そこには人の手には負えない怪物のような存在が囚われていたのだと思う、突然照明が落ちて、赤い回転灯がくるくると回りながら光り輝き、サイレンが鳴り響くと、僕は恐怖した。逃れることのできない恐怖そのものが僕のすぐ真後ろまで迫ってきていることがわかったからだ。
まさにその時、僕は実際にその場にいたのだろうか? よくわからない。もしかしたら妄想かもしれない。前後の記憶がまるでないからだ。一度も辞書で引いたことのない言葉の意味にいつの間にか慣れ親しんでいたときのように、僕はこの経験の記憶を信じていた。誰かに話したことも、話してみようと思ったこともなかった。相手にされないだろうと思ったからではなく、確認するまでもなく、みんなにも同じような記憶と理解があるだろうと確信していたからだ。仮に、彼らが表面上否定したとしても、それはまさしく彼らに心当たりがあるからそうするのだと思われた。それならどうして、無意味なことをあえてする必要があるだろう?
誰か他の人から聞いた記憶を、自分のものだと誤解しているのだろうか。その可能性はある。しかし、事態はそれほど変わらない。二つのことが真実だった。かつて、ある出来事が起きた、——停電、回転灯、サイレン。全ての人間は、そのことを知っている。だからこの記憶が、本当に自分のものかどうかということは、ほとんど問題にはならない。
でも、自分の主観的な意見を言わせてもらえば、僕は本当にその場に居合わせたのだと思う。停電と回転灯とサイレンによって理解された恐怖の経験。失われたのは自己の同一性ではなく(記憶における自己は現在の自己と同一であったか)、むしろその統一性だった(前後の記憶が欠落していてもまだ自己の記憶と呼びうるのか)。
言い換えれば、全ての人間が失ったのはその同一性ではなく、その心の統一性とでも呼ぶべきものなのだ。
僕は高校生で、二十人弱の友達と一緒に、遠くの街に出掛けてきていた。特に目的があったわけではない。もしかしたら各々には個別の目的があったのかもしれないけれど、集団として統一された目的があったわけではなかった。だから、街での行動は、中心にぼんやりとした中枢的集団があって移動や活動をしているものの、そこから離れていって自分の目的を果たすような個人もちらほら見かけられるようなものだった。それでも、街から帰ってくる時には、全ての人間が揃っている必要があるだろう。誰かを置き去りにしてくるようなことは反倫理的な行いだからだ。
僕は群れからはなれて、雑貨屋で商品を見物していた。特に欲しいものがあったわけではない。こういうものが売っているんだなと思って見ていた。すると、顔馴染みの友人がいつの間にかすぐ横に立っていて、ある女の子のことを話題にした。
「お前はAのことが好きなんだろう、態度を見ていればすぐにわかるよ」
事実は、確かにそうだった。僕は肯定も否定もしなかったが、うまく誤魔化せたわけではなかったから、彼はにやにや笑うのをやめなかった。
「じゃあ、今から話しかけてきてやるよ」と僕は言った。
Aは、少し離れた別の雑貨店で、ちょうど僕がしていたのと同じように、一人で、商品棚をひやかしていた。僕はその横に立った。
「何を見ているの、何か欲しいものがあるの?」
僕はひどく緊張していて、生きた心地がしなかった。声がこわばり、震えているので、これでは彼女にまで自分の気持ちがばれてしまうだろうと思った。
Aはにっこりと笑った。愛想笑いだったかもしれない、けれど彼女の顔の作りは非常に美しかった。そして、何も答えず、その場から離れていった。僕は彼女を追いかけていった。曲がり角や門を通るたび、一瞬見失ってからこちらかと思って彼女の姿を探すと、Aは首だけでこちらを振り向いていて、僕が来たのを見るとそこから離れていった。
ずっと追いかけていくと、もう街の外れまで来てしまって、気づくと桑畑の真ん中にいた。僕は、ずいぶん群れから離れてしまったから、彼女を連れもどさなくてはならないと思っていた。Aは平べったい川を渡って、ずんぐりした直方体の建物の中に入っていった。それを追って川を渡る途中、僕はその建物の高いところから、Bが、窓越しにこちらを見ているのに気づいた。Bは、一緒に街に来ていた人たちの一人で、女の子だった。僕が近づいてきているのに気づいたはずだ。
僕は建物の中に入って、ちょうど中間の階の階段で、彼女を捕まえた。彼女は僕の二段上の踏板に立って、見下ろすように僕を見つめていた。
「戻ろうよ」と僕は悪気なく声をかけた。
答えはなかった。
「行きたいの?」
彼女は僕に笑いかけた。いつの間にかBがAのすぐそばに立っていて、二人は連れ立って上へ登っていった。二人は言葉を交わしていなかったけれど通じ合う何かがあったように見えた。何か不思議な、奇妙な気分だった。僕が嫌いなら、笑わなければいいはずだった。でも僕が嫌いじゃないなら、逃げなくていいはずだった。でも、いずれにせよ、彼女は先へ行きたいんだろう。僕は彼女の気持ちを優先しようと思った。
いつの間にか着いてきていた友人と一緒に、僕は下へ降りていった。彼は僕の横を歩きながら、「いいのか?」と僕に聞いた。「いいんだよ」と僕は答えた。僕はもう僕が追いかけなくてもBがいるからAは平気だろうと思っていた。すると突然、建物全体の明かりが消え、赤い回転灯がくるくると光って、サイレンが鳴った。
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