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【キバロク調査レポート】もち米の秘密:糖質が水を抱え込み尿意を和らげるって本当?

最近、「ボンタンアメを食べるとトイレの回数を減らせる」という話題がSNSや口コミで注目を集めています 。長時間のライブや会議、試験など、簡単にトイレに行けない状況で役立つというこの噂。一見お菓子と尿意は無関係に思えますが、実は糖質が水分と結びつく性質に秘密があるとされています 。

人間の体は恒常性を維持するために、飲んだ水分の大部分を尿として排出します。「頻繁にトイレに行きたくなる」という悩みは、高齢者の夜間頻尿からイベント中の我慢まで幅広く存在し、生活の質にも影響します。

水分摂取と尿生成の関係は古くから研究されており、食事や飲み物の種類によって尿の出方が変わることが知られていました 。特に注目されるのが糖質や塩分などの成分です。例えば、塩分の過剰摂取で尿量が増える一方、牛乳やフルーツジュース、糖分の高い飲料では尿量が減少する傾向が報告されています 。これは飲料の成分が体内の水分保持に影響を与えるためと考えられています 。

一方で、「糖質を摂ると尿意が抑えられる」という俗説については科学的根拠が十分に整理されておらず、学術的な検証が求められていました。ここで鍵となるのが糖質の吸水(保水)特性です。糖質、とりわけもち米由来のデンプンや砂糖は水分を引き寄せ抱え込む性質(吸湿・吸水性)を持ち、これが尿意抑制につながるのではないかという仮説が浮上しています 。

最新研究の動向

糖質の水分保持メカニズム

まず、糖質がなぜ水と結びつくのか、そのメカニズムを見てみましょう。糖質(炭水化物)は分子構造中に多数の親水性(水と引き合う)基を持ち、水分子と水素結合を形成しやすい性質があります。そのため、砂糖を代表とする糖質は非常に吸湿性が高く、周囲の水分を引き寄せて保持します 。食品分野ではこの性質を利用して、ケーキや和菓子のしっとり感を保ったり、もち菓子(大福や餅)の柔らかさを維持したりします。もち米に豊富なデンプン(アミロペクチン)も、水を抱え込んでゲル状になる特性があり、加熱して餅にすると大量の水分を含んだ弾力ある状態を作り出します 。つまり、糖質は化学的・物理的に「水を抱き込むスポンジ」のように働くのです。

この性質は体内でも応用されます。食事として糖質を摂取すると、消化・吸収の過程で糖分子は水とともに吸収されていきます。特に体内で糖を貯蔵する形であるグリコーゲンは、水と結びついて蓄えられることが知られています。研究によれば、1gのグリコーゲンは少なくとも約3gの水を一緒に保持すると報告されています 。筋肉中にグリコーゲンを蓄える際、糖と一緒に水も細胞内に引き込まれるため、炭水化物を十分に摂ると体内の総水分量が増加することが確認されています 。これは運動生理学の分野ではよく知られており、マラソン選手がレース前に炭水化物を多く摂取(カーボローディング)すると一時的に体重が増えるのは、水分が筋肉内に蓄えられるためです。同様に、普段から高炭水化物食の人は低炭水化物食の人より体内に多くの水分を保持しやすいとも言われます 。以上のように、糖質の吸水特性は分子レベルから生理学レベルまで確認されており、これが尿として排出される水分量に影響を及ぼす可能性が示唆されています。

糖質摂取と尿量・尿意への影響

では、糖質を含む食べ物や飲み物を摂った場合に、本当に尿の出方や尿意が変わるのでしょうか?この問いに答えるため、近年の研究では飲料の組成と水分保持効果を比較する試みが行われています。2016年に発表された論文では、飲料水分保持指数(Beverage Hydration Index, BHI)を開発するために13種類の飲み物を飲んだ後の尿量を比較しました 。その結果、同量の水と比べて、経口補水液(電解質を含む飲料)や牛乳では明らかに尿量が少なく、水分が体内に長く留まることが分かりました 。一方で、コーラやスポーツドリンク、オレンジジュースなど糖分を含む一般的な飲料の多くは、水単独と4時間後の累積尿量に有意差が見られない場合もありました 。これは飲む量や条件によって差が出にくかったためと考えられます。

しかし、糖分入り飲料でも組成によっては水分保持効果が認められています。ある系統的レビュー(2020年)では、牛乳、オレンジジュース、糖分・塩分濃度の高い飲料の摂取時に尿量の減少が報告されたとまとめられています 。つまり、糖質単独ではなく適度な塩分を含む飲料や栄養バランスの取れた飲料では、短期的に水より尿の出が少なくなる(つまり体内に水分が残りやすい)ことが示唆されます。

興味深い研究として、日本の研究者らによる実験では、同じ量の水分でも「飲み物として摂る」のと「食べ物に含ませて摂る」のとでは尿量に差が出ることが報告されています。ある研究では、水だけを飲んだ場合は短時間で多くが尿として出ましたが、水分を多く含む固形食(例えば水分たっぷりのゼリーやお粥など)として摂取した場合、尿量の増加が抑えられたのです 。研究代表者の蛯根直之氏らは、「飲料として補給した水は容易に尿として排出されるが、固形食から摂った水は尿量を増やさない」と結論づけています 。この現象は、固形物の方が胃腸での水分吸収がゆっくりで、体内に水が留まる時間が長くなるためと考えられます。また、糖質を高濃度に含む飲料については「糖質の補給には有効だが、水分補給の即効性は劣る」とも報告されています 。つまり、糖分が多いドリンクほど胃から腸への排出(胃排出)が遅れ、水の吸収も緩やかになる傾向があるのです。吸収がゆっくりになるということは、血中への水分移行が段階的になり、腎臓が一度に処理する水分量が減るため、結果として尿がすぐには増えない可能性があります。これは尿意の立ち上がり(「トイレに行きたい!」と思うまでの時間)が延びることにつながります。

スポーツ科学の分野からも、糖質と尿排出の関係を示すデータが出ています。
では、運動後に異なる濃度の炭水化物飲料を与え、体内に保持された水分量(摂取量に対する割合)を比較しました。その結果、炭水化物を含まない電解質飲料では体内保持率約72%だったのに対し、炭水化物12%入りの飲料では約82%もの水分が体内に留まり、他の条件より有意に高い保持効果を示しました 。炭水化物濃度6%の一般的なスポーツドリンクでも75%前後と、水だけより高い保持率でした 。研究者らは、この糖質による水分保持効果の理由としていくつかの仮説を述べています。ひとつはグリコーゲンへの変換で、糖が細胞内に取り込まれる際に水も一緒に引き込まれること 。もうひとつはインスリンの作用で、糖分摂取によりインスリンが分泌されると腎臓でのナトリウム再吸収が促進され、水分排出が減る可能性があるという点です 。実際、適度なインスリン上昇は水分と塩分の体内保持に寄与しうることが示唆されています 。以上のような複数のメカニズムにより、適度な糖質を含む飲料は水分を身体に留め、尿として出にくくする効果が期待できるのです。

しかし一方で、注意すべき点もあります。糖質の摂り方によっては逆に尿意や尿量を増やしてしまう場合もあるということです。例えば、血糖値が急激に上がるような過剰な糖分摂取や、糖尿病のように血中に糖が溢れてしまう状態では、体は余分な糖を尿に排出しようとします。その結果、糖と一緒に水も引き出されて利尿作用(尿量増加)が起こるのです 。実際、糖尿病では頻尿が典型的な症状の一つになります。同様に、砂糖や人工甘味料そのものが膀胱を刺激し尿意を誘発することが指摘される場合もあります 。従って、糖質による尿意抑制効果を狙う際も、摂取量や個人の健康状態に注意が必要です。適量の糖質であれば水分保持に有利に働きますが、過剰な糖分は逆効果となり得ることを覚えておきましょう。

考察・企業視点での活用可能性

最新の研究動向から、糖質を上手に利用すれば水分を体内に保持し、尿意をコントロールするサポートが期待できることが分かりました。この知見は企業にとっても様々な分野で活用できる可能性があります。

まず考えられるのは、機能性食品・飲料の開発です。例えば、今回話題に上ったボンタンアメのような伝統菓子に着目し、その糖質(もち米由来のデンプンや砂糖)の水分保持特性を強化・応用した商品開発が考えられます 。具体的には、もち米や糖質成分に加えて電解質や利尿を抑えるハーブエキスなどを配合し、「尿意抑制サポートキャンディ」のような機能性お菓子を開発するアイデアです 。これは、水分補給しつつもトイレに行きにくくしたいというニーズ(長時間の会議、受験、イベント参加、高齢者の夜間頻尿対策など)に応える製品になり得ます。実際にボンタンアメを製造する企業でも、SNSで注目されたことを受けて新たな展開を検討しているかもしれません 。例えば、「夜用ボンタンアメ」や「旅行用ボンタンアメ」といった、シーン特化型の商品は消費者の関心を引きやすいでしょう。

また、スポーツ・ヘルスケア産業でも応用可能です。前述の研究から、運動時のハイドレーション(給水)に糖質を適切に組み合わせることで、水分保持効率を高めパフォーマンス維持に役立つことが示唆されました 。企業はこの知見を活かし、スポーツドリンクの改良や新しい栄養補助食品の開発につなげられます。例えば、従来のスポーツドリンク(6%程度の糖質)に対し、運動後のリカバリー向けにやや高めの糖質濃度(10~12%)でかつ胃腸負担を軽減する処方の飲料を開発すれば、より体内に水分を留めやすい製品になるでしょう。さらに、高齢者向けの経口補水食品として、ゼリー状や餅状の水分補給食品を作ることも考えられます。嚥下が難しい高齢者でも摂りやすく、水分がすぐ尿にならずに体に留まるメリットがあります。実際、医療・介護分野ではゼリー飲料やとろみ調整食が活用されていますが、糖質の種類や量を工夫することで脱水予防効果を高めた製品が期待できます。

さらに、サプリメントや医療分野でも着目できます。頻尿や夜間尿(ノクトリア)に悩む人向けに、糖質や吸水素材を使ったサプリメントを開発する余地もあります。例えば、ゆっくり溶けて水を吸収するような高吸水性ポリマーや食物繊維(難消化性デキストリン等)と糖質を組み合わせ、就寝前に服用することで夜間の尿意を抑える製品などは革新的かもしれません。もっとも、医薬品レベルでは既に腎臓での水再吸収を促進するホルモン製剤(デスモプレシンなど)が使われていますが 、食品由来で安全性の高いアプローチは副作用リスクが低く、予防的な用途に向くでしょう。

企業視点で忘れてはならないのはエビデンスの確立と啓発です。ただ闇雲に「糖質で尿意が減る」と宣伝すると誤解を招きかねません。今回のテーマでも、適量の糖質であればこそ水分保持に役立つのであって、糖分過多は健康リスクになります 。そこで企業は、大学や研究機関と連携して自社商品の臨床試験を行い、科学的データを取得すると良いでしょう。例えば、ボンタンアメ企業が実際に「ボンタンアメ摂取群」と「プラセボキャンディ摂取群」で尿量や尿意の感じ方の違いを測定する試験をすれば、商品の訴求力に繋がる確かな数字が得られます。そうしたエビデンスをもとに、「科学的に裏付けられたトイレ対策おやつ」としてマーケティングすれば、消費者の信頼も高まります。

最後に

最後に本記事のポイントをまとめます。糖質(炭水化物)は水分を引き寄せて保持する性質を持ち、食品中や体内で「水の貯蔵庫」として働きます。適度な糖質を含む飲料や食品を摂取すると、短期的に尿量が減り尿意の発生を遅らせる効果が期待できます 。これは、水だけを飲むよりも効率的に体を潤しつつ、トイレの頻度を抑える戦略となり得ます。
一方で、糖質の量とバランスが重要で、健康維持の観点からは全体の食事管理も欠かせません。糖質の水分保持という観点は、まだ新しく奥深い分野です。日常生活の利便性向上やスポーツ・医療への応用に向けて、今後も研究と技術開発が進んでいくでしょう。本記事が、糖質と尿意の関係について理解を深める一助となり、皆様の興味や企業でのイノベーションのヒントにつながれば幸いです。

参考文献

  1. Maughan RJ, et al. Am J Clin Nutr. 2016;103(3):717-23. URL
    内容: 13種類の市販飲料(水、経口補水液、牛乳、ジュース、ソフトドリンク、ビール、コーヒーなど)1リットルを摂取し、4時間にわたる尿排出量を比較した実験的研究。水を基準に各飲料の水分保持率(BHI)を算出。
    結果: 経口補水液(電解質を含む飲料)やフル脂肪乳・無脂肪乳では、摂取後2時間の水分保持指数が水の1.5倍程度と有意に高く、4時間後の累積尿量も水より少なかった 。コーラやオレンジジュース、紅茶、コーヒー、ビールなどは水と大差ない尿量で、一部カフェイン飲料は若干の利尿作用も見られたが、統計的有意差は小さかった。
    結論: 飲料の成分(電解質や栄養素)の違いが短期的な水分保持に影響を与える。特に電解質やたんぱく質・糖質を含む乳製品は水分を体内に留めやすいことが示された 。この手法(BHI)は、水分をすぐ排出せず維持する飲料の評価に有用と提案された 。

  2. Alwis US, et al. Int J Clin Pract. 2020;74(9):e13539. URL
    内容: 食品成分や飲料と尿量の関係について、人及び動物研究を包括的にレビューした論文。21のヒト試験と28の動物試験を分析し、食事中の様々な要素(塩分、カフェイン、アルコール、糖質など)が尿産生に与える影響を評価。
    結果: 高塩分食、アルコール、カフェイン(コーヒー、エナジードリンク)は尿量を増加させる一方、低塩分食、牛乳、オレンジジュース、高糖・高塩分の飲料は尿量を減少させる傾向が確認された 。動物実験では特定の果物やハーブが利尿作用を示す例もあった。
    結論: 現時点のエビデンスは質にばらつきがあるものの、食品中の水分含有量や栄養素(糖質・タンパク質など)、電解質組成が尿の産生に影響することが示唆された 。体液バランスに及ぼす食事要因は多因子的であり、尿意・尿量管理のためには栄養構成を総合的に考慮する必要がある。

  3. Osterberg KL, et al. J Appl Physiol. 2010;108(2):245-51. URL
    内容: 脱水状態になった被験者に対し、濃度の異なる炭水化物-電解質飲料(0%、3%、6%、12%の糖質を含有)を与え、水分補給後の体内水分保持率と生理指標を比較した研究。被験者は運動で体重の2-3%汗をかいた後、体重減少分と同量の水分を4時間かけ補給。尿量と血液検査、体重変化から水分保持を算出。
    結果: 糖質を含む飲料は、含まない飲料よりも水分保持率が高いことが明らかになった。特に糖質12%+電解質の飲料では、摂取水分の82%が体内に保持され、無糖の電解質飲料(約72%)や水に比べ顕著に高い保持効果を示した 。3%や6%の糖質を含む飲料でも約75%と、水のみ(約66%)より高かった 。また血中の希釈具合やホルモン分析から、糖質摂取によるインスリン分泌が腎臓での水とナトリウム保持を促進した可能性が示唆された 。筋肉内のグリコーゲン回復にも水分が伴っていることがデータから支持され、糖質が細胞内外に水を引き込む作用が体液バランスに寄与していると考察された 。
    結論: 運動後の効果的な再水和には水だけでなく適度な糖質を含む飲料が有用であり、炭水化物濃度の高さに比例して体内に水を保持する傾向が確認された。

  4. 蛯根直之ほか「高濃度糖質飲料の水・糖吸収と尿排出に関する研究」科研費報告書, 2022 URL
    内容: 日本の研究プロジェクトからの報告で、固形食に含まれる水分と飲料水として摂る水分で体内水分の動態がどう異なるかを調査した研究。若年成人を対象に、水のみを飲む場合と、水を含んだ固形食品(糖質を多く含む菓子やデザート類)を食べる場合で、一定時間後の尿量や血中濃度変化を比較。
    結果: 飲料として直接水を摂取した場合、短時間でその多くが尿として排出されたが、固形食に水分を含ませて摂った場合には尿量の増加が見られなかった 。また、同時に摂った固形物中の糖質の吸収は、水と一緒に摂ることで促進される一方、水そのものの吸収は遅延し体内に留まったとの結果が示された 。
    結論: 固形食を介した水分摂取は、尿への排出を緩やかにし体内保持時間を延ばす効果がある可能性が示唆された。本報告では、特にもち米由来の食品など糖質を含む固形物が、水分補給の持続性に優れる点が指摘されており、日常生活やスポーツでの水分補給戦略に新たな視点を提供している。