
[きたまりインタビュー ] 『小町風伝』をめぐって
小町物から小町風伝へ
――この数年、きたさんは太田省吾戯曲のダンス上演に取り組んでいますが、第3弾として「小町風伝」が思い浮かんだのは、いつ頃なのでしょうか?
きたまり 太田さんの戯曲では、とにかく「老花夜想(ノクターン)」をやりたいというのがあって、その流れでもう一つ「棲家」をやりました。その後のことは考えてなかったけど、2022年の4月ころに、次は「小町風伝」と決めました。太田さんからの無言の圧力ですね(笑)。自分が次に進むためには、その圧力に応えないといけないなと。
――初めて「小町風伝」の戯曲を読んだのは、学生時代ですよね。
きたまり はい、でも学生のときは「小町風伝」はさらっと読めちゃう印象で、「老花夜想」の方が好きでした。でも「老花夜想」の上演を経て久しぶりに読み直したら捉え方が変わっていて。「小町風伝」の20文字には「老花夜想」の100文字くらいの意味があるなと。わたしの今の身体のあり方も、たくさん動いて見せるのではなく、一つの動きにどれくらいのものが詰まっているのかが大事だと思っているので、「小町風伝」の文体が今の自分に合ってきている気がします。
――今回は、戯曲を扱うクリエイションにとりかかる前に、小野小町の説話やそれにちなむ「小町物」の作品について、かなり長い時間をかけてリサーチしていますね。
きたまり そうですね、木ノ下歌舞伎で「娘道成寺」を踊った2017年ころから小町物のことは、調べようと思っていました。道成寺物、小町物、山姥物は、私がソロで踊りたい三部作という感覚があって、どんどん性別や人間であることの境界がなくなっていく振り付け、踊りは難しいけど、挑戦していきたいなと。今回のクリエイションに入る前に、小町ゆかりの史跡をたくさん巡りました。リサーチでは、小町踊り(風流踊り)や奪衣婆の像など、いろいろ面白かったんですけど、秋田県の横堀というところに晩年、小野小町が住んだとされている洞穴があるんです。町が見渡せる場所にあって、雨風だけがしのげるくらいの洞穴。そこに入ったとき、別の世界というか、鏡の間から橋掛かりに入るような感覚を受けたりしました。昔から人々がアイコンとして小町を使い、想像を膨らませてきたことに、とても興味があります。

能舞台という条件
――「小町風伝」の成り立ちには、謡曲の「卒都婆小町」なども関わっています。
きたまり これまでたくさんの人が、小町のことを考えてきたように、太田さんも小町からいろいろなインスピレーションを得て、謡曲「卒都婆小町」を戯曲の下地としている。そして、これから私がまた違う新しい小町像をつくることが面白いなと。年老いて、自分の記憶や経験がどのように身体に残るのかは、魅力的な主題ですよね。おばあちゃんの老いた身体を見ていると、いろいろ残っているようにも、何もないようにも見えてくる。本当は90歳の私がやりたいくらいなんですけど(笑)。でも40代の今だからこそ、「小町風伝」をやる意味というのがあるのかもしれない。
――能舞台を使うことは、早くから決めていましたか?
きたまり 劇団転形劇場の上演のことを知っていたし、「小町風伝」には橋掛かりが必要と感じていたので、最初から能舞台でやろうと。会場の大江能楽堂は、格式だけではなくて生活感や時代を感じる部分もあってすごく魅力的。人間は100年生きるといろんなところにガタがくるけど、建物も年月重ねると補修や隠しきれないものが表に出てくる、それが愛くるしいというか。
――能舞台を条件として創作する難しさはありましたか?
きたまり この何年か能ばかり観てきたんですが、たとえば音楽のことでいえば、あの空間に対して、能の囃子以上に正しい選択はない。だからこそ、安易に同じことをやってはいけないということが、まずあって。なので、自分がやるべきことを考えたうえで、おかしみとリスペクトをもって能の様式を反映させている部分はあります。
――結果として、能舞台に対してソロダンスとかなりユニークな編成の音楽で挑んでいますね。
きたまり 太田省吾シリーズは、生演奏でないと創る気がしないので、戯曲を読みながらどういう楽器や声の響きが良いのか考えました。まず浮かんだのは「老花夜想」でご一緒したやまみちやえさん(太棹三味線)の弾く音と、「棲家」でご一緒した嵯峨治彦さん(馬頭琴)の流れる音。それから笛の種類は迷ったのですが、音の相性、ミュージシャンどうしフィーリングが合いそうなのでヌマバラさん(尺八)さんにお願いしました。この三人で今年の5月に稽古用の音源を録音してみると楽器をもう一人、声をもう二人くらい必要と感じたので、田辺由貴さん(歌・三線)と木下出さん(声楽)にお声がけしました。
――さらに特別出演として嵯峨大念佛狂言保存会の方々が参加されています。
きたまり アイデアとしては録音の前からあったので、チラシをみなさんに渡すと「あっ、大江能楽堂だ。出たい!」と言ってもらって。そういうことができるのかぁ、と(笑)。フォークダンスのシーンをどうしようかと悩んでいたのですが、嵯峨大念佛狂言の「百萬」を観たときに、これはいけるかなと思ったこともありお願いしました。

沈黙劇を踊る
――「小町風伝」の戯曲は、転形劇場の初演の後に発表されていて、テクストには上演の要素が組み込まれています。そのあたりはどのように考えていますか?
きたまり 太田さんが「小町風伝」で楽曲を指定していることは、すごく意味があると思っています。三つ男女のラブシーンがあって、一つ目がエディット・ピアフの「バラ色の人生」、二つ目が八代亜紀の「花水仙」、三つ目がラヴェルの「ダフニスとクロエ」の〈夜明け〉。これらの楽曲をどう解釈するのか。一つ目は過去の記憶、二つ目は夢の中、三つめはさらに違う場所へと浮いて夢が覚めていくのかなと考えました。
――ちなみに転形劇場の舞台映像を観て、どう感じましたか?
きたまり 品川徹さんがかっこよかったです(笑)。映像なのに、立ち上がり方とかがこんなふうに見えるのはすごいなと。「隣家の父」の役が、私やミュージシャンではどうにもならなくて、今この作品を上演するときにも、品川さんの役を他の誰かがやることはありえないと思い、声の出演を依頼しました。
――沈黙劇を踊るというのは、どのような作業なのでしょうか?
きたまり 振り付けをつくる方法は、これまでとそれほど変わっていないですね。出発点として言葉や物語があって、それらで当て振りをして、踊っているだけ。根拠のない動きだけで創ることに、私は飽きてしまったんですよね、ずいぶん前に。私の創り方って言葉の当て振りが軸なんですがかなり抽象化はしている自覚はあります。そして「小町風伝」は老婆が喋っているような特殊なト書きがあるから、その扱い方は難しいですね。
――踊っている最中、戯曲の言葉を声に出さずに唱えていたり、あるいは身体のなかで吐き出されない言葉が渦巻いていたりするのでしょうか?
きたまり 振りそのものが言葉で創られているので、すでに動きのなかに自然と言葉が入っています。振り付けって、気持ちを入れなくても、この動きをすればその感情や感覚が沸き立つ、そういうものだと思うんですよね。これまで踊ってきた身体の蓄積に戯曲の言葉が加わって、さらに新しい言語を創っているという感じですかね。

死者の言葉
――作品発表に先立って、きたさんは「『小町風伝』に向けて」という文章を公開されています(https://note.com/ki6dance/n/na50447f7d0e4)。そこで「死」の問題について印象的な書きぶりで記していますね。
きたまり 言葉が残されるというのは強いことで、基本的にわたしたちは死者の言葉に囲まれている。私の今の年齢とも関係すると思うのですが、ついこの間まで生に向かっていたのに、今は死に向かって生きている、そんな感じがする。残された時間のなかで、もらった言葉を振り返り、その言葉に対する応答をしたいという気持ちが強くなっていると思います。
――最後に公演が近づいているなかで、日々感じていることを聞かせてください。
きたまり 忘れ物を回収する気持ちがあるんですよね、今回は。
一昨年から京都を離れて北海道に住んでいますが、京都に忘れてきたものを全て回収するというか……。個人的な興味関心で2018年ころから劇場文化のないところでリサーチやフィールドワークを重ねてきましたが、都市特有の劇場文化に対して疑問が湧いています。舞台芸術の創作のありかたをもう一度、問い直したい気がしていて、その意味では、今後、主催公演で劇場作品をつくることはなかなかないかもしれないので、今回は最後のつもりでやろうと思っています。
2024年10月
聞き手・構成:新里直之
2024年11月に大江能楽堂で上演した『小町風伝』が、EPAD事業(http://epad.jp/about/)の映像配信化サポートを受けてYoutubeにて、
2025年2月28日20時より全編無料公開!!