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カルチャーデザイン 08 言葉を文化に

省庁の中でも、「ペーパーレス」、「デザイン経営宣言」などの先駆的な取り組みを進めてきた経済産業省・特許庁。2021年6月、ミッション・ビジョン・バリューズ(MVV)を公式に制定しました。

トップダウンで統制される組織を「官僚組織」と呼ぶように、省庁などの行政組織では権威や規則に従って官僚たちが規律的に働いているイメージがあります。

しかし、先行きが不透明な時代。省庁のような大きな組織においても、 未来の姿を描き、一人ひとりがその意義を理解した上で、ときに柔軟に対応することが必要です。


このMVVプロジェクトをリードしてきた特許庁の今村亘さん、外山雅暁さん、そしてこのプロジェクトを伴走していたKESIKIの内倉潤、九法崇雄の4名で、山あり谷ありのプロジェクトを振り返ります。

省庁におけるMVV制定の重要性、また議論の生まれない組織に本質的な「議論」の場を生み出していくことなど、座談会形式で語り合います。


働きやすさNo.1だけど、働きがいは?


今村:特許庁のビジョンをつくったほうが良いんじゃないか、という話が出たのは、デザイン経営のプロジェクトでの大阪・関西万博に向けての会議中でした。万博で特許庁としての将来像を見せていきたいと思ったときに、参加者が特許庁のビジョンってこれだよねということを言えなかったんです。「世界最高品質の審査を牽引する」といった言葉はありましたが。その時、特許庁が未来に向かう姿を描き、言語化する必要があるんじゃないかと、改めて気づきました。

外山:実は、2009年にもビジョンをつくったんですが、ほとんどの人は忘れていました。内容も、今回議論したことと大きくずれるわけではないのですが、言葉が難しく、浸透しにくかった。スタートアップ企業などが掲げているようなMVVって、もっと夢があるし、分かりやすいですよね。そんな夢のある言葉をつくり、職員一人ひとりに浸透するものにしたいと思いました。

今村:高度経済成長の時代と比べて、特許を取る企業が減ってきており、このままではいけないという思いもありました。MVVを制定することで、特許庁を変えていきたいと考えたこともプロジェクトをスタートした理由です。

九法:KESIKIは2020年の夏ごろから、デザイン経営推進プロジェクトのパートナーとしてご一緒していたのですが、最初は「特許庁自身のMVVをつくる」ということはスコープに入っていませんでした。しかし、特許庁の現場の方々にヒアリングをしていたところ、「日々の仕事の中でどんなことを目印にしたらいいか分からない」という悩みも出てきた。そこでMVVの必要性を感じました。

内倉:現場の職員の方からは、「審査官の仕事は申請されたものに対して“減点方式”でやるため、自分の仕事は減点することだけでいいのだろうか?」「あるメディアの調べで特許庁は『働きやすさ』ナンバーワンと書かれていたけれど、自分は何のために働いているのだろうか?」 などと悩んでいる声も聞こえてきました。

外山:特許庁では、審査の品質を高く、かつスピーディーにすることが大切と考えています。それも大切なことに変わりはないですが、いまは、多くの企業が「イノベーション」を起こすために苦労をしている時代。特許庁として、そういう人たちのために何ができるのかということを考えなければいけないのではという声も上がり始めていました。


キーワードは「腹落ち」


内倉:今村さん、外山さんをはじめとして、特許庁の長官や技監、MVVチームの方々は、みんなとても熱量が高かった印象でした。チームのメンバーはどうやって選抜されたんですか?

外山:既に立ち上がり、大阪・関西万博のために特許庁の将来のあるべき姿を議論していたプロジェクトメンバーを中心に選びました。普段から熱量高めの人たちが、集まるべくして集まった感じです。

今村:2009年ごろにMVVを作ったときは、総務課を中心につくった案に対して、紙で意見募集して決めていました。こういうやり方で決まりましたって発表されても、誰かが決めたことだからという感じになってしまい、自分ごとにならず、浸透しないんですよね。それで、だんだんと忘れ去られてしまう。

外山:今回はその反省を活かし、最初から、できるだけいろんな立場の人に参加してもらうことで、職員一人ひとりが意識できるようなMVVにしたいと、強く感じていました。

九法:KESIKIで企業や組織のMVVをつくるときにも、「言葉をいくらカッコ良くしても意味がない」とよく言っています。もちろん、みんなが進むべき道をわかりやすく示すわかりやすい言葉をつくることは大切です。ただ、気取った言葉をつくったとしても、自分たちの仕事とかけ離れていては、一人ひとりのものにはなりません。

今村:そうなんです。だから今回は「腹落ち」という言葉がキーワードでした。

九法:KESIKIでも、よく「愛される会社や組織」になるためには、BEING(ありたい姿)とDOING(実行すること)が一致していることが最も大切だと言っています。「言っていること」と「やっていること」が一致していない人は信用されません。企業も同じです。ただ言葉を練るだけじゃなくて、社員や職員の一人ひとりが自分のものとして捉え、日々の行動に活かしていく必要があるんですよね。

内倉:今回のプロジェクトではまず、ミッションとビジョンを考えるために、プロジェクトメンバーで「マガジンエクササイズ」をやりました。KESIKIの定番のセッションで、「自分たちの会社や組織がxx年後に雑誌の表紙を飾るとしたら、どんな雑誌に、どのような形で取り上げられたいのか」を考えてみる、というワークです。
 このワークの狙いは、参加メンバー一人ひとりが経営者あるいはリーダーの視点で組織を捉え、未来への解像度をあげることにあります。実際、一人ひとりに表紙や記事の写真や特集コピーを考えてもらうほか、5年後の特許庁の姿の架空の記事を書いてもらったりしました。

外山:このワークによって、メンバー一人ひとりが考えを掘り下げられたし、それぞれの思いを知ることもできました。実際、あるメンバーが表紙に書いたコピーがもとになり、新しいミッションができたんです。

九法:そうですね。このワークで出てきたキーワードを元に、一旦KESIKIの方でMVVをまとめてご提案しました。

今村:その時に出していただいた案について、私や外山は「とってもいい! 」と思ったのですが、庁内に共有すると、実際の業務と乖離しているとか、地に足ついていないとか、企画部門と現場とのギャップがあるなどいろいろな意見が出てきました。

外山:そうですね。たとえば、ビジョンの中に「イノベーション」という言葉を使っているのですが、当初、商標を担当する部署はこの言葉をどう捉えたらいいかが分からないとか。事務職には関係ないのではないかとか。いろいろ意見が出ました。直接実務に結びついてないと、腹落ちしないのも当然のことです。そこからさらに議論を深める必要が出てきました。

MVV議論途中で形にしたポスター

20年来、ほぼ初めての「議論」


内倉:技監との議論が印象的でしたよね。お立場がある中で、どう歩み寄っていくのかということを、ひりひりと感じました。

九法:一番議論がヒートアップしたのが、ルールに関しての議論でした。当初、イノベーションを巻き起こす存在であるために「ルールを守る存在ではなく、新しいルールをつくっていく存在になっていく」というようなバリューを提案したのですが、そこに対して強く懸念を示されていました。

今村:私としては、前向き感のあるバリューでいいなって思ったのですが、技監からは反対されました。最初は、せっかく前向きなバリューなのにと思ったのですが、議論をしていくうちに、むしろ自分が偏ってしまっていたということに気づかされました。

外山:私自身、技監と議論することなんて、これまでほとんどなかったのですが、改めて対話する中で技監の発言は、審査官の総意を汲んでいるんだなということに気づかされました。審査官が大事にしてきたことを、そう簡単に変えるべきではないのかもしれないと思い始めました。

九法:何を変え、何を守るのかっていうのを、議論の中で再発見していったんですね。

今村:私なんかは、変えることに一辺倒になってしまいがちだったのですが、技監はもっと冷静に見られていました。自分たちがやってきたことを全否定してしまうと、やる気をなくしてしまう人もいる。変えるべきところは変え、守るべきものは守っていきたい、ということを伝えてくださったんですね。それはたしかにそうだと、私の中でも腹落ちしていきました。

九法:その後、他の幹部や職員全員とも議論しながら、さらにブラッシュアップされていったんですよね。その道程もまた大変だったんじゃないでしょうか。

外山:そもそも、特許庁のミッションみたいなものを、長官や技監含めて、幹部の会議などで一から「議論」ということをしたことがなかったんです。私の経験してきた、よくある幹部とのコミュニケーションは、既に答えがあってお伺いを立てるとか、根回しが終わっているものを報告するといったようなことしかなかった。職域や立場を越えて議論するっていうのは、私の記憶するところ、ほとんどなかったのではないかと思います。

今村:でも今回ばかりは、長官も含めて幹部ひとりひとりが自分の意見を考えて、議論をしようということになりました。私は特許庁で働いて30年弱ですが、初めての経験でした。

外山:さらに、職員ひとりひとりとも議論をしていきました。現場チームごとにディスカッションして、一人として取り残されることがないように。これについてご意見ありますか?という聞き方ではなく、ワークショップ形式で自由に参加して直接ディスカッションできるようにもしました。

内倉:職員のみなさんは、前向きに参加してくださったんですか?

外山:管理職が積極的に声をかけてくれたこともあり、みなさん参加してくださいました。当初2回を想定していましたが、かなり議論も白熱して3回庁内全体からの意見募集をやりましたね。繰り返し繰り返し、しつこいくらいディスカッションしていきました。これも、特許庁にとっては、かなり特殊な機会でしたね。

今村:当初、未来を語りたい人と毎日こつこつと業務を積み上げる人とのギャップがあるように感じました。でもギャップがあるのではなく、MVVがどういう背景で作られていて、お互いがどういう事を考えているのかということを、理解し合えてないだけだと気づきました。このディスカッションを経て、溝が埋まっていったように思います。

内倉:チームのみなさんがすごく主体的に取り組まれていたことが、全体を巻き込んでいける力になったんだと思います。組織改革のプロジェクトでは、どれだけ自分の組織を変えていこうという熱意のある人がいるか、そこでプロジェクトの成否が分かれます。特許庁の場合、参加したみんなが、自分ごととしてこのプロジェクトを捉えてくださっていた。だからこそ、着地できたんだと思います。


言葉を文化にしていくために


九法:そうして磨き上げられたMVVは、今年6月に発表されましたね。省庁がMVVを作るということ自体まだ珍しいですし、内容も濃いということで、周りでもかなり反響があったと聞いています。

2021年6月に発表された特許庁のMVV

外山:TwitterやSNSでも、ポジティブな反応があったみたいですね。内容もとてもいいと褒めてくださっていた方もいました。やっぱり外からも認めてもらえると、内部の人間もより自信がつきます。

九法:改めて、いま感じている変化や、まだ残る課題などはありますか?

今村:最終的なMVVが決定して、各部署に周知する際に「これは特許庁全体としての言葉ですが、現場ごとに状況や捉え方は変わってくるので、今後、各部署ごとによりフィット感を高めるよう工夫してください」とお伝えしたんです。いまは、ポスターにして張り出している部署もあれば、業務によりフィットするようなバリューを作る部署もあります。

外山:MVVはつくるだけじゃ意味がない、「文化」にしていかなければならない、ということを最初から考えていました。でも、それって人の思考を変えていくということですから、相当難しいことです。それをどうやっていくかっていうのは日々考えています。MVVを作るまでよりも、その後のほうが3、4倍は体力を使いますよね。

九法:文化って、一朝一夕にできるものではなく、積み重ねによってじわじわ滲み出ていくものですからね。

外山:やっぱり、共通認識が作られるまでは、結構時間がかかるものですかね。

内倉:人によって反応するポイントも違うから、正解はないですが、工夫する仕組みはいろいろあると思います。それこそポスターにして張り出すとか、あとはビーコンプロジェクト(象徴的なプロジェクト)をひとつ走らせるとか。組織のキーパーソンとなる人に火がついたら、それをどう広げてもらうのか、10年20年のスパンで考える必要があります。

九法:KESIKIとしても、カルチャーを根づかせるために、その火をどうつないでいくかという仕組みを用意することもセットでお手伝いしていきたいと思っています。ちなみにMVVを作ったことで、なにか外からの反応とかってありましたか?

今村:いろんなところから問い合わせや引き合いがありましたよ。ある大手メーカーさんからは、どんなふうに進んだのかっていうのを話してもらいたいということで、お話しする機会を作って頂きました。300人ほどの社員の方に加え、会長、社長も参加してくださいました。

内倉:特許庁自身が変わることで、その周りの企業も変わっていくということも、次のステップとして期待をしていたので、早速その依頼は嬉しいですね。

今村:そうなんです。企業にも注目していただいているんだ、と実感しました。そのセミナーで、「デザイン経営って結局何なんですかね?」って質問されたんですね。一言では難しいですけど、私は、職員の意識の改革と組織文化の改革ではないかとお伝えしました。どの企業も組織もユーザー目線、ユーザー第一ということは掲げているのではないかと思いますが、本当にユーザーの立場になって考えられているか、自分本位になっていないかといったことを、メタ視点から見直すということが、一番大切なことだと思います、と。

外山:そうですね。まだまだ、壁もたくさんありますが、前例にこだわることなくとにかくアイデアを出し、やってみるということが、マインドチェンジのきっかけになったり、文化を醸成する足がかりになっていくんだと思います。これからも、レジリエンスでサステナブルな組織でありたいと思っています。


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