「仏遺教経」を読む (8)

【仏の道:遠望・近見】 (130)
「仏遺教経」を読む (8)

                                        Ⅲ 成就出世間大人功徳分八

入滅に際し、改めて、釈尊がお残しになったのが、有名な「八大人覚」(ハチダイニンカク)である。これについては、既に道元禅師の『正法眼蔵』で学んだ。道元禅師もその入滅の前に同じタイトルの教えを残しておられる。
「大人」とは仏を意味し、「覚」は悟りを意味する。「八大人覚」は、悟り(涅槃)に到る八つの徳目を意味する。すなわち、1、少欲覚 2、知足覚 3、遠離覚 4、精進覚 5、不忘念覚 6、正定覚 7、修智覚 8、不戯論覚
以下、それぞれについて、釈尊が最後に示された説諭のお言葉である。

                                               初、少欲の功徳

  「比丘達よ、正に知るべきである。多欲の人は、
  多くを求めるがために苦悩もまた多い。
  少欲の人は、求めることなく欲することないために
  多欲の人のような憂がない。
  すぐにでも少欲っこそ修習すべきである。
  少欲がよく諸々の善功徳を生じることは言うまでもない」


「小欲の人は、諂い阿って他者に気にいられようとすることは無い。また(色形や香り等の)諸々の感覚に心を囚われることもない。小欲を行じる者は、心が坦々として憂いや恐ることがない。何事につけ、ゆとりあり、常に足りないと不満であることが無い。小欲の者にはすなわち涅槃がある。これを小欲と名づけるのである」

           【語義の吟味と考察】            

先ず「小欲」について。欲望はすべての迷いの根源である。煩悩のすべては欲望を発現地とする。だが厄介なことに欲望は生命維持に不可欠である。では、どうすればいいのか? 出来るだけ欲望を減ずることだ。そのためには多欲の害を知るが良い。

多欲の人は、多くを求めるが故に苦悩もまた多い。小欲の人は、その憂いがない。ここを弁え、小欲を修習すべし。小欲には多くの功徳がある。憂いなく、他者に諂うこともない。何事にもゆとりあり、不満を感じない。小欲こそ涅槃があることを知れ。

            二 知足の功徳

  汝等比丘、若し諸の苦悩を脱せんと欲わば、
  当に知足を観ずべし、
  知足の法は即ち是れ富楽安穏の処なり、
  知足の人は地上に臥すと雖、猶安楽なりとす
  不知足の者は天堂に処すと雖亦意に稱わず、
  不知足の者は、富めりと雖而も貧し、
  知足の人は、貧しと雖而も富めり、
  不知足の者は、常に五欲の為に牽かれて
  知足の者の為に憐愍せらる、是を知足と名く。

「比丘達よ、もし諸々の苦悩から脱却せんと欲するならば、よく知足の教えを観ぜよ。知足の法とは、富楽にして安穏へと導くものである。足ることを知る人は、地面で寝るような暮らしであっても、なお安楽である。足ることを知らない者は例え神々の家で暮らしたとしても満足することはない。足りることを知らない者は裕福であっても心が貧しい」

「足りることを知る人は、貧しくとも心豊かである。足りることを知らない者は、常に五欲に振り回され、足りることを知る者から憐れまれる。これを知足と名づけるのである」

             【語義の吟味と考察】

「八大人覚」第二は、前項の「小欲」を受けた「知足」である。この二つは、一見、欲望否定の印象があるが、釈尊は決して欲望を否定されてはいない。欲望は人間、生存の本能であり、命の根源でもある。だが、それは諸々の苦悩の根源でもある。いわば”双刃の剣”である。だから教えを「観ぜよ」と注意を促されている。

「知足」は法である。「足りる」を知る人を”富楽にして安穏”へと導く。地面で寝るような状況の暮らしであってもそれを得られる。だが神々の住む家、王侯の館で暮らしても「足りる」を知らぬ者は満足を知らず、五欲に振り回されるままに苦悩の一生を送る。

確かに、私自身のこれまでの生活を振り返ってみても、おっしゃる「知足の法」は確認出来る。月給が上がれば上がるほど多くを求めるようになった。会社での地位が上がれば上がるほど上を目指した。若き日、「これでいい」と思うことなど微塵もなく物欲を求め続けることが「生き甲斐」でさえあった。

だが、年老いて隠棲すると、「足りる」を知るようになった。”老い”は、五欲を減じてその自覚を促してくれるようになった。そして今、この釈尊のお諭しが身に染みてよくわかる。有難いことである。

だが年老いても「生涯現役」などと「足りる」を知らぬ人々も多い、五欲の充足を持って生き甲斐とし、巨万の富を蔵して人生の勝利者を誇る人も多い。だが、その財の故にその子・孫が離反し、骨肉の争いを始め晩年に憤死する例も多く見た。正に「知足の法」は恐ろしい。ここにも気づかねばならぬ。


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