夏の終わり。あなたが出会って欲しい樋口毅宏の小説の話。
「ボクはプレスリーが大好き」というイカした本を書いたのは片岡義男だ。なのでボクは臆面もなく書こうと思う。ボクは樋口毅宏の小説が大好きなんだと。しょうがないよ。好きなんだから。
ボクが氏の小説「さらば雑司ヶ谷」を見つけたのは今はなき渋谷の山下書店だ。この店だと(特にコミック)フラゲを確実に行うことができた。だいたい発売日の前日20時半過ぎから商品の入替が始まり、ボクはその時間目がけていそいそと店内を徘徊する。その徘徊途中でボクを捉えて離さない表紙の絵と出会ったんだな。
店頭にならんでまもなくってタイミングだったので比較的早いほうだったとは思う。表紙が醸し出すオーラ、装丁。牧かほりの不穏さしかない装画がボクを捉えて離さない。前知識なし。なのでジャケ買いに近いんだけど手に取りぱらぱらとめくることすらなく買った。タイトルもなんだかそそられたし。そして帰宅後即読了。ファンになった。氏が編集者出身であることを知ったのはずいぶんあとのこと。氏の編集による元週プロ小島和宏記者の「ボクの週プロ青春記 90年代プロレスとその真実」も吉祥寺のブックスルーエで購入して何度も読んでいたのにね。
「日本のセックス」「ルック・バック・イン・アンガー」、「民宿雪国」は好き過ぎてつらい1冊だし「甘い復讐」「二十五の瞳」に「テロルのすべて」、そして「アクシデント・レポート」、もちろん「愛される資格」(表紙が柳沢きみお)に「ドルフィン・ソングを救え!」、「太陽がいっぱい」に「東京パパ友ラブストーリー」も忘れちゃいけない。これらは全部フラゲした。
フラゲするには理由がある。なぜって自分がどうしようもなく欲する書籍を他の誰よりも自分のものにしたい。これって当たり前の欲求だと思うんです。感動の共有はそれからでいい。まずはオレ優先。なのでボクは自分のフェイバリット書籍(マンガ含む)は基本フラゲ。だいたい店頭に並ぶタイミングを予測し、「この出版社ならそろそろこの店で並べるはず」と予測をたてて徘徊する。もちろん目算を見誤ることもある。先日は「出禁の男」(本橋信宏著)のタイミングを間違えて代わりに近田春夫の新書をフラゲしてしまった。そういう思わぬ収穫があればいいけどナッシングのときがつらい。「俺は何しに本屋にきたのかい?」と無意味に自問自答、欲しくもない本を買ったりして激しく後悔なんてこともある。ああ播磨灘(意味はない)。
ボクにとって樋口毅宏の小説とはなんだろう。ほぼ同じ世代でロッキンオン・ジャパンがまだフェス中心で回ってない頃からの愛読者で、思春期に日本の音楽やマンガの隆盛期を過ごしているからこそいちいち頷くポイントがあり、同時に70年代初頭生まれだからこその上の世代へのリスペクトと(いい意味での)諦めと嫉妬感、羨望感。そのへんを共通項として感じながら読める小説家は樋口毅宏の小説だけだ。
ポップ・カルチャーという側面だけでいえばボクのすぐ上の世代は凄すぎる、というか凄すぎた。いまだ現役で活躍している方々が殆どだし、もちろんダメになっていく方々もいるけど基本的にボクらの世代が上の世代を凌駕したことのほうが少ないだろう、たぶん。
下の世代でいえばもはや別次元の出来事のようにも思えることも多いけど、うーん、、「やばいな、これは」と思ったことないんですよね。別にホリエモンにも死ぬこと以外かすり傷のひとにも嫉妬や羨望を持ったことないし。ああ、サウナ楽しそうだねぐらいか。だって彼らは圧倒的な作品も物語も作ってないから。圧倒的な自分語りに憧れを持つほどボクは暇じゃないよ。
樋口毅宏の小説でナンバーワンはどれか。ボク目線ランキングは以下。
1位 ルック・バック・イン・アンガー
2位 アクシデント・レポート
3位 さらば雑司ヶ谷
4位 甘い復讐
5位 ドルフィン・ソングを救え!
1位の「ルックバック〜」はエロ本業界を舞台にした話。ボク自身、自分で編集して出した本はこの世界とかなり関係値がある出版社だった(もうつぶれたけど)。それゆえにこの小説全体に吹き荒れる焦燥感は全肯定。ここではないどこかを彷徨いながら結局どこにも辿り着けない男の悲哀。ボクはその姿に自分をつい投影してしまう。
2位はとにかく超長編。だけど一筋縄ではいかない。ネタは1985年の夏に起きたあの墜落事故。あの夏の記憶はボクらの世代だからこそ。夏休み、「笑っていいとも」観てたら途中とにかくこの事故のニュースが挿入されまくる。ボクらの世代にすれば初めて経験する大惨事だった。最低2度通読して欲しい。3度目でこの小説のヤバさがわかる。大事なのは読みやすさじゃない。繰り返して読んで初めてわかることのほうが大事じゃないのかな。文句があるか、ですよby小林信彦「怪物が目覚める夜」。
3位は出会いの書。タランティーノの映画はこの小説を読んでもう一度見直した。続編「雑司ヶ谷R.I.P」と合わせて。タカセのシュークリームも。
4位は短編集。表題作も好きだけど「余生」が好きかなあ。
5位の「ドルフィン・ソングを救え!」は今の時代だからこそ必読。ネットでぐだぐだいう前に手に取り物語に没頭しろ。幻想は幻想。だけど永遠に幻想が続けば本物なんですよ。ああ、「民宿雪国」は好き過ぎてランキングに入れられてないので気にしないで。
日本のロック。ポップミュージックって言い方でもいい。名盤って言われるものってあるじゃないですか。コレ聞いてねえの?的なマストアイテム。はっぴいえんど史観じゃないけど、まあそういうものに近い。え?頭脳警察知らねえの?村八分のライブ盤持ってないのかあ、そっかあ、、じゃあセンチメンタルシティロマンスは?とりあえず押さえとして大瀧詠一のファーストは要チェックな的文化観。でも本音を言えば世代ごとにマストなセレクションがあって当然であって。ボクらの世代ならば岡村靖幸「家庭教師」、フリッパーズギター「カメラトーク」、Theピーズ「クズんなってGO」「とどめをハデにくれ」あたりか(関係ないけどボクは彼らを日本のアノラックバンドって思ってる)。エレカシにニューエストモデルも無視できないしなーと延々続くドーナッツ・トーク。ボクの中で樋口毅宏の小説ってそういうもんなんですよね。誰もがあるわけですよ。好き過ぎていくら語っても語りつくせないものが。ゆえにドーナッツ・トークは永遠に続く。そんな感情の集合体。氏の小説、ボクにとってはそういう存在なんですよ。
ニューエストの「クロスブリード・パーク」を聞きながら「甘い復讐」を読む恍惚よ。もちろん「ドルフィン・ソング〜」には「カメラトーク」、「dogs」ではなく「犬キャラ」が似合うし(ボクは勝手に思ってる)、組み合わせは人それぞれだけれども樋口毅宏の小説には音楽がよく似合う。文体からにじみ出てますよ。「愛される資格」はなぜかGREAT3だなァ。それも「ROMANCE」って珠玉の名盤。先行シングルともなった「玉突き」の絶望感とこの小説の世界観のマッチングの妙がボクの中では癖になり読み直すたびに脳内ヘビロですよ!今にも倒れそうなヴォーカル片寄明人の切なくもはかない声が耳に響くたびボクはこの小説を思い出す。片寄明人について「日本のセックス」作中でも取り上げられているけど、いち読者としては「愛される資格」に片寄ワールドを感じる。まあ勝手ないちファンの思い込みなので見当違いならごめんなさい。
世の中に読みやすい小説っていくらでもある。だけど読み手の心に確かな爪痕を残す作家っていうことになれば話は別だ。だって爪痕残された立場からすればさ、その傷がうずくたびに新しい刺激を追い求めるわけです。そしてそれは映画や音楽、演劇かもしれないし、昭和の文豪が遺した圧倒的な名作の数々かもしれない。そしてそうやってエンタテインメントの輪廻は繰り返される。
小説としての最新作は「東京パパ友ラブストーリー」で上梓されたのは2019年だ。そろそろボクはこってりした氏の長編が読みたい。600ページぐらいの、読後感ぐったりみたいなやつ。悪意に満ちたノワールもの。柳沢きみおでいう「青き炎」であり「俺にもくれ」みたいなとんでもなく武骨な小説。男泣きする必至の「流行唄」「男の自画像」でもいい。時代遅れのハードボイルドタッチの男が読む男のための小説。草食系男子が手にとって読んでしまい三日ぐらい悪酔いして寝込むぐらいのやつをぜひ読みたいし書いて欲しい。そしたらボクはまたフラゲに走るだろう。なぜなら単なるファンだから。誰よりも早く読みたいじゃないすか。紀伊国屋書店だろうと八重洲ブックセンターだろうと蔦屋書店銀座店だろうとブックスルーエだろうがボクはフラゲを求めて駆けていくから(藤井フミヤ風)。
そんなわけで突発的に綴ってみたこのテキストですが、おそらく見当はずれなところも多々あることでしょう。でもいいんだよ。あくまでいち読者が思ってることなんだから。感想は暴走列車でちょうどいい。整理整頓された文章は読みやすいかもしれない。だけど読み手の感情まで整理整頓したらなんにも伝わんねえよなァ。
とりあえず初心者(まだ読んだことないひと)は「さらば雑司ヶ谷」、小説読みとして自信ある方は「二十五の瞳」「ルック・バック・イン・アンガー」を。きっとヤバいところへトリップできますよ。今回ボクはあえて氏の小説のみを取り上げているけど「さよなら小沢健二」や「タモリ論」「おっぱいが欲しい」といったエッセイ&評論も見逃せない。最新刊は「大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた 昭和40年代男子の思い出エッセイ」。だけどまずは小説から読むべき。氏の綴る世界観にぶん殴られたほうがいい。さまざまなポップカルチャー、純文学、の旨みをたっぷり吸いとった昭和40年代男子でしか描けない小説群。この夏の終わり、ガンギメよろしくちゃんですよ。
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