【カニ記】迷子と交番の思い出
よく迷子になる子供だった。
家族と買い物に出ても、面白そうなものを見つけると一人で走って行ってしまう。
母と祖母は出かけるたびに迷子になる私に困っていたらしい。
一度、私が迷子になった時、はぐれた私に気づいたものの、私自身がどのくらいでその事実に気づくか、試したらしい。
母と祖母が物陰からひとりでウロウロ歩く私を見守っていたが、結局私は困りもせず泣きもせず嬉々としてひとり歩きをしていたそうだ。
当時よく、周りの人に迷子かどうか声をかけられていたのを覚えている。私からしてみたら、迷子になったのは母や祖母の方ではあったが、一人では家に帰れない状況によくおちいっていた。
そんな時は、近くの交番に連れていってもらっていた。買い物に行っていた繁華街には駅の近くに交番があり、迷子としてそこに届けられたのは一度や二度ではない。
自分や親の名前をきかれて、自分の名前は答えられても、親を「パパ、ママ」としか認識していなかったので、親の名前は答えられなかったりもした。
母親を待っている間にどうしてもトイレに行きたくなって、でもお巡りさん達に言い出せなくてもらしたりもした。
不思議なことに、母親が迎えに来た時のことはあまり覚えていない。普通、迷子になって心細い子どもだったら、母親の顔を見て安堵するだろう。
けれども、そんな感動の再会はひとつも記憶に刻まれていない。覚えているのはお巡りさんとの会話だけ。
お巡りさん達はみんな優しく、悲しくなったことはなかった。(せめて寂しくなっていたら迷子グセも抜けていたかもしれない…。)そして、お巡りさんと話した内容で今でも覚えているのがひとつある。
交番の椅子に座って、母の迎えを待っていた私に対してお巡りさんが、
「あそこに座ってるおっちゃんは、悪いおっちゃんやから近づいたらアカンで」
と言って、少し離れたところに座っていたおじさんを指さした。おじさんは一人でポツンと固そうな椅子に浅く腰掛けて、両手を膝の間に垂らして後ろにだらりともたれかかっていた。
今考えると、未就学児にそんなこと言うのが信じられない。たぶんお巡りさんは善意だったんだろう。冗談めかして言ったのかもしれない。私の記憶では、お巡りさんも「悪いおっちゃん」も微笑んでいた。
なんとなく、酔っぱらいのおっちゃんだったのかな、と思っているが、もっとたちの悪い犯罪者だった可能性もある。おじさんが膝の間でぶらぶらさせていた手には手錠がかかっていたような、いなかったような…。
そんな体験もしながら、私の迷子グセは治らなかった。相変わらず迷子になっては、船を模したようなかわいいデザインの交番に連れて行かれていた。
その交番も去年取り壊された。
なんとなく楽しげだった迷子時の記憶は確かだったのか確かめるすべもなく。
お巡りさん、相変わらず私は迷子になりがちですよ。出会った迷子には、お巡りさんがしてくれたように優しく接するように心がけています。安心してください。