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留学はやっぱりストレスたまる(アメリカ留学#11)

 留学を始めてから一年たたない頃は、日々ストレスを強く感じていた。なんていうか自分の居場所はここではないのではないか?という思いが漫然としてあったからだ。異国の地で、大学にいるアジア人は全体のおよそ5パーセント。白人、ヒスパニック系、黒人の順に割合は大きい。彼らと見た目が違う。単純なその違いが異物混入感を僕に抱かせた。

 僕は別に見た目の美醜について言っているわけではない。アメリカにも当たり前だが見た目がいい人もいるし、そうでない人もいる。だが共通して醸し出す独特な雰囲気があった。名づけるならアメリカ感だ。対して僕はもうすぐ一年たとうというのに、まるで旅行者のような雰囲気。「お邪魔してます」と気を遣っているような感じだった。

 こう感じる背景には当然、日々遭遇するカルチャーギャップもあったし、英語力が希望のレベルに達していないゆえの焦りや、自信の喪失もあった。毎日出かける前に鏡で自分の顔を見ては、「なにか違うんだよなぁ・・・」と首をかしげていた。

 ある日こんなことがあった。大学の食堂でご飯を食べていると、隣に小学校5年生くらいの少年が僕の席の方へとやってきた。少しの間何かを探すようなそぶりをすると、僕に向かって何かを言った。僕は聞き逃した。

 聞き逃したのならば、聞き返せばいい。簡単なことだ。この頃は毎日やっていたことだった。しかし、僕はとっさに「Yes」と答えてしまった。続けて少年は質問してきたが、僕はその質問の前提を聞き逃していたので、何を言っているかー聞き取れはしたがー意味が分からず、「I don’t know」と答えた。少年は訝しげな表情を浮かべると、走ってその場を去った。僕は恥ずかしさと悔しさでうなだれた。

「なぜ、素直に聞き直さなかったのか」。この疑問が自分の中で浮かんできたが、答えは既に知っていた。年下の子供にお願いをするのがいやだったからだ。「I can't speak English」とわざと言って、そんなことないよと言ってもらうことで自分を慰めていた頃のような、小さく醜いプライドが原因だった。本当に自分にがっかりしていた。意気揚々とアメリカに来ておきながら、なじめず、自己防衛で恥をかく。年齢を気にしている点もやけに日本ぽくて、そう考えることがまたアメリカになじめていないことを強調するようで辛かった。

 僕の中で誰かが言う。「悔しいなら行動して見せろ」。「恥をかくことを恐れるな。挑戦をしろ」。間違ってはいない。いや、むしろ正しいのだろう。それでも、ただいるだけで消耗するのだ。だからこそ自分の居場所だと感じることができないのだ。その上で新しく何かを求めるなんて酷じゃないか。できることはあるはずなのに、足踏みする自分。それがまた自分にがっかりする要因で、ストレスとなって身体にのしかかる。

ストレス解消法

 本当のストレス解消法は誰かと話すことだった。なぜならそれが、ただの解消法ではなくて、ストレスの元になっている異物混入感に直接作用するからだ。誰かと英語で話すことができれば、自分のことを褒められる。誰かの質問に答えているときは、自分の居場所はここだと感じることができた。しかし、当たり前だがそれは相手がいてこそ初めてできることで、当時の僕には難しいことだった。Dや他にも話し相手となってくれる人は数人いたが、彼らには僕以外に話したい相手がいる。僕が彼らの邪魔をしてはいけないと思っていた。

 そんな中で、体調を崩すこともなく、精神を病んで授業に出なくなることもなく、何とか大学生活を続けることができたのは、一人でもできるストレス解消法、

筋トレ

のおかげだった。筋トレが精神や肉体に良い効果を与えるという研究結果はあらゆる場所で発表されているが、実は留学にも非常に有効だ。理由はものすごくコストパフォーマンスに優れているからだ。

 筋トレはしんどい。自分が扱えるぎりぎりの重さで身体を痛めつけるのだから当然だ。しかし、それこそがストレス解消法として優れているポイントだ。筋トレは筋肉の消耗と同時に体力も消費する。自然、筋トレを終わった後は苦行から解き放たれた解放感と、心地よい疲労感で気分がよくなる。「何かを成し遂げた」、そういう気分にさせてくれる。似たような効果はスポーツでも得られるが、スポーツは場所を選んだり、人数や道具が必要だったり、時間がかかったりする。その点、筋トレは動きやすい服装で大学のジムに行き、40分ほどトレーニングすればOKなのだ。だからコストパフォーマンスがいい。そしてなにより自分一人で自分のペースでできるから好きな時に簡単にできる。そこが魅力だ。

 トレーニング後の独特な高揚感は大きくストレスを解消してくれる。40分筋トレをするだけで、慢性的なストレスから解放されるのだ。僕は定期的にジムに通うようになった。すると、「あの時ああいえばよかった」や、「何であの時ちゃんと聞き取れなかったんだろう」とかいう悩みが段々と小さく、大したものはないように感じることができる。悩んでいたのがウソみたいに前向きになれた。

 もちろん、ストレスの大本には何の対処もしていないので、ストレスは沸き続けるわけだが、ここで、筋トレの最後の美点。自分の体を見れば努力の跡が見えるので、自信につながるという点だ。継続して努力できているという事実が肉体に現れるから、ストレスが溜まり落ち込みそうになっても、肉体を見ることで気持ちを持ち直すことができた。ナルシシズムに近いものがあるかもしれないが、際限なく沸き続けるストレスに対抗するためには、自信のソースを可能な限り持つことが重要だった。特に留学という特殊な状況、環境に身を置いていると、それらが重要な生存戦略となるので侮れない。

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