『韓国ノワールを推すライター 約束は海を超えて』
つい先日、友人が米国に引っ越してしまった。彼女とは仕事をきっかけに知り合い、同窓であることや家が近いことで意気投合した。さらに子の中学受験の先輩としても大変お世話になっているが、何より私たちを結び付かせているのは果てしなき韓国エンタメという沼である。
不時着にときめき、梨泰院で語らい、お互いの推しを押し付け合う(一回も引き取ってもらったことはないけれど)という交流の中で、ふと「向こうでの生活が落ち着いたら韓国ノワールに挑戦したい」と漏らしてたのを思い出した。何を隠そう、私は妙齢のヨジャとナムジャがキュンするハングクトゥラマより、アジョシが牛刀を振りかざす「恨(ハン)」な人間トゥラマが好きなのだ。ということでひとつ、私信をかねてオススメの恨トゥラ(映画)をここにしたためたい。
『哀しき獣』(2010)
韓国ノワールの代表的監督とも言える、ナ・ホンジンの2作目。主人公は延辺朝鮮族自治州に住むハ・ジョンウ。妻は韓国に出稼ぎに行ったまま音沙汰もないし、借金もふくらむばかりで詰みまくった結果、地元の裏社会のボスであるキム・ユンソクから殺人を請け負って韓国に向かう、というところからスタートする。
中の人はあの体型を維持しているハ・ジョンウなので、お、仕事できるのかな?と3秒くらい思わせるものの、設定では賭け麻雀しかしないグダグダした奴なので、速攻で失敗する。しくじってはいるものの人は死んでいるので、警察と裏社会の両面から追われるハメに。もし本当に賭け麻雀しかしないグダグダした奴なら30分で捕まるところ、日頃から鍛えているハ・ジョンウなのでカーチェイスなどを繰り広げながら見事に逃げ切る。
中高時代に読み耽っていた松本清張ものには、「誰が見ても嫌な方向にしか展開しないであろう行動をする男」がよく出てきた。松本清張には全くアクションは出てこないけれど、転落ぶりはこれに近い。
ちなみに出てきて数分で殺される男役はクァク・ドウォンで、彼はナ・ホンジンの3作目『哭声』の主演。哭声で共演をきっかけに、不時着の耳野郎の妻でおなじみのチャン・ソヨンと付き合っていたという、どうでもいい情報もぶっ込んでおく(詳細はWoW!Koreaで)
この後、韓国ノワール名物の牛刀ならぬ牛骨をぶん回してめった打ちにして行くという伝説のシーンも。でも、一番好きなのは「この事件を仕組んだのは誰か」という真実にハ・ジョンウが辿り着くところ。誰もが「はぁぁぁい!?」となること間違いなしだけれど、その拍子抜けするような真実が妙に人間味があって、オチまで分かっていて私はこの映画を通算5回は観た。
それにしても朝鮮族と犯罪というモチーフは韓国ノワールとは切っても切れないようで、私が大好きな『アシュラ』にもゴリゴリ出てくる。『ミッドナイト・ランナー』は裁判沙汰にもなっていたけれど、揉める揉めないの差は製作側のリスペクトの有無なのか。ナ・ホンジンは「大人たちは金儲けのために皆韓国に行き、残っているのは老人と子供ばかり。家族や社会が破綻した光景に胸が痛くなり、ぜひこれを描こうと考えました」と語っていて、映画からはその気持ちはよく伝わるという感じ。何度も観てしまう理由はここにもあるのかも。朝鮮族については最相葉月も書いているので、そのうち読んでみたい。
『The Witch 魔女』(2018)
キム・ダミの実質的なデビュー作にして観客動員数300万人の大ヒット、という謳い文句だけを聞いて「ふーん」と思っていたものの、実際に観ると度肝の抜かれる作品。
超能力を持つ子どもを集めた施設を飛び出した8歳の少女。農場に逃げ込み、優しい養父母に育てられて立派なキム・ダミに成長するも、頻繁に起こる頭痛や義母の認知症、義父の生活の困窮などに悩まされ、治療費や生活費などの賞金目当てでオーディション番組に出演。そこでうっかり超能力を披露した結果、彼女をずっと探していた昔の仲間に見つかり……というあらすじ。
特殊な施設を抜け出した少女と優しい養父母という展開は、昔『なかよし』で読んだ松本洋子の黒魔術モノの漫画みたいで懐かしい気持ち。優しい養父母が自分のせいで危険にさらされる、やめてーー!な展開も含めて、あるあるでハラハラする。農場で血祭り感もスティーブン・キングみたいでドキドキ。このあたり、ただただバイオレンスで男臭い『哀しき獣』より女子ウケがいいかも。
この映画を当初スルーしていた理由のひとつが「最強アサシン少女」というキャッチフレーズ。これから連想するのは「ニキータ」「レオン」のように、おパリなおじさんが少女に寄せるドリーム。ということで「本当はこんなことしたくないのに」と泣きながら暗殺の命をこなして自分の運命を呪うキム・ダミを想像していたら、それは大間違いだった!スイッチが入った瞬間、ゴーゴー夕張のごとく、いやその3倍くらいキレッキレの超人スキルで一気に敵をぶちのめしていくダミ様が爽快(今見返してみたら、ゴーゴー夕張はそんなにキレキレではなかった。かわいいけれど)。
敵の陣地に連れ去れられるダミ様。アクション映画のピンチでおなじみの「謎い液体を注射される」など、押し寄せるピンチ。「さて、どうなる?」からの、「カメラを止めるな!」な展開にびっくりして再生停止。これまでのあの行動にはそんな狙いが?このあたりで、ダミ様と梨泰院のイソが重なってくる。なるほど、アンタは本物の魔女だよ…と膝をうち、そのままバトルシーンになだれ込む。運命に翻弄されて「恨」を背負っているものの、ダミ様は自分を弄んだ人々よりも何枚も上手だ。
で、この映画で面白いのがダミ様を窮地に陥れる、謎の青年チェ・ウシク。クレジットがそのまんま「英語を話す怪人」で突然現れて謎の英語を繰り出し、怪しい存在でしかない。予告編を見るだけでも「ダミ様に恨みがあるサイキックなアサシンなんだろうな」ということが透けて見える怪しい男。これが徹頭徹尾、なんだか間抜けなところも見所なのである。いや、チェ・ウシクご本人はステキなのよ? でも、この怪人がとにかくダミ様の魔女ぶりを前にして本領を発揮できない感じ。アクションシーンでも「ああ、負けそう」という雰囲気が初手からぷんぷんする。あえてなのか? 強いていえば、怪人が引き連れている謎の暗殺集団の一員女子のほうが、ゴーゴー夕張みがあって(しつこいけど)ゾクゾクした。この映画の監督は、私が最も好きな韓国ノワール『新しき世界』のパク・フンジョン。内容で食わず嫌いせず、この監督の作品は必見と心にメモった。
テンポもよく「もう終わってしまうのか……!?」と思ったところでエンディングでバーンと明かされる続編のお知らせ。もう私はこれからもキム・ダミについていくと思う。
『藁にもすがる獣たち』(2021)
かつてはキラキラのイケナムジャ、しかし今はギラギラのなんでもアリナムジャといえば、私が勝手に「韓国の吉田栄作」と呼ぶチョン・ウソンさん。『アシュラ』でも生活苦からまれに見る不幸に陥っていく主人公を見事に演じていた彼が、今回も序盤から嫌な目にしか遭わない。
恋人が残した借金の返済に追われ、牛刀ならぬ出刃包丁で追い詰められるウソンさん。時を同じくして、DV夫に苦しめられるホステスで、私が勝手に「韓国の倉科カナ」と呼んでいるシン・ヒョンビン(a.k.a『賢い医師生活』のキョウル先生)は客としてやってきた朝鮮族(ここでもまた……)と夫殺害を企てる。そこに、事業に失敗してサウナでバイトする、私が(以下略)「韓国のピエール瀧」ペ・ソンウ、さらに大金が絡んできて、タイトル通りみんながみんな強欲に藁にもすがっていくという話。
余談だけれどペ・ソンウは半年くらい前に飲酒運転でドラマを降板して、代役をウソンさんがやったようで「顔とスタイル違いすぎだろ……?」と思ったりなど(同じ事務所で、さらにウソンさんは取締役でもあるので責任をとってのことらしい)。
点と点で描かれていた「嫌な感じ」が、クラブの女社長チョン・ドヨンの登場で一気につながって終盤になだれ込む感じが最高。ドヨンオンニは色気と度胸のある役を演じさせたら右に出るものはいない。登場の瞬間に敗北です。オンニが比較的普通の女性を演じた『男と女』も良かった(コンユssiと異国で出会って即恋に落ちる展開って、トッケビ以上にファンタジーだけど……絶対ないけど……)。
ラスト、なんだかんだあって全員不幸になって、最も「恨」を抱えていたであろう意外な人物がただ一人だけ報われる。このあたりのカタルシスがなんとも。これまた余談だけれど、韓国ノワールを見まくっているとこっちで殺されていた人がこっちでは悪役になって、ということが頻繁に起こる。キャストがぐるぐるしている感じ。それこそピエール瀧が一時期日本のノワールに出まくっていたような感じかな。
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最後に私信として、Amazon primeに配信がないものも多くて申し訳ない…でも語れる3本に絞ったらこんな感じになっちゃった。タイトルだけならいくらでもおすすめできるよ(言い訳)。
そして、ここまで名指しで「大好き」と語っておきながら『アシュラ』『新しき世界』について言及していないのは、そう、近々ファンジョンミンについても語りたいから…!次回、『良いジョンミンは悪いジョンミン』、お楽しみに!!
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