Kickstarter従業員による労働組合結成が意味するもの
日本時間の一昨日未明、アメリカである歴史的な事件が起きた。大手のIT企業としてはおそらく初めて、米国クラウドファンディング最大手のKickstarterのホワイトカラー従業員による労働組合が誕生したのだ。
元々のきっかけは2018年にさかのぼる。
『「Allways Punch Nazis」というコミックを出版したい』というクラウドファンディングプロジェクトについて、当初同社スタッフがこれを承認しプロジェクトが公開されたものの、経営陣がこれをふさわしくないとして開催を中止した。
この「ナチスは常に叩きのめすべき」というテーマの44ページものコミックを出版するプロジェクトは、その1年前の2017年8月に米国シャーロットビルで起きた白人至上主義・ネオナチ対反対派の衝突により1人が死亡、35人が負傷した事件に触発されて作られたという。
コミックの作者曰く、ここでいう「ナチス」とは「Make America Great Againと言ってはばからない大統領のことを容認する人達」を含めるとのことで、自分たちとは異なる思想を持つ人たちに対する暴力を奨励しているかのようにも読める。
Kickstarterのガイドラインでは「ヘイトスピーチや他者に対する暴力を奨励するプロジェクト」は禁じられており、このプロジェクトが中止されたのは必ずしも間違った判断ではないようにも感じられた。一方でクリエイターはあくまでこれは風刺コミックであるとのスタンスを取っており、慎重な判断が求められていた。
そしてプロジェクト公開後、極右メディアがこのプロジェクト掲載を許可したKickstarterを批判する記事を掲載。
これを受け、改めて同社社内の審査チームがガイドラインに抵触するかどうかを再判断、一旦は問題ないとの判断に至ったものの、経営陣がこれをオーバーライドし、プロジェクトは取り下げられた。
この判断が社内で炎上した。「外圧に屈するのか」という声に対して、経営陣は急遽開催された全社ミーティングで「そもそもこのプロジェクトは最初から公開されるべきではなかった」とコメント。これに対し「そもそもネオナチを含めたナチス思想自体を容認するような立場はありえない、そんな会社では働けない」というコメントが噴出。結果として、経営陣は判断を覆し、このプロジェクト開催を容認した。
問題となったのはその後。全社スタッフ向けのSlackの投稿内容が相応しくなかったとして審査チームのスタッフが「諭旨退職」をさせられたとのこと。上司から当該スタッフに対して「(プロジェクト取り下げの)判断に対して不服を言ってはならない」という指示があったということだが、それに対する投稿だったようだ。
その真相は不明だが、これを期に「会社の決定に対して表で反対してはならない」と受け取った従業員達が中心になり、労働組合を組成しようという取り組みが始まった。今回、従業員数145名のうち、投票に参加できたのはマネージャー57名を除く88人。従業員の過半数による投票の結果、賛成46、反対37という僅差で労働組合への参加が決定した。
その過程の中で、昨年末に組合組成の中心的な役割を担っていた2人の従業員が、2019年9月に解雇されている(記事冒頭のClarissa Redwineはその一人。会社側は今回の労働組合の組成を率いていたことが直接の原因ではないとしている)。今回結成された労働組合がこの解雇を不当だと訴えた場合、当該従業員達が復職する可能性もあるという。
ここで本質的に考えさせられるのは、Kickstarterというミッションドリブンな会社だからこそ、今回の組合化の動きが起こったのではないかということ。言い換えると従業員は、「会社という枠を超えた大義のために働く場所で、時間と引き換えに給料を得るための場所ではない」という思いで仕事をしているがゆえに相当の責任感を持っており、だからこそ自らの発言権を奪われた、と感じたことに危機感を覚えたのではないか。
同社の利他的な経営方針は、2015年にPBC(Public Benefit Corporation)へ会社の組織形態を変更したことからもうかがい知れる。PBCとは株主価値の最大化を目指す通常の株式会社に加え、自らの定款に「社会への価値還元」を義務付けていることが大きな特徴。当該形態をもつ代表的な業種としては放送会社や電鉄、バス、港湾会社などのいわゆる社会インフラ会社である。すなわち、同社はこのKickstarterという事業を社会インフラにしたいという強い意思を持っている組織なのだ。
Kickstarterの従業員からずいぶん前に、同社のミッションと哲学を小冊子にまとめたものをもらった。とても気に入っていて、つい最近までずっと持ち歩いていた。
「我々のミッションはクリエイティブなプロジェクトの実現を手伝うこと」
「我々はこのミッションに共に取り組むビルダーでありデザイナーであり乗組員である。我々はKickstarterというアイデア、そしてKickstarterという組織のステークホルダーなのだ。
我々は世界をよりクリエイティブにするための一助となることを志し、Kickstarterを通じてだけでなく、我々自身の働き方を通じて、お互いの夢の実現に向けて協力していくのだ。」(筆者訳)
このミッションに共感した乗組員が参加している組織、それがKickstarterなのである。
今回の労働組合結成で彼らが勝ち取ったのは、単に給与水準や雇用機会を平等に、というようなものではなく、より経営に直接参画し、同社の経営がミッションに照らして公正に行われているのかどうかをきちんと監査したい、というもの。
もしその理想論が同社の自由な立ち位置をさらに加速するのであれば、その影響は同社一社にとどまらず、自分たちの雇用主がミッションドリブンであると信じている従業員が多く働くGoogleやFacebookなどの組織にとっても一つの選択肢となり、結果として米国のIT企業のコーポレートガバナンスのあり方にまで影響を及ぼす可能性すらあるかもしれない。
一方で、もし今回の労働組合組成が原因で同社の経営がスローダウンし、社会の中でのKickstarterの存在感が薄れるようなことがあるとすれば、組合結成を支持していた人達が期待していたものとは全く違う残念な結果となってしまうだろう。Kickstarter創業者達の想いにインスパイアされて起業した自分としては、同社の今後の活動に引き続き注目していくと共に、その成功を願いたい。
【参考】
まつざき
最新のKEY-VI SIONは、メルマガでお読みいただけます。
メルマガ登録はこちら