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「フェス問題」に対するひとつの処方箋

 デルタ株の侵入により新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで、茨城県ひたちなか市では茨城県医師会等の中止要請を受けて国内最大のロック・フェスティバルであるロッキン(ROCK IN JAPAN FES.)が中止となりました。その一方で新潟県湯沢町でのフジロックや愛知県常滑市でnamimonogatari(波物語)などがフェスを開催することで、フェスや音楽業界に対する不信感が醸し出され、自治体の監督が不十分であることや感染拡大による医療資源のひっ迫につながるおそれがあるなどの批判が起こりました。
 行政としても、主催者に約束を徹底させたうえで開催を認めるのか、それとも強く中止を求めるのかで関係者が悩んでいます。その原因は、国による基準が不明確であり、中止した場合の補償が不十分であることによりますが、国や関係団体のガイドラインには主催者は地域関係者と十分な連携をとりながら判断するようにとされており、その場合、地域関係者のトップは首長となります。
 いくつかの迷走したフェスがありましたが、長野県佐久市で首長の決断により解決を図った事例が出てきました。新型コロナウイルスがまん延する中でフェスを開催すべきかすべきではないか、まさにこれからの「フェス問題」に対する処方箋であるといえます。危機管理の一環でもあるので、ぜひ首長のみなさんは参考にしてみてください。

国等による感染拡大防止の方針

 国は新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、基本的対処方針を作成し、新型コロナウイルスの感染拡大防止に取り組んでいます。
 そのうち、イベントについては、「三 新型コロナウイルス感染症対策の実施に関する重要事項」の「(3)まん延防止」で「2)催物(イベント等)の開催制限」として次のように定めています。

 特定都道府県は、当該地域で開催される催物(イベント等)について、観客の広域的な移動や催物前後の活動などで生じる、催物に係る感染拡大リスクを抑制し、また、催物における感染防止対策等を徹底する観点などから、主催者等に対して、法第 24 条第9項に基づき、別途通知する目安を踏まえた規模要件等(人数上限 5,000 人かつ収容率 50%等)を設定し、その要件に沿った開催の要請を行うとともに、開催を 21 時までとするよう要請を行うものとする。併せて、開催に当たっては、業種別ガイドラインの遵守の徹底や催物前後の「三つの密」及び飲食を回避するための方策を徹底するよう、主催者等に求めるものとする。

 基本的対処方針の主旋律は「要請」です。要請すなわちお願いですが、「要件に沿った開催の要請」、「開催を21時までとするよう要請」、ガイドラインや三つの密及び飲食回避を「主催者等に求める」ということが、「特定都道府県」すなわち緊急事態措置区域に指定され、緊急事態措置がとられている都道府県においての対応となります。 
 この基本的対処方針を受けて、音楽業界においても業種別ガイドラインが策定されました。令和2年7月10日に一般社団法人コンサートプロモーターズ協会、一般社団法人日本音楽事業者協会、一般社団法人日本音楽制作者連盟の連名で定められた「音楽コンサートにおける新型コロナウイルス感染予防策ガイドライン」がそれです。
 そこでは、観客や公演関係者が共有するべき「基本行動ルール」と公演会場での「基本的対応」のふたつが必要であるとされ、《出演者を含む公演関係者は、「たった一つのイベントの失策が社会からの安心感・信頼感を損ない、その後のイベント開催やライブ・エンタテインメント産業、社会全般に芳しくない影響を及ぼす」ことを肝に銘じ、スタッフ一人一人が緊張感をもって業務に当たらなければなりません。》と自らの業界に対して厳しい指摘もしています。
 さらに、数多い感染防止対策について掲げた後、最終的には「8.公演可否判断のあり方」として、「公演地地域社会(自治体、保健医療当局、施設管理者等)と地域公演主催者との連携協力・協議体制が必要」であるとしています。すなわち、イベント開催の責任は主催者にありますが、地元自治体との意思疎通と連携が重要だということになります。

 それでは、実際に「フェス問題」が生じた場合にどのような対応が行われてきたのか、フェス問題の事例をいくつかみていきましょう。

ロッキンの場合

 ロッキンは、わが国最大のロック・フェスティバルであり、今年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021」は8月7、8、9、14、15日の5日間にわたり、茨城県ひたちなか市の国営ひたち海浜公園で開催されることとされていました。
 ひたちなか市でも、6月3日の市長定例記者会見で「2年ぶりの『ロック・イン・ジャパン・フェスティバル』は感染対策を徹底するため、会場レイアウト、収容人数、運営ルールを大きく変更して開催されます。フェスの詳細、出演アーティスト、チケット販売については、ロック・イン・ジャパン・フェスティバル事務局より近日中に公表予定」と資料提供されていました。

 茨城県は緊急事態措置区域でもまん延防止等重点措置区域でもなかったので、当然のように「特定都道府県」に当たりません。全国を見ても6月 21 日以降は、それまで緊急事態措置区域とされていた北海道、東京都、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県、福岡県をまん延防止等重点措置区域とし、埼玉県、千葉県、神奈川県とあわせて7月 11 日までをまん延防止等重点措置の期間としていました。ちょうど第4波が退いていたときであり、第5波の萌芽が見え始めていた、そんな少し落ち着いた時期でもありました。
 しかし、東京五輪に対する批判が高まるなか、7月2日に茨城県医師会および茨城県内の26医師会、大規模病院連絡協議会構成病院を代表して、茨城県医師会鈴木邦彦会長とひたちなか市医師会吉井慎一副会長がロッキン主催者である茨城放送を訪問して、開催の中止または延期の要請を行ったことから、7月7日正午には事務局が開催中止を発表するに至りました。

 Rockin’onフェスOFFICIALは、《ROCK IN JAPAN FES. 2021は誠に残念ながら、開催中止とさせていただきます。 開催を楽しみにしてくださっていた参加者の皆様には深くお詫び申し上げます。》とTweetしました。
 そして、ROCK IN JAPAN FESTIVAL総合プロデューサーの渋谷陽一も、次のように中止決断に至る苦衷を語りました。

 フェスにとって地元の協力と理解は何より大切なことです。まして、このコロナ禍にあって医療関係の方の協力と理解は絶対に必要なものです。それを得る為には私たちは努力しますが、これまで書いてきたように、医師会からの要請に十全に応えることは今の私たちにはできません。残念ですが中止以外の選択肢はありませんでした。
 フェス開催1か月前という、ほぼスキーム変更が困難なタイミングでの要請であった為に、私たちにできることはほとんどありませんでした。政府のガイドライン、茨城県やひたちなか市による協力要請を遵守し、会場や県、市の皆さんと密な協議を重ねて開催の承認をいただいてきたのですが、医師会の方の危機感はそれを超えて大きく重かったということで、しっかり受け止めさせていただくしかありません。要望書が提出された翌週の7月5日(月)、茨城県医師会のホームページに、提出時の写真と要望書の内容がアップされていました。何故か数時間で消えていましたが、多くの方が状況共有できるように再掲載いただけたらと思います。

 茨城県医師会等の要請は、①今後の感染拡大状況に応じて、開催の中止または延期を検討すること、②仮に開催する場合であっても、更なる入場制限措置等を講ずるとともに観客の会場外での行動を含む感染防止対策に万全を期すこと、の2点でした。しかし、要望をスポンサーである主催者に対して行われるとともに要望手交時の写真を公表されたので、要望事項の順守がデッドラインとなり実質的に交渉できない状況に追い込まれ、2つの条件をクリアするためには時間的に調整が困難であるとして、断念に追い込まれた悔しさを滲ませています。
 その報を聞いたサカナクションの山口一郎は、すぐに残念な心境をTweetしました。

 残念です。でも前を向いて進むしかない。茨城県医師会と渋谷さんが誌面かオンラインで対談しても良いと思いますけどね。コロナ禍の音楽的事象として。今は分断せず、正確に理解し合う事が大事じゃないかなと思う。大手メディアが詳しく伝えない部分を、音楽メディアがしっかりと取り上げて、情報を正確に伝えて欲しい。

 そして、翌8日1時36分にはロックバンド・RADWIMPSの野田洋次郎がTwitterで《数日前に中止の連絡をもらい、ここまで自分の中に溜まっていった個人的な気持ちです。》と心情を吐露して大きな共感を得ました。この文章は少しスキ♡なので、全文掲載します。

 今年こそはと1年以上の間、地元自治体などと協議し準備してきたことと思います。観客数を大幅に減らし、ステージを一つだけにし、感染対策を徹底した上での開催を目指していました。しかし7月2日に茨城県医師会および県下26の医師会による中止要請により、中止という苦渋の決断をしたそうです。僕ら出演者もこの夏こそはという思いで臨んでいた中、無念です。そして多くの観客の方々もこのフェスをこの夏のハイライトに据えていたことと思います。
 ここ連日五輪までのカウントダウンが報道され、海外からも選手団や関係者が訪れ、着々と準備が進められる中何とも言えない気持ちになります。有観客、無観客に関わら五輪開催による感染者数の増加はすでにたくさんの専門家の意見でも明らかな中、開催は既定路線として進みました。その裏でこういった国内の産業やイベントが犠牲を払う図式にやりきれない思いです。
 効果があったのか分からない3度目の緊急事態宣言の考察や成果や反省も見えません。明確な数値目標がない中ぬるっとスタートした宣言が、なぜかあの時期にぬるっと解除された印象です。
 “自粛につかれた若者たち”がどこか悪者になっている空気を最近感じます。ただ学生は成人式、文化祭、各競技大会、修学旅行など一生に一度のイベントの機会を奪われ、それでもここまでやってきました。大きな絶望を何度も味わいながら。そしてここにきて、こういった“大人の事情”でまた人生にとって大きなイベントを奪われ、それでもなお彼らは黙っていなければいけないのでしょうか。5万人以上といわれる外国人を受け入れる五輪開催は許され、感染対策など1年以上かけ準備してきた国内のイベントを中止させる決断を受け入れなければいけないのでしょうか。
 せめてフェス開催まであと1ヶ月あった中、五輪同様最後まで開催を前提にあらゆる準備をする機会を与えてほしかったです。五輪中、五輪後のイベント開催の中止を今要請するというのは、あまりに横暴に感じます。極めて個人的な想いとしては「ふざけんな」という気持ちです。
 僕は五輪に対して反対の立場ではありません。安全に無事開催されることを願っています。スポーツから得られる感動が幾度も背中を押してくれました。この困難を一年以上経験したこの国やこの世界を、きっと何度も勇気づけてくれると信じています。ただ同じく各所様々なところから中止、延期要請が出されている五輪は開催でき、その期間中、または直後のフェス、イベントが中止せざるを得ないのかの説明は誰からもありません。
 本日4度目の緊急事態宣言が発令される方針が決まったとのこと。その期間中に五輪は開催されます。しかしその期間中また多くの企業や店舗、イベントがまともな補償なしに自粛を余儀なくされます。ウィルスに殺されるか、経済的に殺されるかを選ばなければならない人たちが生まれます。
 ここまで明らかで大きな矛盾の上で、僕たちはどう生きたらいいのでしょうか。いい加減「違う」ことは「違う」と声をあげていい時だと思います。

 どうでしょうか。「ぬるっと」した「大人の事情」に「ふざけるな」と「違う」ことには「違う」と声をあげようということです。こういうロックな姿勢が今の世の中には極めて不足しているなと思います。
 少し脱線しましたが、こうして大人の事情に対する批判が集まり、2000件以上の抗議が殺到して大炎上した茨城県医師会では、会長が7月14日に感謝のコメントを発表せざるを得ないところに追い込まれました。

 この度、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021」の中止が発表されました。
 主催者の皆様におかれましては、県下の医師会一同が提出いたしました。
要請書の趣旨をお汲み取りいただき、ご英断いただきましたことを、深く感謝申し上げます。
 もとより、我々は、主催者をはじめ関係者の皆様のご尽力により、この催しが本県における夏の風物詩として定着し、地域経済や地域振興に大きく貢献されていることに、日頃より敬意を表しております。
 新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息し、来年度、この催しが安心安全な中で開催できますよう、医療従事者一丸となって、希望者全員に対するワクチン接種の早期完了に最善の努力を続けるとともに、引き続き、地域医療の充実・強化に取り組んでまいります。

フジロックの場合

 フジロックフェスティバルは毎年7月下旬から8月上旬に新潟県湯沢町の苗場スキー場で開催されている国内最大級のロック・フェスティバルです。今年は東京オリンピックの開催後、パラリンピックの開催前にということで、8月20日から22日の3日間の日程で開催されましたが、来場者数は約3万5千人で、例年の4分の1程度でした。
 去年は新型コロナウイルスの流行により中止されていますが、今年は新型コロナウイルスがまん延した状況での開催となりました。ただし、新潟県は緊急事態宣言の対象区域とされていませんので、「特定都道府県」にはあたりません。7月後半から8月にかけてはデルタ株の影響で新型コロナウイルスの感染者数が連日過去最高を記録し、フェスの開催には厳しい逆風が吹き始めていました。開催当日である8月20日の「音楽ナタリー記事」によれば、こうした状況を勘案して津田大介、小泉今日子、上田ケンジ、斎藤幸平、大友良英 GEKIBANが出演辞退を申し出、鎮座DOPENESS、カルメン・マキ&OZ、民謡クルセイダーズ、折坂悠太、indigo la EndがPCR検査で陽性が確認されて出演をキャンセルするとともに、O.N.O(THA BLUE HERB)が急病で出演を取りやめています。
 出演辞退の申し出に際しては、アーティストがTwitterで弁明をしています。 






津田大介
 フジロック出演を辞退しました。近隣の医療機関の状況や、新潟市内の音楽教室でマスクをしていた子供たちにクラスターが発生したこと、抗原検査がPCR検査で陽性となる患者の59%(米疾病対策センター)〜42%(NFL所属医師らの調査)を見落とすと発表していたことなどから、熟慮のすえ申し出ました。
 僕が辞退を決めた段階で、新潟県のコロナ病床の稼働率は106%でした。もともと、コロナ禍で興行や芸術業界が割を食ったことは確かですから、最大限尽力したいという気持ちがありました。ゲストをお呼びする以上、司会である自分が一抜けするのはいかがなものかとも悩みました。
 僕の盟友であるジャーナリストの竹田圭吾は、「メディアは世間の空気を調整する装置であるべき」が持論でした。参加者・出演者の一人ひとりが自分ごととして今回の事態を鑑み判断するきっかけを、自分の「進退」を通じて提供しなければ、ジャーナリスト/アクティビストとして欺瞞になると考えました。





小泉今日子と上田ケンジのユニット「黒猫同盟」
 黒猫同盟は8月21日に予定しておりましたFIJI ROCK FESTIVAL’21アトミックカフェでのトーク&ライブ出演を辞退させて頂くことになりました。新型コロネナウィルスの更なる蔓延の現状を鑑み、メンバー、スタッフ内で熟考した上で決断に至りましたことをここにご報告させて頂きます。出演を楽しみにして下さった皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、どうかご理解頂けますようお願い申し上げます。

  こうしたTweetを読んでいると、新型コロナウイルスの感染拡大を背景にした批判が高まっており、アーティストもそれぞれ判断に苦慮したことが滲んでいることを感じることができます。
 それでは、主催者側はどのような感染対策を施していたのでしょうか。
 スタッフ・出演者は事前にPCR検査を受け、開催期間中には抗原検査と検温を行うとともに、観客に対してはその数を例年の半分以下とし、当初は、マスク、手洗い、距離確保などの基本感染対策に加えて、過度の飲酒の自粛、モッシュやダイブ・接触行為の禁止、大声での歓声や会話の禁止などを呼び掛けていました。
 しかし、世間の批判が高まるにつれ、会場内での飲酒禁止や公式アプリからの問診票への回答、希望者には抗原検査キットを配布と購入済みチケットの払い戻し、チケットの販売停止と矢継ぎ早に対策が追加されていきました。さらには、当日の会場では、酒類持ち込み防止のための荷物検査や検温クリアのリストバンド装着、スタッフによる会場見回り、足元のディスタンスマーク設置など、感染防止対策を徹底していました。
 また、行政側として、湯沢町は主催者と地元警察や消防、商工会などとの協議の場を設けるとともに、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室や新潟県防災局危機対策課などと事前相談を行って対策を講じていました。そして、湯沢町はフジロックをまちづくり施策の一環として捉えており、フジロック会場に「移住相談ブース」も出展していました。

            (☝湯沢町HPより)
 こうしてフジロックは、可能な限り万全の対策を取りながら実施されましたが、それでも批判は残ります。地元湯沢町では、住民に対して感染対策を徹底していることを回覧板で伝えましたが、緊急事態宣言発令地域からの来訪客に反発して「開催は決して地元民の総意ではない」とする住民もいて、必ずしもすべてのコミュニケーションの確立に成功したというわけではありません。
 ネット上でも「フジロック行く人みんな地獄に落ちてほしい」とか「YouTubeで観たフジロックの会場の様子、密だしマスク外してる奴居るしこりゃダメだな」などの批判が「#フジロックの開催中止を求めます」のハッシュタグとともに数多く投稿されました。これらは、長期間自粛で我慢を強いられたフラストレーションの反発でもあるでしょう。また、事前に抗原検査キットが届かなかったと指摘する観客もいましたが、感染状況の速い推移に追い付くべく次々と新たな対策を講じたために準備が回りきらなくなり不具合が生じたということでしょう。
 フジロックから得られる教訓は、感染症まん延下においては、感染防止対策を徹底したうえでフェスを開催しても、住民感情に反発や分断などそれなりのデメリットやリスクを被るということです。
 なお、8月27日に朝日新聞が、経済産業省がフジロックに最大1億5000万円の補助金支出を予定していることについて報じると、その日午前の記者会見で梶山弘志経済産業大臣は「飽くまでもその定員を守った上で、県の了解があったという大前提でこういったものの対応をしてまいりたい」と答えました。

namimonogatari(波物語)の場合

 8月29日に愛知県常滑市で開催された音楽イベント「namimonogatari(波物語)」は、5000人の定員に8000人を入れるという過密状態でスタートし、酒が提供され、ノーマスクも許容されるどころか大声での歓声を観客に煽り立て、会場でのゴミも散乱、さらにはアフターパーティーを翌朝5時まで続けるというコロナ対策をほぼ施さない状態で実施されました。
 これに対して、地元の伊藤辰也市長が激おこで、強い憤りと悪質なイベントへの遺憾の意を表明し、二度とりんくうビーチを使わせないと抗議文を送りました。もう、地元自治体と意思疎通が断絶しているという段階でフジロックとはまるで状況が違うのですが、伊藤市長はフェス開催翌30日の10時42分のTweetで、「昨日開催されたnamimonogatariについて、本日から始まりました市議会定例会の冒頭のあいさつで述べさせていただきました。本日付で主催者に対して抗議文を送付いたします。」とその怒りを表明しました。






常滑市議会9月定例会冒頭市長あいさつ(抜粋)
 最後に、昨日アイチ・スカイ・エキスポで開催された「namimonogatari2021(波物語)ですが、このイベントは2016年から2019年まで、りんくうビーチで開催されていました。その際にもトラブルの絶えないイベントでしたので、今回の開催も大変危惧しておりました。そこで先週26日、イベント会場管理者を通じて主催者に国・県のガイドラインを遵守すること、市民病院はひっ迫しており、ケガや熱中症等の救急搬送に対応が取れない可能性があること、市民との接触を避けるため、終了後は速やかに帰宅して頂くことなどを勧告しました。
 しかしながら、開催されたイベントは、上限人数の5,000人をはるかに超え密集しており、酒類の提供も行われ、多くの人がマスクをつけない状態で行われていました。私たちの勧告もむなしく、国や県の要請、ガイドラインも全く守られていない、極めて悪質なイベントでありました。
 コロナの感染状況が広がっている本旨において、緊急事態措置のもと、文化会館などの公共施設を閉鎖して、感染拡大防止の取組を進めるなど、市民の皆様には多くの我慢をして頂いている中で、このようなイベントが開催されたことに、強い憤りを覚えます。
 主催者には今日付で、市民の努力を愚弄する悪質なイベントを開催したことへの遺憾の意と、今後二度と本市の施設であるりんくうビーチを使用させない旨を記した抗議文を送付いたします。

 実は、伊藤市長はフェスが開催される以前の27日にも以下のようなTweetをして警戒感を高めていました。

 大規模イベント等における感染拡大防止について、管理者から主催者に対して、ガイドラインの遵守、イベント終了後の速やかな帰宅の呼びかけなどをお客さんに働きかけて欲しい旨。またこの地域の医療が逼迫しており通常の対応が困難である事を伝えました。

 そして、フェス当日である29日の午後にもTweetを連投し、ツイ民から続々と届けられるnamimonogatari(波物語)会場での傍若無人ぶりな状況に対して打つ手のないことに腹を立てていました。

①市は主催者でも会場管理者でもないので開催の可否について口は出せません。また国・県の様に緊急事態宣言下でイベントを行うルールを決める権限もありません。ただ、市長として最大限、市民の安全守る必要がある事から、会場管理者を通じて主催者にルールを守ってくれと伝えました。
②また市民病院での限られた医療は、市民や近隣の皆さんの為に使いたいので、イベントでの救急には対応できない可能性がある。そして市民の人と接触して欲しくないので、終わったらすぐ帰ってくれとも伝えました。皆さんの言う「ルールが守られていないのが事実なら」、私も腹立たしい。

 なぜ、伊藤市長が激おこなのかというと、namimonogatari(波物語)の会場が常滑市内とはいえ市街地沖合の人工島に整備された愛知県国際展示場であることで、この施設は愛知県が所有し、愛知国際会議展示場株式会社が運営していたからです。常滑市としては中止要請についての権限がなかったにもかかわらず、この後、常滑市役所はこのことで大量の批判の電話とメールに見舞われます。
 それでは、会場所有者の愛知県はどうだったかというと、大村秀章愛知県知事のTwitterは29日まで猫の写真を含め、このフェスに対する危機感はみられませんでした。そして、伊藤市長が市議会冒頭あいさつを添付した激おこTweetをした8時間後の30日18時22分に至り、ようやくnamimonogatari(波物語)に関するTweetがアップされました。

 Aichi Sky Expoで昨日開催された音楽フェスNAMIMONOGATARI2021の実行委員会に対し、本日、抗議文を発出しました。県との事前協議内容や遵守すべき感染防止対策等を蔑ろにしたことは極めて遺憾であり、厳重に抗議します。実行委員会には、早急に事実確認を行い、報告・公表することを求めます。

 主催者側はその晩のうちに「お詫びと経緯のご説明」と題して、「過度な飲酒でなければお酒の提供も可能という状態で愛知県から話」をいただいたり、「愛知県担当者に報告」をしたという内容の文章を配信しましたが、大村知事は31日14時過ぎにTwitterで「自分達に都合の良いように事実と異なる記述がなされていますので、ここに指摘をさせて頂きます」、「このような対応は、事実を捻じ曲げるものであり、到底看過することはできません」と改めて厳重に抗議をしています。
 さらに、これに先立つ31日午前の記者会見で梶山弘志経済産業大臣も補助金取り消しに言及しました。

 愛知県で開催されました、「NAMIMONOGATARI2021」において、一部の観客が密集したり、マスクを着用せずに大声を出すなど、感染防止対策が徹底されていなかったのではないかとの報道がされていることは承知をしております。
 御指摘のとおり、このイベントに対してはJ-LODlive補助金による交付決定を行っていますけれども、その審査に当たっては、イベント主催者から国の基本的対処方針や地方自治体の方針などの感染防止対策に関する重要事項に反する事業を行わない旨の誓約書を出していただいております。
 マスクの常時着用、大声を出さないことの徹底、身体的距離の確保などを誓約をいただいている。このほかにですね、自治体の誓約を守る、制限を守るということもこれは含まれているわけであります。
 そういった中で、経産省としては昨日の報道を受けて、早速事実関係の究明に乗り出したところでありまして、誓約書への違反が認められた場合には交付決定の取消しも含めて厳正に対処をしてまいりたいと思っております。
 先般質問があって、定員の2分の1以下であるということ、そして自治体の了解が得られていることという中で、しっかりとした感染対策が行われており、問題がないような形であればいいということを申し上げました。
 前のFUJI ROCKはそういった形で行われていたものと承知をしております。今回はその自治体もこういったものが守られていないということを声明を出しておられるということでありますから、そういったことをしっかりと調整した上で、これらにつきましては場合によっては取消しという処分になるかと思います。

 愛知県については、8月8日にまん延防止等重点措置区域に、27日以降は9月12日まで緊急事態措置区域とされていました。すなわち、namimonogatari(波物語)は緊急事態措置が実施されているなかで、新型コロナウイルス感染症対策を行わずに強行されたイベントだったのです。
 結果として、経済産業省からの補助金打ち切りの可能性や業界関係者からの批判が大きくなり抗しきれないと観念したのか、主催者は自分たちの判断で酒類を持ち込んだとお詫び文を訂正しました。この間、愛知県にも事前のチェックが甘かったのではないかなどの抗議が殺到しています。
 namimonogatari(波物語)については、地元自治体である常滑市との意思疎通がまったくできていなかったことと、施設の所有者である愛知県の指導に服していないという点で、感染症まん延下における悪しきフェス開催の事例となりました。また、常滑市と愛知県の足並みが揃っていなかったという点も指摘ができるでしょう。

ナガノアニエラフェスタの場合

 そして、このnoteのメインテーマとなる「ナガノアニエラフェスタ」について取り上げます。このフェスは2017年から始まった長野県最大のアニソン野外フェスで、毎年多くの声優やアーティストが参加します。昨年は延期となりましたが、今年は『ナガノアニエラフェスタ 2020 to 2021』が9月18日、19日の2日間での開催が決定していました。会場は佐久市駒場公園で、市の施設ですが一般社団法人佐久市振興公社が指定管理者となり、管理運営をしています。

 フェスタの主催者である実行委員会のHPには、今年6月23日にナガノアニエラフェスタ実行委員長コバヤシリョウ名で『アニエラフェスタ、やります』の1行が載りました。
 フェスタ関係者はこれまで開催に向けて検討を重ね、「安心・安全に楽しんでいただく事を最優先に、収容人数を会場キャパシティーの半数以下にし、初の2日間開催で人を分散させ、万全の感染症対策を取って、開催する」と決心しました。また、「たくさんのルールと制限の中で、例年以上にスタッフの仕事は多いです。ソーシャルディスタンスが守られているか、マスクを外している人がいないか、食べ歩きしている人がいないか、そうした参加者の全ての行動を監視する事の大変さは想像に難くないと思います。」と予想されるスタッフの努力を伝え、「1人がルールを破れば、アニエラフェスタだけでなく、今後開催される全てのイベントへの悪影響に繋がります。誰も幸せにならない事です。」と観客に協力を求めました。
 しかし、9月3日、「開催中止に関するお知らせ」が公式HPに掲載されました。

 実行委員会と致しましては、感染症対策を従来のガイドラインよりも強化し安全なイベントを目指すべく、昨年より今日にいたるぎりぎりまで準備を進めて参りましたが、昨今の状況を総合的に判断し開催中止を決定いたしました。

 まさに、行間から悔しさが滲み出るような中止のお知らせとなっています。いったいこの間に何が起きていたのでしょうか。それを、佐久市の柳田清二市長がTwitterで説明してくれました。9月5日16時26分からの連投となります。

【NAGANO ANIERA 中止の経過説明】
 ① 医療関係者からこのイベント開催への疑問が最初でした。 市としては、会場での対応や集客数、集客エリア等を主催者さんから説明を頂きました。 その結果、感染対策は県のガイドラインに沿って、指導も受け出来ることは全て真摯に行なっていることを確認しました。
② 長野県は緊急事態にもまん延防止等重点措置にもなっていませんので法的措置はありません。 緊急事態宣言下とまん延防止等重点措置での中止は、国からの財政支援がありますが、今の長野県で開催中止にしても国からの財政支援はなく、私たちの開催見合わせのお願いに困惑していたのではないでしょうか
③私たちも何か手立てがないかを考えた結果。県と市で協調補助として財政支援を行えないかを考えました。現場の職員は、県との調整と主催者の考え方を整理してくれていました。最終的に私は知事と電話で会談し最終的に方向をさだめました。 私たち行政サイドだけで決定できるものではありませんので…
④ 佐久市議会正副議長、各派代表者にお集まりを頂き、市の中止を求めていこうとする考え方と財政支援を行う考え方を伝え異論がありませんでしたので、具体的交渉を進めました。担当部長が松本で面会。 お相手の本当に真面目な対応をされていること、困っている様子が報告されました。
⑤ スポンサーさんや関係者と協議することとなりました。 一日が経過し中止することが決定しました。 その後、代表者である小林さんと電話で話をして事情を改めてお聞きしました。 愛知県で開催されたイベントはガイドラインや約束していたことが履行されなかったと報道されています。
⑥ 話し合いを重ねる中でアニエラで約束が履行されないことはないと感じていました。 しかし、人の移動は、感染のリスクを高めることは確実です。人の往来を制限するお願いしている中で看過することは出来ないと考えました。 万一感染があった場合は、医療(救急や保健所も含め)への負担増となります
⑦ 一貫して私たちは、アニエラ関係の皆さんがイベント実施に至ってガイドラインを遵守してもらえるものと考えていましたが、移動、宿泊、食事などリスクは高まり医療負担の可能性もあることなどから市民理解を得ることは出来ないと考えていました。 これは主催者にも伝わっています。
⑧ コロナ収束の際に佐久市や佐久市文化事業団等と連携し工夫を凝らした共催事業を行うことも検討できるのではないかと私から提案をし、認識の一致を見ています。 ファンの皆様には本当に楽しみにしていたアニエラフェスだったと思います。年々、ファンも拡大してきたことは集客力に比例していました。
⑨ 豪華出演者によるイベントが佐久で開催されることは、私たちにとっても歓迎していました。 今回の中止を中止に終わらせずに次なる企画に佐久市も協力させて頂きますので、どうか暫くお待ち下さい。 ご理解の程、宜しくお願いし申し上げます。
    佐久市長 柳田清二

 緊急事態措置区域でもなければ、まん延防止等重点措置区域ですらない長野県で開かれるフェスタに対して、地元からの中止要請に応じた場合に国からの財政支援はありません。もし要請をしても主催者が中止を躊躇する可能性がありました。しかし、その一方で、長野県における医療はまだひっ迫していないとはいえ、人の流れをつくれば感染が拡大することにつながりますし、医療は新型コロナウイルス対策のためだけではなく、日常医療としても維持していく必要があります。
 この場合の危機管理の難しさは、あくまでも可能性でしかないものをどこまで見積もって具体的な施策として展開するかということです。例えば台風の予想進路に当たるため最大限の警戒措置をしていたとしてもルートが逸れることもあるのです。柳田市長はフェスの開催で起きる人流がフェス単体に止まらず、市民に対する誤ったメッセージとして伝わることにより、不測の感染拡大につながることを警戒したのであろうと思われます。
 そこで、まず柳田市長は、フェスタの主催者が安心して中止要請に応じてもらえる環境づくりから着手します。具体的には財政支援ということになります。国からの財政支援が見込まれない以上、地元自治体がそれを負担する覚悟を決めるかどうかが鍵となってきます。
 市役所職員が県との調整を進めていましたので、柳田市長は阿部守一長野県知事との電話会談で中止要請と財政支援の方向性を定めました。市長は「私たち行政サイドだけで決定できるものではありません」と謙遜していますが、自治体間外交により財源確保をしており、これは立派な「政治」対応でもあります。
 次に、市議会正副議長や各会派代表者と協議をして、市としても財政措置を行うことを決めています。最悪の場合には市長の専決処分で決定することもできますが、基本的には予算を決めるのは市議会の権限ですので、ここでは市議会に対する調整を図り、その了承を得て取り組みを進めていきます。具体的には、フェスの中止を求めることと財政支援を行うことについて、理解を得たということです。
 さらには、担当部長を松本市に派遣して、主催者の状況を聴取するとともに市の意向を伝え、一日経って関係者との協議の結果中止が決定したものです。中止が決まった際には、柳田市長本人が実行委員会委員長と電話で会談を行い、波物語のようなひどいフェスにはしないという感触を得たものの、関係者やファンの移動による感染拡大の恐れ、病床ひっ迫度、市民理解などへの配慮が必要なことなどを伝えるとともに、コロナ終息後には市や指定管理者である佐久市文化事業団等と連携した共催事業の検討を提案するなかで、納得を得て中止としています。この「次」を見せること、この先の光を感じさせること、これができるかできないかで、政治家か政治屋かが別れるところでしょう。政治家はたとえリスクを負ったとしても希望を語らなければなりません。語ることでリスクを最小限にするために全力を傾けるのです。
 危機管理の要諦は、あらゆる可能性を机の上に並べ、その問題点をひとつずつつぶしていくことですが、実行委員会に説明した内容はまさにその可能性を最大限見積もったものでした。そのための対策として、財政措置や市議会の理解を得て、市民の安心を醸成することにつなげています。さらには、ファンに対する心遣いも忘れていませんでした。柳田市長は、ここに書かれていないところでも大勢の人の助けがあったと私に明かしてくれました。

佐久市の事例が処方箋となる

 ひたちなか市の事例では、特定都道府県に当たらない茨城県におけるものですが、行政に関係なく、医師会の要請を受けて主催者が自主的に中止を決定しました。
 湯沢町の事例では、特定都道府県に当たらない新潟県において、湯沢町の振興のために湯沢町も全面協力しながら、国や新潟県と連携して、新型コロナウイルス感染症対策を施しての開催でしたが、フラストレーションを背景にした世論からの批判は防ぐことができませんでした。
 常滑市の事例では、特定都道府県である愛知県が会場を所有していましたが、主催者は愛知県に虚偽の報告をしながら感染対策を施さず、さらには国の補助金まで受け取ろうとしていました。常滑市長をはじめ会場所在の常滑市は事前に法に基づかない要請を行うなど敏感に反応しますが、愛知県の反応は鈍く、県と市が十分に連携がとれていたとは言えません。主として要請ベースで運用される緊急事態措置で悪意(故意)ある事業者に対応するためには、国、県、市の連携が重要であることが示されました。また、フラストレーションを背景にした世論からの批判からは、県、市ともに大きなダメージを受けました。
 佐久市の事例では、特定都道府県に当たらない長野県において、予防的措置として行政から中止を要請したものです。ここで大きな決断としては、独自の財政支援を行うという点でした。佐久市長としては、協調支援を行う長野県知事と、予算議決権を持つ佐久市議会の双方の理解を取り付けなければ実現できないことでしたが、実はこのふたつは「政治」に他なりませんでした。危機管理は予測不能な状況において、ギリギリのところで選択肢を検討し、どこかの時点で選択を決断し、その実施により被害を最小限に抑えるというものですから、過去からの延長線上で規則との整合性を図りながら執行される「事務」的に行うわけには行かないということです。また、中止を要請し、財政支援を行うという大きな方向性が決まれば、主催者との協議はある程度スムーズに進んでいます。会場は市の所有ですし、次年度以降の事業協力の姿勢も示し、誠意ある交渉が行われたこともあるでしょう。イベントの中止という「安全」確保策により、新型コロナウイルスの感染拡大を心配する医療関係者や市民の「安心」感を確保するだけでなく、次年度以降の協力姿勢により事業者やファンの不安にも応じ、全方位に気を配っています。


 新型コロナウイルス感染症対策は、医療体制の確保やワクチン接種ばかりではありません。生活や教育や文化や経済など身近な行政においても、ことあるごとに細やかに「危機管理」を求められるということです。そして、危機管理には事務的な対応はご法度であり、十分な情報収集と関係者への理解を求めたうえで、政治的決断を果敢におこなうということが必要であるということが、今後の「フェス問題」において、今回の佐久市の事例が処方箋となるゆえんなのです。

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