び火したナ。」という印象が強かった。ありきたりだが、やはり良い音楽は時代を超越していく。
不思議なウネりを繰り返すメロディアスで小刻み調子が爆竹花火のように落ち着きない子供たち、またはヤケ酒サラリーマンご一行のややハズレ気味な音程合唱が、毎回当たり。聴こえてくる耳にはコレかなりキャッチーなのだ。
この忘れられない歌を意識上に再び浮かばせてくれたのは、マンハッタンのアッパー・イースト・サイドに住むフェリースというお客さんと、彼女が買ってくれたジョージ・コックスの黒の革製ハイトップ・スニーカーだった。
当時のパンクスやロカビリー兄さんと並行し、テッズと呼ばれる氣志團の前世にあたるギラギラポマードをくしでといて整えたリーゼントを決め込んだ人たちもこぞって愛用した代表的な靴のブランド。そしてこのブランド名物である『ラバーソール』という分厚く重たいソールと爪先のレザーの中に編み込み模様があしらわれたデザインが特徴で、今回のスニーカーの原型ともなっている。
すでに同ブランドの靴を持っていると言って、興味を示してくれたフェリースからのメッセージには、「失業中だけど、ファッショニスタとしてのプライドある私としては、これ以上マケてくれとは言わないけど、靴の匂い自体はどう?新しい底敷をいれるべき状態?」という内容の質問があった。
その日は土曜でウチの近所の局は午後1時迄の営業なので、売れたばかりの商品を梱包し発送しに行く最中に慌ただしくも、「異臭に関しては心配する必要はありませんよ。でも強いて言うなら古い革の匂いがします。」と具体的に書き、けっこう撮りづらかったハイカットの高さからスニーカーの中の底敷が見える角度の写真を4枚に納めて添付し送った。
大雨の中を無事に出荷し家に戻ってくる道の途中でふと気づいたのは、さっき聞かれた「匂い」のこと。それを勝手に「異臭」と解釈したが、人によれば古い革の匂いだって、れっきとした「異臭」になり得るということだった。
まだ彼女からの返事はなかったので、「さっきは発送で急いでいて、こう書いてしまいましたが、後でそう気がついたので、きちんと質問に答えられてなくてごめんなさい。」と短く付け足しのメッセージを書いて送っておいた。それが午後1時頃だったと思う。
結局のところ、フェリースにお買い上げ頂いた頃には、すでに日曜の午前1時をまわっていた。ネットフリックスの映画にハマっているそうで、ステイホーム中に観ていたその合間に返答してくれていたそうだが、それにしても12時間もかけて商品に関するやり取りをした初めてのバイヤーだ。
そんなメッセージ上での話し相手のイケイケな話口調から当初のイメージは、ゲイかトランスの男の子で普段目にするおギャルなトーンで、奇抜なファンション好き、でも潔癖だから、割引よりも白いソール部分をきれいにして欲しいと、私にねだっているのだと勝手に想像していた。
でも話を聞いているウチにやがて、私が添付した写真に『メイド・イン・チャイナ』の透明のステッカーが足首まわり内側に付いていると説明した途端、「イギリスのメーカーなのに中国で生産されているのが気がかり。もう少し考えさせて。」との返答がきて、直感で『ア、このひとラバソ詳しくない』と分かってしまった。
相手が知らないというだけで、私が売っている商品を偽物と勘違いされても困るので、押し売りをするつもりは全くないのですが、、、から始まり、このスニーカーは私自身の私物で、購入先は日本にある代理店、参考までにその店のウェブサイトを記載し、昨年すでに販売済みのもう一足、同シリーズの型と色違いスニーカーの写真も添付して送った。
ジョージ・コックスはイギリスのブランドであるのは確かだが、2010年から2013年辺りまでに作られていたスニーカーは全て中国製であった事。その後に、このブランドのスニーカー・ラインのデザインや素材がより洗練されていった事。実際にはそれが多くの人には知られていない事。日本にも代理店があるくらいなので根強いファン達が存在し、それと同時期に起こった事実、ストリート・ブランドを代表するベイジング・エイプやネイバーフッドを筆頭にダブルネームというコラボ展開をこのブランドがしていった事も余談として彼女へ説明しておいた。
「あなたの情報量にはとても感心したワ。」との返信が届いて以来、イギリスサイズの履きごごちのやり取りをしていた最中、何故この外見は至ってシンプルでありながらやや過激なディテールがあしらわれた黒のスニーカが選ばれているのか、しっくりきた。というのも、彼女は57丁目沿いにあるアート・ギャラリーのオフィスを26年間任されてきた人だと知ったからだ。
コロナ打撃を受けて、アートのような贅沢品を商売にする業界は、特に厳しい状況下に置かれているとも書かれていたメッセージを読み、不安を隠しきれない彼女の様子が伺えた。
今考えれば値段交渉の為の演技だったのだろうか、最初は「無職」を自称していた彼女だったが、、、。
なにはともあれ、「この伝染病で仕事を失った。」と書いていたヒトをまず元気付ける意味で、「こんな大変な時でも、あなたのようにお洒落に気を使う筋金入りファッショニスタが私は大好きなので敬意を込め、よかったら送料無料にしますがいかがでしょう?プライオリティー・メール専用の箱に入れてお届け出来ますよ。」と返信したらとても良い反応が返ってきた。
支払いが完了した後に彼女の住所確認した際に、局員時代の私が郵便配達で訪れたことのあるドアマン付きのビルと判明。そのエリアからもイースト・リバーを一望できる立地からも経済的にかなり恵まれている彼女の生活環境がすぐ把握できた。
フェリースは、「あなたと会っていたら直ぐ友達になれていただろう。」と言ってくれていた。これもコロナの成せる技ではないだろうか。私は彼女の勤務するギャラリーが再開したら、展覧会を観に行きがてら、彼女に会いに行くと約束した。
一貫してプロ対応だと私を褒めちぎり、発送した小包はまんまと隣の州であるニュージャージーまで渡ってしまったあげくに、マンハッタンへと戻ってきて遅れ、ようやく届いたら怒りの矛先は郵便局へのみで、私の梱包方法にまでも感心してくれた。おまけにスニーカーを履いた写真付きのお礼メール迄もが、わざわざ届いた。
でもその写真を見て唖然とした。というのも履いているスニーカーがとてもキツそうだったからだ。サイズ的には彼女が普段履くモノより大きめだったハズなのに。それにも関わらず、チャックと靴ひもの両方で閉められるデザインの、チャックは全開、紐も縛っていなかったせいで、この靴が彼女の足のカタチに合っていない部分がより強調されてしまっていたではないか。
靴が細身なので、幅が広い足にはおススメしませんと伝えていたのは、サイズが合わない場合でもウチの店が基本的に返品を受け付けていないからだという事もひと通り説明済みだった。
その翌日には、白いゴムのソール部分を自分できれいに磨いたと再びメールがあり、彼女いわく『靴フェチ』なので、本人は至って満足気な様子で、そのスニーカーを履いた写真を再度送ってきてくれ、たまげた。
こうなってくると決してお世辞にも似合うとか似合わない以前に、サイズがまず合ってもいないスニーカーを履きながら、どうしてそれ自体が不満や不快という問題に発展しないのかが、売っておいた私ではあるのだが、不思議になってしまった。結論としては、やはり購入する前の時点で、かなりの満足感を彼女へと提供できたアカシ以外、この時点では考えにくくなっている。
単に付加価値と言うよりは、たわいない会話だったけれど、ステイホーム期間中のあの12時間のやりとりを通じて生まれた「信頼感」がすべてのような気がしているのは私の方だけではないと推測する。
商品発送の連絡の際に、関連書類を写真に撮って添付して送ったら、「こうして詳細にも気を配れるところ、働き方も私とそっくりだワ。だからアナタのような人とは取引していても気持ちイイ。」と感想を述べた。長年の画廊勤務で培ってきた人々からの信頼に基づく彼女自身の経験から、そう言っているのが理解できた。
スニーカーが彼女のもとへ届いたと同時期、ニューヨーク州再開も具体化し始め、この6月4日、遂に死亡数ゼロという日を迎えた。他の州での第二波が報告される現在、人口密度の高い都市に住む私たちニューヨーカーは自分たちの住む街に起こった実体験から学び、それが顕著に数字へと反映されたと痛感している。
街の再開の時期とその段階が商業別に設けられていて、やはり現社会のニーズの低さからなのか、アートの分野はリオープニング最後のカテゴリーのひとつとして記されていた。パンクの代名詞だったラバーソール型スニーカーをキツそうに履いたフェリースが、なにはともあれ元気にギャラリーの仕事へ復帰してくれることを心から祈っている。
そして本物のファッショニスタならば、到底やってないであろう、すでに原型をとどめていないスニーカーをあえて履いてくれる、この曲の歌詞が意味するところの、精神パンクという名の『心のつばさ』を広げ、「1%の金持ち層を相手に商売する業界」を限りなくロックして頂きたい。とコレ、今、アメリカで起こっているジョージ・フロイド氏の死が引き金となった一連のムーブメントに触発されつつ、そう願わずにはいられない。
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40代後半から人生再スタートしました。日常生活のアウトプットを、ポエトリーやDJという方法で表現しています。残された時間、後悔ないよう、トライ&エラーしながら多動中です。応援の方よろしくお願いいたします。