英語と日本語の文を研究対象に「言語共通のルール」に迫る
2024年4月に開設する国際日本学科に所属する(予定)教員にお話を伺う「先生インタビュー」。研究の内容はもちろん、先生の学生時代や趣味の話まで、幅広いお話を伺います。
第一回は、言語学を専攻し、英文の構造を追究するとともに日本語との比較などを行うなかで、世界中の言語の共通のルールなどについて研究している山口真史准教授です。
山口真史准教授プロフィール
言語学の中の統語論について研究
英語を習い始めたときに、英語の構文の基本形として、主語、動詞、目的語のSVO型になるということを教わったことを覚えている人も多いだろう。
一方で、日本語はSOV型で、言語によって文を作るときの語順が変わってくるわけだが、山口先生が研究されているのは、それらの文構造のもつ特性と規則性を追究する「統語論」という分野だ。
といってもなんのことかよくわからないかもしれませんが、私たちが普段目にしている英語や日本語の文のそのさらに下層に、その文を構成する特性や規則性があり、その構造的な仕組みを解き明かす研究ということになる。
ー初学者がイメージしやすいような事例はあったりしますでしょうか。
山口先生:日本語は主語・目的語・動詞のSOV型が基本ですが、目的語を文頭に持っていっても意味は通じます。例えば、
①が基本となる文ですが、目的語を文頭にした②でも問題はありません。ただ、英語ではそれが成立しないのはなぜなのかを考えてみてください。
ーなぜなのでしょうか。
山口先生:日本語の場合、「太郎が」という風に「が」(助詞)で、この言葉が主語ですよっていうことを表しますが、英語はそういった役割を果たすものがないので、語順を変えてしまうと、どれが主語でどれが目的語かわからなくなってしまいます。
だから単語を見て、「これが主語」「これが目的語」とわかるような言語であれば、語順の自由度は高くなります。ドイツ語も比較的自由で、実は昔は英語も自由だったんですね。ただ英語は歴史の流れで「単語の形の変化」がなくなってしまい、語順がSVOの「SV」の語順に固定化されてしまいました。
ーそうした文章の構造的なことを、既存の文の構造や法則から読み解いていくわけですね。
山口先生:ひらたく言うと、そんな感じです。
各言語の共通のルールなどから「人間の謎」に迫る
「文のそのさらに下層に、その文を構成する特性や規則性があり」と書きましたが、それを視覚化すると、上のような樹形図になる。
英語の場合は以下の通り。
一番上にあるCPは、complementizer phraseの略で、「補文標識」という。
このあたりの解説をすると専門性がより一層上がってしまうので、研究分野の概要について山口先生に伺った。
ー文の構造を詳らかにするということですが、いま現在、その解明はどのあたりまで進んでいるのでしょうか。
山口先生:まだまだわからないことが多いですね。ノーム・チョムスキーという今もご健在のアメリカの学者がこの理論を提唱し、1950年代に『SYNTACTIC STRUCTURES(統辞構造論)』という本を上梓しました。
チョムスキーは、ここで「生成文法」という言語理論を提唱しました。
ーそれまでにあった言語学の学問領域とは大きく違う?
山口先生:そうですね。各言語の特徴や意味論といったことを追究するのが言語学ですが、生成文法がやろうとしているのは、「人間が生まれもって身につけている言語能力」や「言語共通のルール」の解明で、その点が大きく違います。
ー「言語共通のルール」ということですが、例えば英語と日本語は文字や言葉は大きく違いますが、共通の構造をもっていると?
山口先生:はい。英語と日本語に限らず、あらゆる言語の基本的な構造は一緒です。もちろん、細部が異なるところはありますが、「構造がある」というところと、「移動させる場合、なるべく狭い範囲で移動させる」というようなルールは共通していると考えています。
ー「移動」というのは、上の事例であった「目的語」を文頭に、といったことですか。
山口先生:そうですね。上で示した樹形図で、上から下に向かって二股に分かれていっていますが、「比較的近い語句の移動はあるけど、遠いところのはない」といったルールはどの言語も共通だったりします。
ーそうした法則性のようなものは、どうやって追究されるのでしょうか。
山口先生:個別の文章を見るのですが、正しい文章だけではなく、「間違った文章」を収集するのが大切になってきます。
3人の学生が本を買った
学生が3人本を買った
本を3人の学生が買った
学生が本を3人買った
上の事例で、多少意味の違いはありますが、上3つは日本語として理解できます。ただ、4つ目は意味的におかしいですよね。
ーなるほど。間違っている文を軸に、「なぜ意味が通じなくなるのか」その構造を考察するわけですね。
山口先生:おっしゃる通りです。ただ、こうした微妙な言葉の間違いは母語話者にしかわからないので、英語の文章を研究するときにはネイティブの方に協力してもらいます。
これは英語が、できる/できないの話ではなく、「ネイティブスピーカーの脳内の言語のインプットがどうなっているか」というところが大事なので、第二言語として学んだ人ではなく、ネイティブスピーカーに聞くというところが肝要になってきます。
ー研究分野の魅力、醍醐味は?
山口先生:言語学の最終的な目的は、「人間がどういうような生物なのかを解き明かすこと」がゴールになります。
一応、人間のみが言葉というものを操っているので、その言葉の構造を明らかにすることは、「人間とはどのような存在なのか」を解き明かす鍵になると言われていますので、私自身もそういったことを意識しながら研究に取り組み、それが醍醐味にもなっています。
中学のときに感じた「英語の構造の面白さ」
山口先生が英語に興味をもったのは中学生のとき。
中学校の英語の授業で初めて同言語に触れたわけだが、当初から「英語の文法のシステム」が面白いなと感じた。
ーそれは前置詞の穴埋め問題で、ここは「to」なのか、「at」なのかみたいな話ですか。
山口先生:そうです。こういうルールで英語っていうのは作られているんだなと思い、その仕組みが面白いと感じました。そして中学校3年生のときの英語の先生から、「be動詞を文頭に持って行けば疑問文になるけど、その裏側にも構文のルールがある」ということを聞き、さらに興味が広がりました。
例えば、「This is a pen」は、疑問文になると「is」が文頭に行って、「Is this a pen?」になると。学校でそう教わり、そういうものだと我々も覚えたわけですが、その裏側に「なぜそうなるのか」のルールがあるんだ!ってなって。
ー英語の勉強はもとより、言語や文章の構造そのもに深い関心をもたられたわけですね。
山口先生:はい。中学3年生のときに「総合的な学習」という個々の生徒が何をやってもいい時間があったんですけど、そこで私は「英語で疑問文を作るときに、なぜbe動詞を文頭に置くのか」について調べました。
ー高校3年間もその分野への興味は変わらなかったんですか。
山口先生:それまでは漠然と「英語の先生になりたい」と思っていましたが、3年生に上がったときに先生に自分の興味や関心のあることについて話をした際に、「言語学に統語論という分野がある」ということを教わり、これだ!となりました。
進学先の大学は統語論を学べるところを片っ端から調べて、縁あって立命館大学へ。進路を決めた高校3年生のときには、「言語学に関連する仕事に就こう」と決意していました。
オーケストラ・サークルに打ち込んだ大学生時代
大学入学時から「卒業後は大学院で研究をする」と決めていた山口先生だったが、学部生時代は自身がもっとも興味のあった言語学の分野だけを取り組むというわけにはいかなった。
どちらかという英文学の比重が強く、さまざまな分野の科目を学んだが、自身の視野を広げるという意味において、その学びは楽しかったという。
そんな山口先生が、学部生時代にもっとも打ち込んだのが、オーケストラ・サークルの活動だ。
ー楽器はいつからやられていたのですか。
山口先生:中学生からで、中学・高校と吹奏楽部に所属していました。大学でも吹奏楽部に入ろうと思っていましたが全国的にも有名な強豪クラブで、練習が週6回あり、勉強やアルバイトのことを考えると厳しいなと。
それで練習量が少なく、比較的時間の融通がきくオーケストラ・サークルの方に入りました。ただ、2年次にサークルの代表に選出されて、結果的にすごく忙しくなってしまったんですけど。
ー演奏会とかがけっこうあった感じで?
山口先生:定期演奏会もありますし、企業や自治体などからの演奏依頼などもあり、外部の方との交渉とか、全体の取りまとめとかいろいろと煩雑な感じで。並行してアルバイトもやっていたので、なかなか大変でした。
ーアルバイトは何をされていたんですか?
山口先生:1年次は塾の講師を務め、一人暮らしを始めた2年次からはコンビニでアルバイトをしていました。演奏会の直前は毎日練習になるので、シフトに融通がきく職場、できれば夜中に働けるところとなると、コンビニしか思いつかなくて。
ー夜中にやられていたのですね。
山口先生:週2、3回ですが、なるべく授業がお昼から始まる前の日にシフトを入れてという感じでしたね。それでもやっぱり眠かったので、深夜に働くのはダメなんだなって思いました。
ー卒業後、大学院に進まれますが、そういう意味では学部生時代は特別研究に力を入れていたとかではなく、サークルやアルバイトにもしっかりと取り組む、一般的な学生だったんですね。
山口先生:そうですね。勉強もやっていましたが、学部時代はそれ以外のことが忙しくて。でも、楽しい4年間でした。
ちなみに卒業論文は、中学3年生のときに興味をもった「疑問文の生成方法」をテーマに、英語の法則がフランス語やドイツ語といった他の言語にも当てはまるのかについて研究しました。
研究に打ち込んだ大学院時代
高校3年生のとき、言語学の道に進むと決意した時点で大学院に進むことを決めていた山口先生。
大学のゼミの先生に進路を相談したところ、「統語論をやるんだったら、大阪大学の大庭幸男先生(現・関西外国語大学学長)がいいよ」と勧められ、大学卒業後に大阪大学 大学院文学研究科 文化表現論専攻英語学 博士前期課程に進学をする。
「結果構文」の生産性が高い英文の構造に迫る
生成文法の研究の一環として、大学院から現在に至るまで、山口先生が取り組んでいるのが結果構文だ。
例えば、以下のような文章が結果構文になる。
(英文)The horse dragged the logs smooth.
(翻訳)馬が丸太を引きずり、丸太がすべすべになりました
「馬が丸太を引いた」ことにより(原因)、その結果として「丸太がすべすべになった」という文章で、日本語だと2つの文章になるが、英語だと単文でまとめて表現することができる。
山口先生:上の例文のように、何か動作を行って、その目的語となる対象が最終的な形容詞の状態になる文のことを「結果構文」といいます。英語はこの結果構文がとても生産性が高く、いろいろな文が作れるのですが、日本語はほとんど作ることができません。
ー他の言語、例えば、フランス語やドイツ語はどうなのでしょうか?
山口先生:ドイツ語とオランダ語は英語ほどではありませんが、ある程度作ることはできます。ただ、英語ほど結果構文の生産性が高い言語は珍しく、なぜそうなのかを他の言語と比較しながら追究しているのが私の主な研究です。
ーその「他の言語」として、山口先生は日本語を取り上げ、英語と比較されているわけですね。
山口先生:日本語を研究し始めたのは、大学院入って結果構文を研究するようになってからです。英語だといくらでも結果構文が作れるのに、なぜ日本語だとダメになるか。その違いに興味を持ち、英語と並行して日本語の研究にも取り組むようになりました。
あとは上述したように、調査方法として英文の場合、ネイティブに文章を確認をします。日本語だと自分で文章を作れるので、その観点からも他の言語ではなく、日本語と英語を比較しようと思いました。
アルバイトで憧れだった「英語の先生」も経験
高校3年生のときに「言語学に関連する仕事に就こう」と決意した山口先生にとって、ひたすら自分の興味のある分野の研究に取り組めた大学院時代は「人生の中で一番楽しかった!」という。
そして研究以外の活動も充実し、一つは学部生時代の友人と作ったオーケストラの活動で、もう一つは恩師の大庭教授から紹介いただいた「高校の英語の先生」(講師)のお仕事だった。
ー英語の先生になるのが夢だったというお話もありましたが、そういう意味では念願が適ったみたいな。
山口先生:そうですね。すごく楽しかったです。大学の近くにある公立高校で、修士課程1年から博士課程の3年くらいまでやってたので、4~5年務めた計算になります。最初のころは週2回で、最終的には週4回通って、1年間英語の授業を担当していました。
ー週4回を1年間だと、けっこうハードワークですね。
山口先生:準備などもあるので大変でしたけど、それ以上に楽しかったです。ちなみに、そのときの教え子が何人か関西外大に入学したみたいで、一度授業中に声をかけられました。
ー素敵なエピソードですね。
山口先生:偶然、向こうが私が担当している科目を受講してくれて、授業終わりに声をかけてくれたですよ。「〇〇高校で英語教えてませんでしたか」って。それで「お!」となったんですけど、すごくうれしかったですね。
趣味のお話
山口先生が学生時代から勉強や研究活動とともに、継続して取り組まれてきたのが吹奏楽、オーケストラといった音楽活動だ。
といっても、小学生の頃は「音楽を聴く」という習慣がなく、意識的に視聴するようになったのは自身が吹奏楽部で楽器を演奏するようになった中学生以降のことだった。
ーお好きな音楽ジャンルは?
山口先生:クラシックですね。特に好きな作曲家はマーラーで、「交響曲第1番」「交響曲第2番」などがお気に入りです。
ーちなみに、楽器はトロンボーンを担当されていたということですが、選ばれたきっかけは?
山口先生:トロンボーンは、成り行きというか…。中学校の吹奏楽部に入部する前に、一応すべての楽器を、トランペットとかクラリネットとかも試しで吹いたのですが、トロンボーンが1番問題なく楽に音が出たのでなんとなく。
トロンボーンの魅力は、低音の厚さですね。演奏するのも聴くのも、低音がカッコよく鳴り響いてる曲が好きです。
ー最近は演奏はされていないのですか。
山口先生:大学院を出てからは遠ざかっています。ただ、学部生時代の後輩から、「オーケストラに出てください」と連絡があって、今度久しぶりに演奏することになりました。
なかなか練習する時間がなくて、ちょっと心配ではあるのですが、楽しみにしています。
映画音楽やゲームも好き
クラシック以外でも、ジャズやロックなどはお聴きにならないんですか?とお伺いすると、「そんなことはありませんが、それでいうと映画のサントラが好きです」という答えが返ってきた。
ーお好きな映画は?
山口先生:『スターウォーズ』とかその辺のSFですね。何も考えずに観られる娯楽映画が好きで。同作の音楽を担当しているジョン・ウイリアムズという作曲家のファンで、他には『E.T.』や『ジュラシックパーク』なども手がけている人なんですけど、ジョン・ウイリアムズの曲を聴くと気分上がりますね。
ー音楽以外だと、何か趣味はあったりしますでしょうか。
山口先生:テレビゲームですかね。任天堂のゲームが好きなので、今は『ゼルダの伝説』を。忙しくて、なかなかプレイできていませんが。
ちなみに、子どもの頃からずっと好きなのはカプコンが出している『ロックマン』というゲームです。同社は『バイオハザード』や『ストリートファイター』の方が世界的にヒットしているので、もしかしたら『ロックマン』の新作はもう出ないかもしれませんが…(笑)。
読書は英文で。翻訳との読み比べも
研究に際してさまざまな専門書に当たられているわけだが、小説は読まれたりするんですか?と投げかけると、ベタで恥ずかしいんですけど…と前置きした後、「推理小説が好きなので、コナン・ドイル、アガサ・クリスティなどを読みます」と山口先生。
ーそれは原書で読まれるんですか?
山口先生:原書で読めるものは読みますかね。翻訳されてる時点で、翻訳者の解釈が入ってるので。英文と翻訳と、読み比べるときもありますが、「ここをこうやって訳すんだ」「上手だな」と感心することが多いですね。
映画の字幕を見てもそうなんですけど、「なるほど!」と思うことが多いですが、「そこは、そういう風に訳すともったいないんじゃないの」と思うこともあったり。
ー知人で、フォークナーは原書の良さが翻訳では全然伝わっていないって人がいたんですけど(リズムや南部訛りの表現など)、英語が堪能な人ほどそのあたりは気になるのかもしれません。
山口先生:その感じはわかりますね。翻訳は言語学とはまた違った分野のお話ですが、その辺の違いを見るのも面白いですね。
さいごに
2019年から関西外大に赴任し、主に英語のクラスを担当している山口先生、最後に本学学生の印象と、高校生の皆さんへのメッセージを伺った。
ー関西外大生の印象は?
山口先生:英語が得意な学生も少なくありませんが、そこまでじゃなくても「英語が好き」という学生が多いので、英語を教える身としてはありがたいですね。素直な子が多く、どのクラスもとても教えやすいです。
ー先生のご研究の原点にもなっていますが、やっぱり「好き」という気持ちが大切ということですね。
山口先生:そうですね。その「好きな気持ち」を本学の学びで伸ばしていただければと思います。
ーそれでは最後に、高校生の皆さんへのメッセージをお願いします。
山口先生:こんなにさまざまなことを集中して勉強できるのは、大学の4年間しかないと思うので、少しでも興味あることはどんなことでもチャレンジしてみてください。私自身、学部生時代は、専門以外にもいろいろな授業を取りましたが、多くのものに触れ、教養を深めたり資格などのスキルを高めたりしていってほしいですね。
ー先生は学部時代は「英米文学」を専攻されていますが、他にどんな科目を受講されたんですか。
山口先生:一般教養科目では少しでも興味があるものは片っ端から受講しましたし、英米文学だけじゃなく日本文学や中国文学、歴史、さらには生物学や天文学など理系の科目も取りました。そこで培ったものは、今につながるさまざまな知識のベースになってるので、受講してよかったと思います。
関西外大、そして国際日本学科でも英語はもちろん、幅広い専門分野を学ぶことができるので、いろいろなものに触れてみてください。一緒にがんばりましょう!
【国際日本学科・特設サイト】