無限の思考力 011
〜「無限の思考力 001」からお読み下さい〜
当然のことだが、「論理的思考」を行う場合、「インプットの振れ」が「アウトプット」に大きな影響を与える。
そして、
「インプットが定量的に測定できない場合」
「インプットを自分がコントロールできない場合」
に注意したいポイントがある。
それは、
上記の状況下において、「自分が望むアウトプットが明確である」時に、「インプットを無意識にねじ曲げてしまう」ということだ。
本来なら「コントロールできないインプット」に対しては、その振れ幅を推測し、少なくとも振れ幅の上下限についてアウトプットを出す必要がある。
それでは、単純な例をあげて解説する。
「今日は雨が降りそうな天気だ」
現代の科学では天気をコントロールできない。これを「自分がコントロールできないインプット」とする。
他のインプットを考慮した場合、「10分間は雨避けのない屋外を歩く」ことになるとしよう。
ほとんどの方は傘を持って出かけるだろう。
何故なら、「天気は自分の意思でコントロールできない」とわかっているからだ。
次に、子供の頃を思い出して欲しい。
明日は遠足だ。
しかし、今夜は土砂降り。
明日の降水確率も100%だ。
しかし、ほとんど子供は遠足の準備をするはずだ。
「てるてる坊主」を作って軒下にぶら下げるかもしれない。(私以上の世代かもしれないが)
子供だって、天気をコントロールできないことはわかっている。
しかし、遠足に行く気満々になってしまう。
明日が雨だとわかっていてもだ。
何故なら「遠足に行きたい気持ち」が、天気予報を凌駕するからだ。
そして、大人になっても、同じようなことが起こる。
例えば、製品設計の現場で考えてみる。
物体として存在する製品を設計する場合、ユーザーの取扱い方が議論の焦点にあがる。
特に精密機器は衝撃等に弱く、「どの程度の取扱いまで考慮すべきか」の判断が難しい。
対策のやり過ぎは、コストアップやユーザーの操作性(使い難さ)などに影響を与える。
一方、対策不足の場合は破損が発生し、時には重大な事故につながる。
皆さんも、購入した製品を操作している時、思わぬことで破損させてしまった経験があるのではないだろうか。
他人が作った物に対しては、「こんなことで壊れるのか」と客観的に見ることができる。
しかし、自分が作ったものには、甘くなることがある。
それが「こう使ってくれるはずだ」という自分の願望だ。
上記の願望が発生する主な理由は以下だ。
一般的には耐久性をあげると、製品コストも上がる。しかし、設計者は「目標製品コスト」を遵守する使命がある。
この使命感が悪い方向に働き、インプットを捻じ曲げてしまう。
当然、「操作に関する耐久性」を遵守する使命もあるが、「製品コスト」よりも定量的に見えにくいため、自分自身をごまかしやすい。
話は横にそれるが、このような問題を防止することを目的の1つとして、多くの企業は「第三者評価」を実施している。
話を元に戻そう。
「インプットに自分の願望を入れない」ができているのか・・・
最近、面白い趣味を見つけた。
「株式投資」だ。
もともと、経済オンチのうえに、投資など全く興味がなかった。
世間は空前の米国株ブーム。
軽い気持ちで私も始めた。
しかし、ロジック分析やロジック構築が好きな私にとって、最高の趣味になった。
とにかく株価を動かす要素が多く、常にインプットが目まぐるしく変わる。世界情勢も絡んでくるので、本当に複雑だ。
しかし、ロジック分析は複雑なほど面白い。
プロには当たり前の知識かもしれないが、自分にとって新しい発見が常にある。全く飽きが来ない。
そして、「株式投資」は自己責任であり、売買は自分の判断だ。仕事のように、自分の決定事項に対して「第三者評価」をしてくれる人はいない。
「自分が買った株」「自分が買おうとしている株」に対しては「自分の願望」がインプットとして入りやすい。
「株価」が自分の思い通りに動かないことなど百も承知しているにも関わらずだ。
面白いことに、理屈はわかっているのに「欲」は自分の都合のよいインプットだけを見せてしまう。
このような場合、どんな結果がもたらされるかはご想像の通りだ・・・
これが大きな問題を引き起こしていると気が付くのに、なかなかの時間がかかった。
これは、私の愚かな話だが、
「インプットに自分の願望を入れると悲惨なアウトプットが生まれる」という良い例だ。
「インプットに自分の願望を入れない」
「無限の思考力012」へ続く