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親の葬式にも出ない

私の心が割れる寸前の出来事。
親戚の慶事が重なり、一週間の間に二度も、親きょうだいと顔を合わせてしまった。しかも、そのうち一度は同じ卓。あの時は、ひどく消耗した。
次の年、祖母が亡くなって、ついに冠婚葬祭は尽きたのかなと思ったのも、絶縁のきっかけの一つだった。 
他にも、私の娘が部活動で忙しくなったこと、祖父母と会わなくても楽しく過ごせる年頃に差し掛かったこと、様々なことがパズルのようにはまっていき、最後のピースがはまったのが半年前なのだと思う。
ピースは無数にあって、その一つは友人の言葉だったり、本の中の一文だったりした。掲題の「親の葬式にも出ない」は、大切な歳上の親戚が言っていた台詞。私の肩の荷を軽くしてくれた。

あんなに嫌だったのに冠婚葬祭に顔を出していたけれど、この先はいいんだ。減点されても加点はされない関係だ。そもそも、親戚にどう思われようと、そんなことどうでも良かったんだ。何を私は気にしていたんだろう。体面や外面のことばかりうるさく言われて育てられたせいで、まだそういった部分が残っている自分に気付いた。これからは、意識的に変えていかないと。そう思った。

親がぽっくり亡くなるとは限らない。むしろ、その可能性の方が高いだろう。さすがに、元気な方の親ときょうだいは、私にコンタクトを取ろうと試みるだろう。
私は彼らのLINEをブロックしているが、手紙が来たらどうしよう。夫に電話があったら?考えると憂鬱になるけれど、起きてもいないことは考えない。全て最悪の事態を想像してしまうのも、私の、植え付けられた悪い思考の癖だと思うから。

考えない、と、考えなし、は違う。
強くならなければ。

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