いつもとちょっと違うけど、いつもとおんなじ魅力(美味しい曖昧ワンマンレポ)
10月31日、新宿。
美味しい曖昧というアイドルグループのワンマンライブがあった。
そのタイトルは、「いつもとちょっと違うワンマン1」。
ライブが近づくにつれ、いつもと何が違うのか、ファンの間で様々な憶測が飛び交っていた。
アーティストが普段との差異を強調して宣伝する場合、当然その差異こそがライブの集客の一番のウリになるだろう。
段々と情報開示するアーティストもいれば、開演と同時に秘密が明らかになる場合など、様々だ。
美味しい曖昧はその差異の内容について一切触れずに宣伝をしていたので、ファンとしてはひたすらライブ開演をどきどきして待つことになった。
個人的にも、美味しい曖昧に、そしてアイドルに出会ってほぼちょうど3か月、大規模なワンマンは初めてだったので、この日を待望していた。
今までも「アイドル」という概念は好きだったが、それはあくまでフィクションの、つまり創り出された(主に二次元の) アイドルを好んでいた。
創り出されたアイドル。それは、偶像の意味を持つidolという語に最も近いものかもしれない。我々の求めているものを具現化してくれる存在...。
それは絶対に裏切ることのないもので、絶対に主人公を嫌わない、もっと言えば「思い通りになる」ものだ。
日々の人間関係において深い傷を負ったり、人間不信になるほど、二次元アイドルの「信頼できる」という部分が際立つ。
我々の創作物だからこそ、我々が信頼しきれるのだ。
それゆえ、ぼくは一生三次元の、生身のアイドルにハマることはないと思っていた。
しかし...という話は前回noteに記した。
あれから3か月、特に美味しい曖昧の現場に何度も赴いてきた。
他のファンと比べるとまだまだ新参者ゆえ、今までの過程やメンバーのことも知らないことが多い。
それでも自分なりにこのグループと推しの素敵なところを見つけてきたつもりだった。
だからこそ、メンバーが毎日のように「来てほしい」と言っていたワンマンが、本当に楽しみだった。
仕事を終えて職場から急いで新宿駅へと向かう間、イヤホンで美味しい曖昧の楽曲を聞きながら「ちょっと違う」の意味について思案していた。
新宿のトイレの個室でスーツから「曖昧なオタク」Tシャツに着替え、準備万端。新宿ReNYへと向かった。
まだ明るいライブハウスでは、ループの音楽が流れており、集まった沢山の客の話し声には期待と興奮がまじりあっていた。
ステージ付近には今日がハロウィンであると思い出させてくれるような、筋金入りのファンもいて、既に楽しい。
まず、普段の対バンライブでは絶対に見られないであろう、「ステージの幕」が気になった。幕の向こうに、「ちょっと違う」の秘密が隠されているのだろう...そう確信した。
開演の19時を少し過ぎたころ、照明が暗くなり、ワンマンライブの幕が上がった。
聞きなれないBGMが大音量で響く。
ステージ上には何やら金属で囲われたものが4つほど組まれている以外は何もない。
楽曲の一部をサンプリングした音源をバックに、美味しい曖昧の5人が現れる。
広いステージの上、メンバーカラーの照明に照らされる5人の表情は、これから始まるライブへの気合を示唆していた。
一曲目は「サプリメ」。MVも公開されている曲で、このグループの楽曲の中で僕が最初に知った曲の一つだ。
ギターのカッティング、ファンキーなベースライン、ポップだが複雑なダンス、メンバーの個性豊かな歌唱...このグループの特徴がよくわかるキラーチューン。
メンバーが縦に並び、イントロが鳴れば無条件でテンションが上がるものだ。
大サビでのジャンプは会場の都合でできないが、それでも一曲目から会場のボルテージも高まっていく。
そのまま「幽体Whisper」へと突入する。クールな四つ打ちロックで、人差し指、中指、親指を立てる振りが特徴的な曲だ。
ワンマンという事もあって、Bメロの手拍子も迫力があり、会場は一体になる。
そして「ユーグレナはわかんない」で一転して明るくポップな雰囲気になる。
メンバーの表情も少し緩み、いつもよりカラフルな客席を眺めながら、ファンを一人一人見ているようにも思えた。
5人は、初っ端からハイペースで会場を温めていく。ダンスも歌も難易度が高いだろうに、常にファンを楽しませることも、そして自分たちが楽しむことも忘れない。
やっぱりこのグループが好きだ、と素直に感じた。
何度ライブへ行っても、思った以上に印象的で素敵なパフォーマンスを見せてくれる。この「安心感」が、僕をライブに駆り立てる一つの要因かもしれない。
「安心感」…?
そういえば今のところ、ハコが大きいこと以外は普段のライブと大きく異なるところがないような...。道理で「安心」できるわけだ。
そんな調子で「さめないワナビー」、「バッドエンドのその先」「ナブルナブルナブル」と、名曲を繰り広げていく。開演前に気になっていたステージ上の幕のことも、メンバーの後ろの謎の枠も、そしてこのワンマンが「ちょっと違う」ことすら忘れて楽しんでいた。
そして「さまさま」で終わらない夏を堪能したのち、音楽が今まで聞いたことない変化を起こす。
今までもCDにはない繋ぎなどはライブで披露されてきたが、今回は何かがおかしい。なんだか、まるで生のバンドがいるようなセッションだ...。
ここでやっと気が付く。「ちょっと違う」の意味を知る。
呆気に取られているうちに照明がメンバーの後ろの謎の枠に当たる。すると、枠に張られた黒い布の向こうに動く影が幽かに見える。
この枠は、バンドメンバーを隠すためのものだったのだ!
そのままメンバーによるバンドのパート紹介が始まる。しかし、一向に黒い布は開かず、バンドメンバーの名前すら紹介されない。
自由なセッションがブレイクし、聞き覚えのあるイントロが流れ、「あまあま」が始まる。しかしこれは当然バンドの生演奏の「あまあま」であり、今まで聞いてきたものとは全く異なる印象を受ける。
メンバーも一部のダンスを省略し、ファンを煽ったり自由に踊ってたりしている。
「ちょっと違う」のは、このワンマンがバンドセットワンマンである、ということだった。少しは期待していたが、まさか本当に...。
生の楽器演奏が生み出す独特のグルーヴの上で、5人が歌っている。今ここには、ほとんど「この場で今生まれている音」しかない。
音楽ライブの最大の魅力である、「瞬間の共有」をしている。瞬間瞬間で生まれる音、ダンス、表情を会場全体で共有する...これほど感動的なことがあるだろうか? ?
そしてギターカッティングがかっこいい「角砂糖とセイロン」から「圧倒」へ、ロックサウンドのスムーズな繋ぎで移っていく。このあたりで会場の熱気もピークに達する。
そして「sugar beat」。ずっと聞きたくて、でも今まで聞けていなかった楽曲が、バンドの演奏で始まる。このグループのなかでも特に切なくセンチメンタルな楽曲だが、演奏もダンスも案外激しく、新鮮な印象であった。
曲中にあらわれる5人の台詞は、自分のエゴと周りの人々の間で宙吊りにされている等身大の言葉であり、どれも切実に響く。
グループのコンセプトには「そんな誰もが持っている“曖昧”な気持ちを否定せず、戦いたい人には勇気を、傷ついた人には居場所を与えたい」とある。美味しい曖昧が僕らに勇気や居場所を与えてくれるのは、この5人が切実に曖昧さと「戦っている」姿を見せてくれるその瞬間なのだ。
「まざらないや」、「いけるナイトパレード」など、ファンキーな曲がバンドアレンジで披露される。いつもと違う音空間の中で、5人も心底楽しんでいるように見えた。
僕は赤いペンライトを振りながら、この瞬間をすべて目に、耳に焼き付けようとしていた。
美味しい曖昧は、アイドルのこと全く知らないまま行った初めてのライブで、一番最初に見たグループ。5人それぞれが輝いていたが、僕が初めて心を奪われたアイドルが、赤色担当の幽花はるかさんだった。
グルーヴ感のあるダンスで赤色の髪を揺らしながら、ハリのある真っ直ぐな声で心を震わせる。
パフォーマーとしての完成度の高さに驚いたが、それよりも、もっと言葉にできないような魅力が溢れていた。
それは、いうなればアイドルという存在に対する誠実さ、真剣さだろう。
客と目を合わせて送る笑顔の裏には、アイドルとしてのストイックさが滲み出ていた。
自分が決めた道を、信じて歩んでいく。
その道は決して簡単なものでは絶対ないし、人間関係に依拠する部分が多い分、不条理なこともある、茨の道だ。
しかし、この人はそれでもまっすぐ前を向いている、そう感じられた。
僕はそれに気づいてから、幽花はるかさんのファンである。それはただ好意の対象なんてものではなく、自分が出来なかったことをストイックに実践している、憧れの存在なのである。
やよいさんの「music stop…」で曲が終わり、振り付けがポップで可愛らしい「綺麗事スコープ」を経て、「アマダリガ!!」へ。
バンドで演奏するなんてとてもじゃないができないと思っていた曲のバンドアレンジ披露に、会場は再び熱を帯びていく。
左右に移動する振り付けやサビで手を挙げるところで、どんどんオーディエンスも一体となって、盛り上がっていく。気づけばライブもラストスパートだ。
ギターの交互のカッティングから「ナチュラルアレルギー」が始まる。
テンポが早く明るい曲調だが、どうしてかこの曲を聞くと胸が締め付けられる。
ライブの終盤に披露されることが多い(気がする)のもあって、儚い気持ちにさせられるのだ。
そして最後に、まっすぐなロックチューン「AIMAI」。
18曲目ということでメンバーも相当疲れているはずだが、むしろ5人とも心底楽しみながらステージングをしている。
「自分の道は自分で決める」。集大成としてのワンマンライブの最後に、グループとしての信条のようなものがはっきりと示される。
曖昧な気持ちを抱えながら暗闇を彷徨う弱い僕にとって、その姿は眩しく映った。
僕は5人にずっと付いていくと改めて心に決めると同時に、僕自身も「自分の道は自分で決め」られるよう、戦っていたいと実感した。
「いつもとちょっと違う」のは、バンドセットというその構成だった。もちろんメンバーの気合の乗り方や、細かいダンスの違い(あまあまの間奏など)もあった。バンドが一切表に出てこないというレアな演出もあった。
しかし、見せてくれたのはいつもとおなじ新鮮な感動と勇気だった。
来年のワンマンライブの予定も発表された。
美味しい曖昧はどこまでも進化していくのだろうが、「いつもと同じ」居場所を、常に与えてくれるような気がしている。