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寄稿/白神ももこ 《きたまりについて》

きたまりとは不思議ととても仲が良い……と思っている。私が勝手に思い込んでいるだけかもしれないが。
しっかりコンテンポラリーダンス界の王道を歩き、自分の「ダンス」というものに向き合いつづけて一本筋が通っている(いや、執拗までに通りまくっている)きたさんと、ダンスからこぼれ落ちて良くわからない脇道を無策に辿って来た私とはそもそも全く違うので、仲良くなることが不思議だったが、こうやってお互い何かの大事な節目に思い出す。多分、年をとっても遠くにいても変わらぬ付き合いがありそうな予感のする、私にとってはそんな存在だし、ある意味自分にとって指針的存在でもある。

きたさんと言葉を初めて交わしたのは、忘れもしない、世田谷パブリックシアターの稽古場から一番近い女子トイレだった。
それは2006年のトヨタコレオグラフィーアワードのファイナリスト決勝の次の日。ファイナリストにはなれなかったが予選漏れした中で推薦された何名かの振付家が作品を審査員たちに見てもらえるという日があった。
その会場に、前日にファイナリストとして舞台で作品を発表したばかりのきたまりがまるで幕内力士かトップ路線まっしぐらのスターか?というようなみなぎり方をして見に来ていた。そう見えた。
こっちは、ダンス界で序二段に上がれるかどうか?もしくは、部屋入れてもらえませんかね?くらいの存在だったので、作品をみてもらうチャンスのためにいそいそ準備をしていたが幕内力士きたまりの鋭い視線に、私はいささか緊張していた。彼女が私の好きな太田省吾氏が教えていた京都造形大学(現:京都芸術大学)の出身で同世代だということはすでにリサーチ済だったので大いに意識(勝手)していたのだ。
パフォーマンスが終わり休憩中にトイレに並ぶとたまたま前にきたさんがいて、何故か私はとっさに名乗りもせず「太田省吾さんに習ってたんでしょ?」とつっけんどんに声をかけた。若いって恐ろしい。
名乗りもせず、前日の作品の感想も言わず唐突かつ無礼な初対面の問いかけに少々うろたえつつも全く苛立ちを隠さないきたさんは凄みのある顔でにらみ返し「あたしはあの人を恨んでるからね!」とだけ言い残し、ぷいっと足早にトイレに入って行ったのだった。
「なんてやつなんだ。」とお互い思ってそれから数年会うことなくすぎたし、作品を観に行くこともなかった。

そんなことがあった後、二人の心を繋いだのは木ノ下歌舞伎だったかもしれない。
2回目にきたさんに会ったのは、2011年に演出した「夏祭浪花鑑」京都アトリエ劇研公演の終演後のことだ。トイレでの一件から5年後。観終わったきたまりに緊張の面持ちで会いに行ったら、「まあ、ダンサーをちゃんと使えてて良かった」とタバコを吹かしながら言われた。「ダンサーをちゃんと使えてる」というのがきたまりのポイントだというのが分かって、心の中でメモをした。とりあえずダンス界のエースのポイントはそこだ、と。だが、それだけでは私の心はビビったままで特に開いてはいなかった。

次に会ったのが2012年に横浜の野毛シャーレで観た木ノ下歌舞伎「娘道成寺」(三番叟との二本立て公演)だった。その時の印象はそれまで私が一般的なコンテンポラリーダンスについてどこか心の奥底で感じていた「何かいけ好かなくて嫌いなんだよね……ダンスって」というところが一切なく、人間のかわいさやあざとさ、ヘンテコさ、醜さが折り込まれていた。実際に会うのは恐らく3回目とかだったのだが、終演後は二人とも手を繋いでいた。不思議だ。それだけ私は感動し、勝手にきたまりを人間国宝に認定までしたのだった。
そこには、多分、表現者としてのどうしようもない実直さがあったからではないかと思う。きたまりは正直者でまっすぐなのだ。
ダンスってこうだから、とかいう論は置いておいて、真っ向勝負の表現者。
八百長は、ない。いや、八百長すらも「表現」なのだ。
だから、嫌なことはすぐに顔に出すし、すぐ怒る。怒ると豆タンクみたいに飛んで躊躇なく相手に一撃を食らわす。のわりに、人から突っ込まれる弱味をすぐに見せてしまう。強者は弱味も見せられる。そこが魅力。
毎回なんだかんだ切実なのだ。
それまでの私にとって、「幕内王道強者きたまり」だったのでこの弱味の出し方と「あざとすぎて逆にかわいくないかもしれないむき出しのぶりっ子」と「世の中に迎合しない姿勢」に最初はギャップがものすごく、好感度爆上がりだったのだ。
これまでの私のダンスとダンサーの見方がこの頃をきっかけに徐々に変わっていったので、未だにダンスをやめてないのはきたまりのおかげかもしれない。……それは言い過ぎかもしれないが、何かに迷ったりすると良くきたさんのダンスを思い出す。

そういえば、いつかのオファーは、「関東のダンスの友だちももちゃんしかいない。」と言ってきた。おい、うそだろ!と思ったが嘘でも嬉しかった。
もしかしたら、ダンスに対してまっすぐすぎた横綱は孤高の人なのかもしれない。土俵際すれすれを間違ってひょろひょろ綱渡りしている私に変なシンパシーを感じてるのかもしれないな、と勝手ににんまりした。二人ともユニゾンが不得意でケンカ腰だった。

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2014年 「腹は膝までたれさがる」のチラシ  宣伝美術:斉藤高志         演出:筒井潤  出演・振付: きたまり×白神ももこ

今回の寄稿文のことも、謎の控えめ口調のややぶっきらぼうな調子で「非常に!非常に言いにくいんですがね……」と切り出してきた。でも、しっかり電話で用件を言ってくるし、まっすぐで昔気質で今時希有な存在である。

て、ダンスとはあまり関係ないきたまりのエピソードばかりだが、全部ひっくるめて「きたまり」というダンスなんだと思う。
突然中国の山奥に修行に行ったりマーラーの交響曲をやり続けたりUrBANGUILDでのきたまりダンス食堂(名前のわりにゴリゴリの長時間即興)を開催したりして踊ること、生きることに非常にストイックに攻めてくるかと思いきや、こたつ人間としてぐうたらすごしてしまっていることも決して隠さない。
人間きたまり、おもしろすぎて目が離せませんよ。

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2020年11月「きたまり+倉田翠の伝蛇裸寿ラヂオ」ゲスト:白神ももこ 公開収録@UrBANGUILD photo:前谷開 

これからも、きっと適当なものづくりをしたりダンスを冒涜したら飛んで一撃を食らわせてくれる、表現者として一番信用できる存在であり続けると思う。
これから20年後もきっと変わらず、わが道をむき出しのがむしゃらに開拓していくのだろう。
ちなみに、いつかまたデュオをやろう、ときたまりが言ってくれた。酔っぱらってたから忘れてると思うけど。
「あたしが天狗で、ももちゃん河童ね。」
え、そんなデュオ公演、ある?光栄すぎるからそのときは受けて立つわ。

2020年8月



モモコンプロフィール


白神ももこ Momoko Shiraga
振付家/演出家/ダンサー/ダンス・パフォーマンス的グループ「モモンガ・コンプレックス」主宰
一見シンプルでくだらないとされてしまうことに物事の本質を見出し、馬鹿正直かつパンクに取り組む。
F/T14『春の祭典』総合演出・振付。大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2015招聘作品『つまりは、ダンスdeコマーシャル。』など。
(2014年にきたまり×白神ももこ×筒井潤『腹は膝までたれさがる』にて筒井潤演出のもときたまりとデュオを踊った。)
2017—2018年度セゾン文化財団ジュニアフェロー。
2019年度より埼玉県富士見市民文化会館キラリふじみ芸術監督。
https://momongacomplex.info/



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