なぜ企業は人材育成"すべき"なのか考えてみた
※ 自分はソフトウェアエンジニアです。そのため、この記事はソフトウェアの開発組織が前提となった説明になります。もしかすると、ほかの業種の組織にも当てはまるかもしれませんが、当てはまらない職種もあると思っています。その点はご注意を。
自分としては、企業が、またはマネージメントをする人が育成にコミットするのは当たり前と思ってはいて、人材育成の観点においてコストがどうこう言いたくもないというのが本音なのですが、それでも説明しないといけない場面が来た場合に企業目線どういうメリットがあって、何故すべきなのかうまく話せないなぁと思っていたので、いろいろと考えて言語化してみました。
極端な例ですが、売上とコスト以外に興味がなく、次のようなことを考えている人がいるとします。
・育成はコストがかかるだけ
・とにかく給料の安い人を採用するのが一番コスパが良い
この記事では、こういう方に対してもしっかりと説明できるように、コストや事業継続性を踏まえ、育成をすることによって結果としてコストパフォーマンスが良くなり、安定的に事業継続できるようになるということを説明してみます。
① "育成せずに" 安い若手だけを採用する方針をとるケース
結論から言うと、この方針が一番コストが高くなると考えています。
次の2つのチームを比較して考えてみましょう。
ハイレイヤーとジュニアレイヤーの年収は下記と仮定します。
・ハイレイヤー : 750万円/年
・ジュニアレイヤー: 350万円/年
このとき一年間で支払う総額はそれぞれ下記となります。
これを見て、やはり②のほうが支払額が低いし、人数も多いのでお得と考える人もいると思います。しかし仕事においてコストパフォーマンスを測るのであれば「任意の期間に、どれだけの支払いをしたか?」を考えるの正しくありません。いくら安かろうが、ほとんど仕事が進まないのであれば、コストパフォーマンスが良いとは言えないからです。正しくは「任意の期間に、どれだけ仕事が進んだか、そしてそれに対してどれだけの支払いをしたか?」です。
任意の期間中に仕事をより多くこなし、そしてそのコストが安ければ安いほどコストパフォーマンスが良いと言えます。上記の考え方には、一番重要な「どれだけ仕事が進んだか?」という概念がごっそり抜けています。
そのため、ここでは仕事量という概念を追加して、下記を仮定します(自分としてはそんなに肌感はずれてないと感じているのですが、ずれていると考える人は適宜数値を変えてみてください)。
・ジュニアレイヤーが 1week にこなす仕事量を 1point とする
・ハイレイヤーが 1week にこなす仕事量は 3point である
・ジュニアレイヤーは 1week の 30% の時間分、ハイレイヤーにサポートしてもらう必要がある(サポート中、ハイレイヤーは自分の仕事を進めることはできない)
実際にはそもそも、ジュニアレイヤーとハイレイヤーの仕事の種類が違ったり、他にもいろんな要因によって仕事量というものはなかなか算出できるようなものではないです。また、ここにはコミュニケーションコストなどを含めたほかのさまざまな変数を無視しています。が、ここは「どれだけ仕事をしたか」という指標を単純にしたいためにこのように仮定して説明を進めます。
算出はできないものの、よく優秀なエンジニアはその他のエンジニアに比べて、10倍、100倍、さらには1000倍の生産性の違いがあるとはよく聞きます。また、下記のような記事もあるため、ハイレイヤーがジュニアレイヤーの3倍ほどの仕事量があるとしても違和感はないとして話を進めましょう。
これをもとにそれぞれのチームの 1week の仕事量を算出してみると次のようになります
仕事量が約2倍ほど違うことがわかると思います。
また、①のチームの1年間(52week)の仕事量を求めてみます。
①のチームの一年間の仕事量: 3 point × 2人 × 52week = 312 point
この間、312point の仕事に対して支払う給料の総額は 1500万円 なので、 point 単価は 4.80万円 / point となります。このまま①の一年間の仕事量を②のチームでこなすにはどれだけの期間がかかるかも算出してみます。
②のチームが①のチーム一年分の仕事をこなすには:
312point / (( 1 - 0.3 ×2人) + 1 point × 2人 ) = 97.5 week ≒ 1.88年
必要になります。
312point の仕事に対して、この間支払う給料の総額は 1450万円 × 1.88年 = 2726万円 です。よって、point 単価は 8.73万円 / point となります。
以上のことをまとめると、次のことがわかります。
・②のチームは ①と同等の仕事量をこなすのに 約1.8 倍 の時間が必要になる
・②のチームは ①のチームと比べて 1 point あたり 約 1.8 倍の 支払いが必要になる
この結論からは(仮定部分に間違いがない限りは)「とにかく給料の安い人を採用するのが一番コスパが良い」は明らかに間違いであるということがわかると思います。むしろハイレイヤーが多いほどコストは安くなるのです。
コストの話から少し離れます。
事業を継続するには、ハイレイヤーの専門性が必須になる局面が多々あります。ただし、"育成せずに" 安い若手だけを採用する方針をとった場合、どうしてもハイレイヤーの採用はされないし、ジュニアレイヤーがハイレイヤーに成長することもないので、ハイレイヤーは減っていくばかりです。そして、最終的には0になり、事業を継続するのも難しい状況に陥ってしまいます。こういった面でもこの「"育成せずに" 安い若手だけを採用する方針」が厳しいことがわかります。
② "育成せずに" ハイレイヤーだけを採用する方針
全く逆のこちらの方針にも触れておきましょう。
先のハイレイヤーばかりのチームほどコストパフォーマンスが高いという結論からすると、この方針こそ最高にコスパが高いように思えます。
これができるのであれば、自分はこれが理想だと考えています。
実際にできている会社もあります。ただ、現実目線、規模の大きい会社ほどこの戦略をとるのは難しいと考えています。
というのも、中途のハイレイヤーには次の特徴があります。
・採用しづらい
・母数が少ない
・内定辞退率が高い
・採用コストが高い
・応募を待っても来ないので、スカウト等の能動的な採用がメインになるので工数が高い
・年収が高いため、採用フィーが高い( 年収 × 30~40% が目安)
・離職率が高い(在籍年数が短い)
・平均在籍年数は2年くらいとみておくのが良い
採用しづらく、また早く辞めていく可能性が高いため、組織に必要な適切なハイレイヤー数を維持するだけでも大変です。運悪く採用できない年もあるでしょうし、常に綱渡り状態の人員計画になってしまいがちです。この状態では安定的に事業継続できているというには難しいでしょう。
自分は150件ほど応募が来てようやく1人採用できるかどうかかなという肌感を持っています。それなら、流入を増やせばいいと思うかもしれませんが、採用に関わる人員が有限なため、応募数やスカウト数には工数の都合上どうしても限度があります、そのため採用できるハイレイヤーの最大数にも上限がでてきます。
社外に対して会社の魅力付けが十二分にできている、もしくは強い採用チームがある、などの環境がそろっている会社以外ではこの方針では、十分なハイレイヤー数を確保することは難しく、結果として安定的に事業を継続することが難しくなると考えています。
会社における育成とは?
今まで説明してきた通り、会社にとってはジュニアレイヤーよりもハイレイヤーの方がコストパフォーマンスが良いということになります。つまり、ジュニアレイヤーをハイレイヤーに近づけるという"育成"は、コストパフォーマンスの改善につながります。
また、採用だけでは十分なハイレイヤー数を維持するのが厳しいことにも触れました。育成はこういった十分なハイレイヤー数を確保するための一つの手段です。うまく育成を回すことが、安定的に事業を継続する鍵になります。
さらに、離職率について触れておきます。離職率は次のような特徴がでることが多いです。(会社によってことなることもあります)
・ジュニアレイヤーほど離職率が低い(転職しづらい)
・ハイレイヤーほど離職率が高い(転職しやすい)
・ジュニアレイヤー、ハイレイヤー関係なくある年数以上いると離職率が一気に低くなる閾値がある(ある年数いると定着する)
離職率の低いジュニアを育成しつつ定着してもらい、そしてハイレイヤーになってもらって長く働いてもらうというのが一番会社にとっての一番嬉しい展開です。(もちろん、ある程度はハイレイヤーになってしばらくしたら離職するということもケースも多くあると思います)
まとめ
・ジュニアレイヤーよりハイレイヤーのほうが全然コストパフォーマンス良いよ
・ハイレイヤーがいなければ、できない仕事があるよ(ハイレイヤーは事業継続に必須だよ)
・採用だけで必要なハイレイヤーを維持するのは難易度高くて、ほとんどの会社では現実感ないよ
・育成することで、全体のコストパフォーマンスを良くして、ハイレイヤーの数を安定させることが、安定的な事業継続につながるよ