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消えた幽霊⑤【大江町小釿】——伝説探偵(その6)

俺もね、歴史あるものは守っていきたいと思う。
そもそも、それが当然だって親父に育てられてきたからな。

ただ守ると言っても、心で念じてるだけでかなうわけじゃないんだよ。
さっき話したように、草を取ったり木を切ったりね。こうやって雪が降ると、枝に積もるでしょう? 重みで折れちゃまずいから、金属の柱で支えてやる。

今は費用を自治体が全部出してくれるから、その点は楽になったけどな。昔はうちでも負担しなきゃいけなかった。それで「県の文化財ですから大事にしてください」って言われても、困るでしょう。

ともかく、そういった手間があるわけだよ。もちろん生活していくための仕事の他にね。
あのカヤを見に来る人なんて、そう多く居るわけじゃない。
それでも、じいさんや親父が守ってきたものを、自分が絶やすわけにはいかないと思ってやってるんだ。

もう一つ苦労してるのが、カヤの近くに建ってる「みろく堂」だよ。
あれはうちの所有というんじゃなくて、この集落みんなで管理してるんだ。
見ての通り古いものだから、木がぼろぼろになったとか、雨漏りしたとか、問題が起こるわけだ。お堂の中には歴史のある物も収められてるし、雨漏りは特にまずい。
「じゃあ修繕だ」って業者に見積もりを依頼すると、100万とか200万とか言われるんだよ。

あれは指定文化財というわけじゃないから、費用はみんなで出し合うことになる。お寺なら檀家さんに協力してもらって、という方法があるだろうけど、それもできない。一応賽銭箱の中身を充てられるんだけど、1年かけたっていいとこ数千円だよ。

昔はね、この集落にももう少し人が居たんだ。だから金銭的負担も「まあ痛いけど何とか」って感じだった。
今は10世帯か。仮に修繕費が200万だとしたら、20万ずつだよ。みんな口には出さないけど「そこまでして守らなきゃいけないのか」って言いだしてもおかしくない。結局、直すのは保留中だ。

町へ出ていく人の気持ちはわかるよ。
ここじゃ買い物にも不便だし、酒やコーヒーを飲める店もない。
ただ祭りはいろいろあったんだけどな。
人が減って、みんな年取って、次第にいくつかを一つにまとめて、ってことになっていった。

ついこの間、その祭りが正月にあったんだよ。
集落のみんなでみろく堂にお参りして、公民館で赤飯食べて、日本酒を飲む。それだけのささやかなものだけどな。
だからみろく堂までは雪かきをしたんだけど、そこから先は歩けないくらい積もったままだ。カヤは柱で支えてあるから、折れるってことはないだろうけどな。

もしあれが倒れたら、そうだな。
古いカヤで作った碁盤や将棋盤ってのは高く売れるらしいんだ。
いや、こんなのは冗談だけども。
これからも続いてほしいと思ってるよ。

ただね、うちの息子にはカヤの世話をまだ頼んでないんだ。
草取りすら手伝わせてない。

俺の時代は親の決めた通りに生きるのが当たり前だった。だから親父の姿を見て、こうしてカヤを守ってる。
だけど、もうそういう時代じゃないでしょう。
自分の進路は自分で決める。だから、こっちからは何も言えない。
そのままこの年になってしまった。

俺もいつあっちに行くかわからないよ。
その後で息子がカヤをどうするのか、それもわからない。

あなたみたいな人に買い取ってもらえたら。
なんて、これも冗談だけどな。

(続く)

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