出前一丁 〜おいしい作り方を読んで
私は袋麺を滅多に食べない。中でも出前一丁は購入したことすらなく、未知の領域と言っても過言ではない。
そんな出前一丁との出会いは、夫の夜食であった。夫は晩酌のビールを晩御飯のオカズで2時間くらいかけて食べるのが楽しみのようで、ご飯も味噌汁も後回しにする。かと思うと、風呂上がりに、やおら出前一丁を作り始めたりするのだ。
もはや成長期の栄養バランスをとやかく言う年齢でもなく、どちらかというと高脂血症や血糖値を気にせねばならないはずなのだが、毎年の健診で全く問題ないとあれば、特に目くじら立てて咎める必要もないかと放置している。
本人は手慣れた様子で鍋を出し、適当に水を入れている。自給自足体制で後片付けも完璧とあれば、文句を言う筋合いはない。
ふと、キッチンにたゆたう空袋が気になり、手にとって裏面に目を凝らした。そこには老眼を嘲笑うかのように文字が詰め込まれていた。
「おいしい作り方」
わざわざ黄色い枠取りをして、赤い文字がここを見よと主張していた。
私は挑戦を受けて立つかのように、ジッと眼鏡の下半分を使った。
出前一丁は、まず鍋にお湯を沸騰させろと要求していた。それも500mlと分量も決められている。このために水を何ml用意しておかなければならないかは記載されていない。つまり、鍋に500mlの水を入れて沸騰させろというのではなく、沸かしたお湯を別のヤカンか何かで作る必要があるということを示している。もし鍋に水500mlを入れたとして、沸くまでの時間によって蒸発する水分量が異なれば、最終的に麺の仕上がりにバラつきがでてしまい、メーカーとして「おいしい」状態を保証できないのであろう。それによってお客様相談室が混乱するのは避けたいという臆病な気持ちが行間に滲み出ている。
しかし、その500mlを入れる鍋については大きさの容量が特に定められていない。もし横に書いてあるカット絵で麺の大きさを目安にせよというのであれば、鍋になみなみと入っているお湯の量が、到底500mlには見えないのだ。この矛盾した提示には、到底納得できない。天下の日清食品が、インスタント麺のパイオニアが、こんなザックリしたマニュアルでいいのだろうか。
もし、フライパンのように浅い鍋しかなければ、麺が半身浴のようになって茹で加減にムラが出るのではと心配するのは、私が袋麺の素人ゆえなのだろうか。
いや、ともかく、本題に戻って出前一丁を作っていかなければなるまい。我に返って、鍋にお湯を沸かして麺を投入したと仮定して、次の行を読んでみた。するとおいしい作り方は赤い字で、ゆでるのは3分間だと強調してきた。にも関わらず、直下にカッコ書きで時間はお好みで加減せよとあるのには驚いた。そして、火加減については全く触れられておらず、一切不明である。グラグラと3分間か、静かにフツフツと湧く程度なのか、あたかも企業秘密であるかのように、お好みでなのである。
固めが好きなら、2分間なのか2分30秒間なのか、1分間ではさすがにベビースターラーメン状態であるよなどの目安も一切ない。あくまでもお好みによって加減せよと。
そういえば、同じ日清食品の定番製品にどん兵衛があるが本来なら5分間のところ、倍の10分間に延長すると別の食感を味わうことができると聞いた。これがお好みにより加減する可能な範囲だとしたら、6分間茹でてしまってもいいのだろうか?いや、お湯を注いで待つタイプのどん兵衛とは異なり鍋で加熱し続ける出前一丁を同じ土俵で語ることは許されないのでは、とお好みに戸惑いを隠し切れないのであった。
その戸惑う私の横で、菜箸を持ったまま夫が「鍋に麺を入れたら、ほぐしてはいけないよ」とのたまった。
なんですと?
固まりをなるべく速やかに解きほぐすことで均一にアルファ化を促すべきではないのですか?麺がアンタッチャブルだったなんて、今まで知りませんでした、っていうか知る必要もなかったのですが。
袋の裏に目を移すと確かに次の段階で、麺がほぐれたら、という指示が書いてある。
ほぐしたらではなく、ほぐれたらという、たった一文字の違いにそんな深い意味があったのか。
遠くに想いを馳せるように立ち竦む後ろで、
夫がぞぞーと麺をすする音が、聞こえた。