きたまり / 『小町風伝』 に向けて
「小町風伝」は私が大学3回生の時の太田さんの通年授業の課題戯曲だった。私は前期の授業しか出席していないので、単位を落としたし、後期はどのように発表公演に向けて授業がすすんだのか知らないが、ヨガ、歩き、本読みを繰り返すのが前期の授業のすすみ方だった。
その授業ではゆっくり歩くことがほとんどで、どう歩くかなどの細かい指示は太田さんは口にしない、ただただ、ゆっくり歩く、それを太田さんが見る、その時間がとても長かった。その授業の中で、ある日、突然身体が宙に浮いているような経験したことのない歩行感覚になり、静かに高揚した。
その時、いつもなにも口にしない太田さんが口を開けた。
〈きたくんの歩きは舞踊なんだよ、演劇じゃないんだ〉
その授業中に言われた言葉が、それなら私は舞踊の歩きでいい、舞踊がしたい。という決意に向かわせたと思っている。それ以降、私は太田さんの授業をサボりだした。そして学外での創作活動に力を入れはじめた。
しかし、どこか後ろめたい気持ちや、太田さんへの興味関心もあるので、古書店で太田さんの戯曲が掲載されている新劇や単行本を見つけては購入し、授業で扱われなかった戯曲をこっそり読んでいた。
その中に「老花夜想」があった。その冒頭 “ひとりの娼婦が寝ている。目を凝らすと、それは、彼女の立ち姿であることに気づく” というト書きを読んで、それはどんな姿で動きなのか、「小町風伝」や「水の駅」がもたらした、太田省吾のイメージとは、これは違う。「老花夜想」の猥雑さや、まとまりのなさに親近感なのか、好奇心なのかわからない興味を惹かれ、いつかこれを舞踊でやりたいと思ったことを覚えている。そのことを太田さんに伝えることもなく、太田さんの戯曲をどうやれば舞踊にできるのかもわからないまま、ずいぶん時が過ぎた。
2019年『あたご』という作品の為に嵯峨大念佛狂言保存会のお稽古を拝見しにいくことが続いた。それは、物語から派生する身振りと音の時空を、今の人を通して、ここにいない人を間近で見るような妙な感覚だった。もちろんそれまでにも音楽家との共同作業や生演奏での作品作りもしていたし、言葉を扱った創作もしてきていたけども、それらとはまた違う、これは物語という枠の中で身振りと音の関係が、時代を超えて引き継がれることの肝のようなものを掴む時間だった。そして3月末に『あたご』の上演を終え、直後の4月から、近畿大学に舞台芸術専攻の学生と作品を作る為に大阪に通ったり、夏に韓国にレジデンスに行く機会があった。初対面の人や、久しぶりの人との再会の中で、話しているうちになぜだか太田省吾の話題になることが多々あり、なんだか最近太田さんがやたら近いと感じながら、手元にある戯曲を久しぶりにめくり「老花夜想」を思い出し、ああ、そろそろ…なのかな。と思いはじめた矢先に、奥様の美津子さんが9月にマーラー2番の『復活』の上演を京都まで太田さんをよく知る人たちを引き連れて観劇に来てくださり、なんだ、この状況は…とたじろぎながらも終演後「老花夜想」の上演許可を伺ってみたら、驚きながらも喜んでご快諾いただき、いよいよ、やるのか、やれるのか、ずっと秘めてた想いを口にしてしまったので、とうとうやらねばならん状況に…と、苦笑いしながら太田省吾の戯曲との対話の日々がはじまった。
そもそも『老花夜想』がやりたいだけだった。それなのに『棲家』、今回は『小町風伝』と、いつの間にかシリーズ化しているのは、死者と対話を重ねる面白さかもしれない。
死者は黙っている。だから生きているものが、調べて、想像して、同化して、返答がない相手に対して一生懸命にかたりかける。なぜこの構成なのだ、なんだこのセリフは、こことここは繋がっているのか、ここの解釈はどうでしょうか?などと、時折、迷宮にはいりすぎて、死者をゆさぶり叩き起こしたくなる。
そして、こういった死者と生者のなんと答えのない行為自体が芸能の起源かもしれないと思うし、あなたが残したものはすごいけれど、もしも今、生きていたら、もっとすごいことになっていたかもですね。私はあなたの作品に刺激をうけてしまったので、その、もっと先を考えます。あなたにできなかった創作プロセスは振付家の私はできるかもしれないのだ、どうだ羨ましいだろ、と喧嘩を売ることもある。こうやって作品を通じていま再会することで、あれ、あの時の遠い昔の現実のあのやりとりは、あれはもしかして…とハッとする。けども、死者は返答しない。だから都合が良くて困る。
そして、私は沈黙劇で有名だった太田省吾の面白味は本当は台詞劇にあると思ってる。その台詞劇を歌舞音曲に翻訳して上演するのが『老花夜想』『棲家』を経て醍醐味と実感している。なので身振りと音と空間にただようような太田さんの沈黙劇を扱うことや、沈黙劇と台詞劇が混ざってた「小町風伝」に手をだすつもりはなかった。
だけども、別の話で古典の小町物はいつかやりたかった。道成寺物〜小町物〜山姥物と取り組みたい欲求は、『娘道成寺』を踊って一息つくたびに考えていたし、太田さんの戯曲に対峙した当初より幾度も「小町風伝」やらないの?という問いかけは周囲からあった。その度に、みんな「小町風伝」に何を期待してるんだ。読みやすくて面白い有名な戯曲を上演する必要性…..ん。でも、久しぶりに「小町風伝」読むと、これ、最終の文体の変化、ン?これもしかして….んー。なんでこんな詩….書き方したんだ。言葉にできない身体性の表れか….うた….応答…んー。これは古典から派生した小町物….ともいえる… のか。そしたら、やっぱり「小町風伝」をやらねばいかんのか。この、やっぱり、はなんだろうか。けど、やっぱり….と悩みに悩んで、『棲家』が終わった数週間後に心を決めた。
やっぱり、やらなければいけないのだ『小町風伝』を。
これは怨念、いや因縁。もしくは、けじめ。あの日の決意、舞踊がしたい。を、そろそろひっくりかえしたい現れなのかもしれない。どう、ひっくりかえしたいのか。ダンス、演劇、音楽だとか、民族、古典、同時代だとかを分けること、全ては混ざって溶け合いながらあるものなのに、わざわざ区別していくこと。そして、その区別によって、わかりやすさを言葉で明らかにしないといけないこと。だからこそ「わかる」「わからない」という感覚を揺さぶり続けることが、わたしのやり方である。
そして、ついでに、なんでもかんでも言語化されたことが正しさになりそうな有様にも本当にうんざりしてる。そうか、それは、あの時の身体が宙に浮いているような歩行感覚を〈演劇じゃない〉と言われたことに対しての、ずっと引っかかっていたことにつながってるかもしれない。この戯曲に描かれた人物の歩行をする。じゃあ、それは演劇の歩きでいいの?太田さん、私は違うと思います。あの時、私が口にできなかった反発、その純粋性に立ち返るために、なんともまわりくどい時間がたった。
今回、太田さんが想像もできない『小町風伝』になるでしょう。これが私の応答です。元・転形劇場の品川徹さんに当時と同じ配役で声の出演をしてもらうこと、台詞のある役は音楽家が担うこと、沈黙の配役は私がすべてやり、あのシーンは嵯峨大念佛狂言保存会に。
きっと、これは、なにもかも、太田さんのいる場所にも伝わるでしょ。
能舞台という丸見えの場所で、そこに存在する奥深く無限の記憶がある身体。舞台に立つために磨いてきたそれぞれのなにか。それらが突然、身体の芯からわきでて、次の場所にいく為のなにかが生まれるかもしれない。
これまでと、これからの身体の証。それは生きている身体の特権。
全部かかえて、忘れて、舞台に向かう。
〈忙しいというのは麻薬だからな、気をつけろよ〉
太田さんに卒業制作の講評で言われた、その一言を反芻するように、太田省吾のシリーズは作っている。太田さんに最初に会った時の険しい顔、最後に会った時のはにかんだ笑顔が交互にずっと追いかけてくる。
2024年8月 きたまり
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きたまり
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像・舞台芸術学科在学中の2003年よりダンスカンパニーKIKIKIKIKIKI 主宰。非言語表現の可能性を考察し続けながら、領域横断的な創作を展開し、木ノ下歌舞伎との共作『娘道成寺』や嵯峨大念佛狂言との共演『あたご』等、芸能や信仰を扱う創作のほか、2021年より劇作家・太田省吾の戯曲言語を舞踊化するシリーズを手がける。
太田省吾(1939-2007)
演出家・劇作家。中国・済南市生まれ。1970 年から1988 年まで劇団転形劇場を主宰。1990年代・2000年代には、藤沢市湘南台文化センター市民シアターの芸術監督、京都造形芸術大学 (現:京都芸術大学)映像・舞台芸術学科の学科長などを歴任。
『小町風伝』や『水の駅』(1981年初演)など、「沈黙劇」と呼ばれる作品群では、俳優が言葉を発することなく緩やかなテンポで動く演技表現を追求。これらと並行して台詞を発するスタイルのユニークかつ実験的な劇作品を、数多く生み出した。
小町風伝
1977年、矢来能楽堂で初演(劇団転形劇場公演、作・演出=太田省吾)。日本現代演劇の画期をなす作品であり、太田は能舞台を想定したこの創作を通して「遅いテンポ」と「沈黙」を表現の中心に据える独自の方法を導き出した。謡曲「卒都婆小町」を下敷きに書かれた戯曲は第22回岸田国士戯曲賞を受賞した後、英語・ドイツ語・韓国語に翻訳されている。
主人公の老婆が、ひとり風に身をまかせるようにして現われる。人々の行列が舞台に運び込む家財道具に囲まれつつ、老婆はゆめとうつつ、死と生との狭間をたゆたい、やがて、ひとり風のありかを訪ねるように去っていく―。
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