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【小説】笑顔のチームメート

「もう、野球はやめたんだ。」

ボクは驚いた。巧みなピッチングと180cm以上ある恵まれた体格で、
中学生のころから一目を置かれていた彼が、野球をやめるなんて、にわかには信じ難い。
でも、彼の表情が一瞬、曇ったのを感じた。
色々と聞きたい衝動を抑えて、ボクは話を変えた。

「そっか、それにしても久しぶりだな。」
中学の卒業式以来だから、約4年ぶりのクラスメートとの再会。
彼とは中学3年生のとき同じクラスになったものの、
美術部のボクと野球部のエースの彼とは、ほとんど交わることなんてなかった。
だから彼から話しかけてくれたとき、
ボクのことを覚えていてくれたことが少し嬉しかった。

だから、調子に乗って舞い上がっていたのかもしれない。
「もし、暇だったら家に来ない?」
ボクは彼を家に誘った。

「そうだな。明日休みだから、行こうかな。」
自分が誘っておいておかしな話だが、彼のまさかの返事に戸惑った。
5分ほどかかるボクの家までの道のりを、二人でゆっくりと歩いた。
誘った手前、気まずくならないように、ボクはひたすら彼に話しかけていた。
そして、野球の話題は出さないように気をつけた。

家に着いて、ボクの部屋に入っても、時折、携帯電話を触りながら、
他愛ない会話をずっと続けていた。

彼は県外にある野球の強豪校に入ったことは聞いていたが、
それ以外のことは何も知らない。
ただのクラスメートというだけで、共通の友達もいないし、接点もほとんどないからだ。

彼は現在、専門学校に行っているようだ。
なんの専門学校に行っているかは、言わなかったのであえて聞かなかった。
中学生のころから社交的で人気者だった彼は、
久しぶりに再会したよく分からない同級生のボクにもうまく話を合わせてくれた。

その時、部屋の扉から「トントン」と聞こえた。
「飲み物とお菓子持ってきたけどいる?」
姉貴の声がした。
どうせ、ボクが家に友達を呼ぶなんてほとんどないから、
興味本位でのぞきにきたのだろう。

「はじめまして。姉のアヤコです。弟がいつもお世話になっています。」
いつもと違う、浮ついた声色で話しかける。
「もう、いいって。ありがとう!」
そう言って部屋から追い出そうとした瞬間…

「もしかして、山田くん?」
「――はい、そうですけど。」

なんだ?姉貴の知り合いか?
「私、カメラマンなんだけどね。そのきっかけがあなたたちなの!」
突然の姉貴の告白に、ボクだけでなく、彼もあっけにとられていた。
姉貴がカメラマンなのはさすがに知っているが、そのきっかけなんて聞いたことがない。
ましてやボクの同級生だったなんて初耳だった。
「見てほしいものがあるの。待っていて!」
姉貴は興奮しながら、自分の部屋に何かを取りに行ったようだ。
残されたボクと彼は少し固まっていた。

「これ、これ!」
先ほどの興奮冷めやらぬままに戻ってきて、勢いそのまま彼の前にバサッとポートフォリオを広げた。

一番初めのページには、写真からでも気迫が伝わる彼のピッチング姿。
素人のボクが見てもかっこいいのが分かる。
それは、彼の姿のことでもあるし、姉貴の写真のことでもある。
僕は姉貴の写真をちゃんと見たことがなかったので、少し感動していた。
でも、野球についてふれてはいけない気がして、慌てて彼を見た。
彼の表情は硬かった。少し、目が潤んでいるようにも見えた。

「ねえ、この写真を見てほしいの」
この気まずい空気を察しているのかいないのか、能天気に姉貴が次のページを開いた。
そこには俯いて泣く彼を囲んで、笑顔で集まるチームメートの姿が写っていた。
なんて清々しい笑顔だろう。
きっと写真の雰囲気からして負けたチームなのに、
一人ひとりすごくすっきりした表情をしている。
うまく言えないけれど、僕もこの輪に入りたいと思うぐらい羨ましく思えた。

「これが、カメラマンになるきっかけの写真。」
姉貴が言うと、答えるかのように彼が話し始めた。

「すごく素敵な写真ですね。
実は、この写真の試合、俺のせいで負けたんです。
あと一歩で甲子園に行けたのに、俺が暴投して、みんなの夏を終わらせてしまった。
その後も、俺は立ち直ることができなくて、野球から逃げたんです。
俺はずっと下を向いて泣いていたから気付かなかった…。
仲間たちの最高の笑顔を撮影していただいてありがとうございます。」

彼は笑顔だった。
「今日、お前に会えてよかったよ。
まさか、家に招待されるなんて思っていなかったけどな。」

そう言って笑い、
写真に向かって“ありがとう”とつぶやいていた。


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