短編「名前の居場所」
「名前の居場所」
私は小学生だった頃を思い出した。
あの頃はクラスメイトと仲良く出来ていたなあ。
1
先生が授業中に言った。それは漢字の授業だった。
「この漢字はテンと読みます。……この漢字はウマと読みます」
クラスメイトの男の子が質問した。
「先生、それはおかしいです。天はペガで、馬はサスです。だって僕の名前がそうだし……」
教室は静まり返った。
先生は気まづそうに口を開いた。
「確かにそういう読み方もできます。名前の漢字の読み方は自由ですから。……ですが、古来からの日本語の読み方に「天馬」をペガサスと読む読み方はないのです」
ペガサス君は言った。
「そっかあ。しかたねえなあ」
そしてその日から後のあだ名は「テンくん」になった。
当時、クラスメイトに素っ頓狂な、いわゆるドキュンネームの子は、クラス三十人のうちに一人か二人だった。
私の名前? ありふれた日本風の名前だ。
2
私は過去の追憶から振り返る。
今、私は中学二年生になっていた。
私のクラスにはドキュンネームの子が殆どだった。
クラスメイトの一人の彼女が言った。
「お前、ムカつくんだよ。すました名前しやがってよ。何が涼しい香りだよ。死ね」
私はいじめられていた。
いつだって少数派が悪いんだ。真理は端に追いやられる。
他の変な名前の女の子たちも、寄ってたかって私の名前を理由に悪口を言ってきた。
その彼女らのほとんどすべては、キラキラネームの人だった。
他のクラスメイトの人たちもキラキラネームであり、私が悪口を言われているところを見て見ぬふりをしていた。
私は何とかしてやりたくて言い返した。
「ホイミちゃんもキティちゃんもシイタちゃんもアリエルちゃんも、そのうち時代が来るよ。葬式の日がやって来て、名前を呼ばれるときには誰も笑わないと思うよ。私は笑っちゃうかもだけど」
仕返しにもなっていない口撃だったかもしれない。しかし、彼女らは、いたぶっていた存在が急に牙を剥いたので、腹に来たらしい。
彼女達の一人がノートを振り回して、私の手の甲に当てて来た。
とても痛かった。
その後、収拾がつかなくなった。
手の甲を見ると青あざになっていた。
逃げるが勝ちだ。
私は職員室に駆け込んだ。
そうして先生に言ってやった。
「先生、見てください、この手を! クラスメイトの子にやられました。助けてください」
「ホントですか。今すぐ教室に行きます。一緒に行きましょう」
私は先生と一緒に教室へ戻った。
3
教室で会議のようなものが始まった。
先生は言った。
「この中で涼香(すずか)さんに暴力を振るった人は素直に申し出なさい」
すると彼女らはウケると囁きながら先生にこう言った。
「先生! 涼香のそれは事故ですよ。涼香は自分で転んで自分でケガしたんですよ? 誰かのせいにしないでください」
すると先生はため息を吐いた。しばらく考え込んでこう言った。
「クラスのみなさん。同じ場に居たのでしょう。見ていたのでしょう。誰か真実を申し出なさい」
クラスメイトのみんなはシーンとして黙っていた。
当たり前だ。自分までイジメられたくないからだ。
すると先生は続けてこう言った。
「一番始めに本当のことを言った人には、夏休みの宿題を免除します」
すると男の子が立ってすぐさまこう言った。
「俺見てました。ホイミちゃんがノートで殴ってましたよ」
先生は確認した。
「本当でしょうね? ペガサス」
「はい、本当です! 君が代に誓います!」
何で国旗でなくて国歌に誓ったのだろうか。
先生は言った。
「この件、親御さんに報告しておきますからね」
舌打ちをする音が聞こえた。
今日一日は何とか収まったが。
まだ争いの日々は続きそうな予感がした。
4
誰か教えて。
私の名前の居場所を。
私の名前はどこへ行けばイジメられない?
お父さんもお母さんも、もうどこにも居ない。私は一人だ。