ひとを動かすMONO
昭和の歌番組『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』を観て育った。当時のアイドル歌手みたくポリープの手術をするほど歌い過ぎた。カラオケ・デビューはニューヨークで、大学の卒業式に合わせて渡米していた母に買ってもらった就職活動用のブルックス・ブラザーズのスーツだったが、バイトで入ったカラオケバーでの衣装へ早変わった。現在もよき友人である当時の同僚女子の面接日に、ママと間違えられたエピソードは互いに笑う話。
出戻り新人期間も含め、のべ6年働かせてもらったおかげで生活の方はまかなえた。お酒はもちろんのこと、煙草もパーラメントを1日3箱吸っていた。煙が目にしみて涙ぐむことはあっても、唄って泣くようなことはなかった。唯一、ウルウルした瞬間といえば、私の寿退社をもくぜんに駆け付けてくれた常連客からリクエストされたミーシャの『Everything』の曲の唄い出し。一瞬、ウウッと込み上げてきて、自分の声が震えるのを感じながら、なんとか気を取り直して唄い上げた。
ダンスに復活し、踊る気恥ずかしさも、とっくに無くなった頃、フトこんなことを思い出した。歌いたいケド人前でやると感極まるので、自分には踊っている方が性分に合っているというコト。この想い巡らせた数日後、全身で優れた声をあやつるアーティストのその声帯に魅せられたその日は、実に4回目の体感。
それまでは少し離れた位置から聴いていて、すでに圧倒されていた。今回の彼女は観客の周りをゆっくり練り歩きまわった。私の耳元へと彼女のノドの震動が徐々に近づいてきた。立っている私のまわりを野犬の遠吠えが一周した。かと思えば、今度は小鳥のさえずりになって戻ってきて私の肩越しに乗った。その波動のつよさというのが半端なく重かった。
ウルウルどころか、何か吐き出さないと居ても立ってもいられなくなった。触れることのできないケモノの美しさに満ち満ちていて、大泣きしたい気分になった。歩いた雑木林できつねの嫁入りを目撃してしまったおどろきの金縛りの感覚。なのにまた遭遇してみたいと何故か願う恐いもの見たさ以上の。しなやかに激しく表現しようとする姿勢。それを目の当たりにした者は心打たれて仕方ない。
人前で歌えば泣き崩れると言っているようなナイーブの固形であったワタシ。小柄なハイヒールで体育座りした彼女。髪を振り乱し、化粧した横顔から流れ落ちる汗まみれがマラソンランナーのごとく燃焼する。到底真似できない。
そう思い込んでいた自分だった。でもその二年後には、グチャグチャになりながらも第一歩どころか転がる意志になり始めた。そんな彼女が初めて私を見かけた時の印象を「ドンが最前列に座っていたと思った」とおもしろ謙虚に表現してくれた。が、しかし、この生声のライブ現場に及んで、誰がホントーはボスよ?
唯一不二なボスキャラへと突然変異するアーティストとは恐ろしい。一度はそうお思った自分だった。演じているつもりではなかったのに、「アナタは女優だ。」とひとに言われ気づいた。人前で演じることによって、、みずからの新たな側面を知った。そして度重なる失敗にもくじけるどころか、やりたいことが山積みになった作業場はベッドルームを侵食し、スタジオを持つ欲さえもこのコロナ禍に現れた。
トライし続けることによって、
怖くなくなってしまった。
これこそが収穫の秋2020年。
今年も残すところわずか二ヶ月。
さあ、ラストスパートかけてこう!