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【補論】「FOUND GOOD」から見る凋落の予兆ーイトーヨーカドー大井町店

前回の記事、なかでもイトーヨーカドーについて、いくつか反応をいただき「こんなニッチな視点にお付き合いいただけるのか」と感激しております。そこで、今回は補論として、衣料品部門の新ブランド「FOUND GOOD」からイトーヨーカドーの現在地を考えてみたいと思います。

結局、手放すことができない衣料品部門

前回にも触れたが、近年、業績の低迷が続いているイトーヨーカドーは、2015年以降、店舗の整理縮小と、売場部門の選択と集中に注力している。この構造改革と称される再建計画の方向性は次のとおりだ。

・店舗の首都圏(とりわけ東京)集中化
・食料品売場への集中を通じた脱GMS化

前者は「地方からの撤退」と、後者は「食料品以外の分野からの撤退」と、それぞれ言い換えることができるだろう。また、業績悪化の「元凶」と指摘される衣料品部門については、2023年3月、社長自らが「アパレルについては、肌着を除く、婦人、紳士、子どもの衣料品から完全撤退する」と発表した。

しかしながら、一転して、2024年2月には、30を超える衣料品などのSPA(Speciality store retailer of Private label Apparelの略、企画から小売まで一貫して自社で行う業態)ブランドを展開するアダストリアと共同で「FOUND GOOD」という新ブランドを立ち上げ、各店舗の衣料品売場に出店する方針を示したのである。

再建計画をめぐって、ちぐはぐな印象が免れないものの、「FOUND GOOD」は2024年2月のイトーヨーカドー木場店を皮切りに、現在まで63店舗に展開している。

実際に「FOUND GOOD」に行ってみた。

ここからは先日、実際に「FOUND GOOD」に行ったときの話をしたい。向かったのは、イトーヨーカドー大井町店。小学生の頃、しばしば親に連れられた思い出の店舗のひとつだ。外観は一見して、どこにでもあるイトーヨーカドーだが、よく見てみると建物の上部に「K-1 かんべ土地」という看板があることに気がつく。実のところ、この建物と土地は、大井町を中心とする地場不動産業者「かんべ土地建物株式会社」が所有する「K-1ビル」であり、イトーヨーカドーはそこに入居している借主に過ぎない。

(イトーヨーカドー大井町店)

賃貸物件への入居が多いイトーヨーカドー

大井町をはじめ、イトーヨーカドーの店舗は賃貸物件に入居していることが多い。たとえば、前回、紹介した川崎港町店は日鉄銅管、ほかに立場店は神奈川中央交通、和光店は日本化薬、拝島店(2024年4月閉店)は医療法人徳洲会がそれぞれ「大家(オーナー)」となっている。

また、先日、閉店した上板橋店は、大井町と同じく地場不動産業者の「小宮恒産」が所有していた。ここはいわく付きの店舗で、賃貸借契約の更新時、大家側は老朽化に伴う建替を理由に、立ち退きを求めたものの、イトーヨーカドーは拒否。すでに、ここまで7度にわたって賃料の減額に応じてきたこともあってか、大家側の心象は悪く、明け渡しを求め訴訟を起こす事態に至った。裁判では「立場の弱い借主」の保護を優先する借地借家法の規定が、大企業の店舗、すなわち店子に及ぶのかが争点であった。イトーヨーカドーは退去に関して「(借地借家法に基づく)正当な事由はない」として争う姿勢を示したが、一審、二審ともに「明け渡し」を命じる判決を下されたことで、2年にわたる「居座り」は終わり、閉店したのである。

(イトーヨーカドー上板橋店の閉店決定を知らせる
「大家」が掲示した看板)

同業のイオンは、旧ダイエーや旧マイカルから引き継いだ店舗を中心に自社物件が多い一方、イトーヨーカドーは会社の方針もあって、その大半が賃貸物件に入居している。賃貸物件の場合、固定費の節約につながるものの、他方で、大規模改装にあたっては大家の同意が必要など、時代に応じて機動的に店舗を変えることが難しくなるという欠点もある。

イトーヨーカドー大井町店の歴史

1997年にオープンした大井町店は「2代目」だ。かつては、大井店という名で「初代」が、駅東口の東小路飲食店街に隣接する「第15かんべビル」に、1969年にオープンしている。もちろん、ここもまたかんべ土地建物株式会社所有の物件である。初代大井店はイトーヨーカドー初のSC(ショッピングセンター)方式で出店し、複数のテナントによって構成されていたが、その中には、のちに日本最大の宝石店へと成長する「ジュエリーマキ」や、バブル期には「ヤングカジュアル」の象徴であった「タカキュー」、それぞれの1号店が出店していた。

(ジュエリーマキは知らなくても
このCMに見覚えのある人は多いのでは)
(タカキューは経営再建中)

大井町で産声を上げた両社は奇遇なことに、その後、茨の道を歩むことになる。ジュエリーマキは、バブル崩壊後の宝石需要の長期低迷にくわえて、強引な販売手法が問題視され、経営破綻を3度も繰り返した。また、タカキューもコロナ禍によるスーツ需要の低迷から未だに抜け出すことができず、現在まで6期連続の赤字を計上。債務超過に陥り、いまは事業再生の真っ只中だ。なお、現在、第15かんべビルは「おおい元気館」として運営され、「肉のハナマサ」や「ゴールドジム」などが入居している。

(おおい元気館(旧イトーヨーカドー大井店))

豊かな消費体験を伴わない空間

大井町店を訪ねたのは平日の午後7時頃。時間帯もあってか、1階と地下1階で構成される食料品売場は多くの人で賑わっている。しかしながら、3階から5階まで続く衣料品売場は、いずれも閑散な光景が広がる。賑わいが戻るには、ダイソーやくら寿司がある7階まで上らなければならない。それにしても、わざわざ100円ショップを求めて、7階まで向かうのは厳しいという印象だ。

(3階の衣料品売場)
(5階の衣料品売場)
(6階の生活雑貨売場。生活用品部門も厳しい状況)

ひと通り館内を見たあと、「FOUND GOOD」がある4階へと向かう。エスカレーターからすぐに位置する区画、このフロアでもっとも目立つ場所だ。ただ、良そうしていたものの、それ以上に客の数は少ない。確認してみると、中高年の夫婦と思われる2名とわたし1人の計3名のみであった。また、店内は活気が乏しく、BGMは流れておらず、店員の姿は見えない。そこで店内を見渡すと、レジカウンターに1名の店員がいただけで、いわゆる「ワンオペ」の状態であった。当然「いっらしゃいませ」の声はない。

(エスカレーターを降りると、FOUND GOODが迎えてくれる)

ここで「FOUND GOOD」のブランドコンセプトを紹介したい。まずはアダストリアのHPから引用する。

実用的でありながら 暮らしに嬉しいちょっとした発見がある。
その発見が、日々の暮らしを今までより、ちょっぴり楽しくする。
『 素敵な体験と新しい発見が、ここにはいつもある、必ず見つかる 。』

また、基本情報が次のように掲げられている。

ターゲット  「30~40代の男女、4ー12歳の子供」
ロケーション 「イトーヨーカドーの一部で展開」
標準面積   「100~300坪」

次にイトーヨーカドーHPにある文章を引用しよう。

「GLOBAL WORK」や「niko and …」のアダストリアがプロデュースしたまったく新たなライフスタイルブランド

比較をしてみると、イトーヨーカドーの文章が軽薄に感じるのは、わたしだけではあるまい。これを読んでもどんなブランドなのか、まったく伝わってこないのだ。前回、イトーヨーカドーが経営悪化してもなお、衣料品部門を手放さない理由として「衣料品を祖業」とみなす、その企業文化・体質を挙げた。しかしながら、前述のイトーヨーカドーの文章からは、そのような「プライド」が全く感じられず、もはや「藁にもすがる」かのように、なりふり構わず「アダストリア」に救いを求める感じが、まじまじと伝わってくる。

(店舗内の各エスカレーターに、左右1枚ずつ貼られている
FOUND GOODを知らせる掲示。むしろ見つけるのが難しい。)

再び店内の様子に移ろう。商品がいたるところに並び、それらは一見、整然と見えるが、どこか無味乾燥に感じてしまうのは何故だろうか。また、一部を除いて商品名や価格を掲げる看板は少なく、それらの情報を知るには、いちいち商品を手に取らなければならない。他方で、目立つのは「PRICE DOWN」の文字、おそらく半分以上の商品は値下げの対象であったによう思う。しかし、これもよくよく見ると「※一部カラーのみ」との注意事項があって、結局、商品を手に取らないとわからないのだ。

(無味乾燥な売場)
(味気ないというべきか)
(ユニクロと比較してみよう)
(注意事項がややこしい)

最後に、もっとも驚いたのが靴下売場である。というのも、否が応でも地球環境保護や「SDGs」を意識しなけばならない時代。衣料品業界でも、ユニクロがプラスチック包装を「85%削減」する目標を掲げたほか、無印良品は包装にとどまらず、商品の素材においても、化学繊維から天然素材への切替を進めている。いまや「脱プラ」は業界全体のコンセンサスを得ているものと思っていた。しかし「FOUND GOOD」の売場で見たのは、靴下の大半がプラスチック袋に包装されている光景。しかも、不思議でならないのは、この袋の意味が、さっぱりわからないのである。商品の保護や固定のためなら、厚紙を入れればいいのではないか。

(靴下売場)
(これは過剰包装じゃない?
ちなみに値段は400円でユニクロより高い)

「FOUND GOOD」の売場で感じたのは、単に「暗い」だとか「さみしい」といった印象論では片づけらない、「お客さん目線の不在」という深刻な問題であった。デニムやパンツなどの補正もあるのに「ワンオペ」で対応できるのだろうか。商品名や値段を確認するのに、いちいち商品を手に取る必要があるのは、煩わしいのではないか。エシカル消費という言葉が脚光を浴びる中、過剰包装はそれ自体、敬遠されるのではないか。こういった想像が働かないことに、ただただ、驚くばかりである。

「FOUND GOOD」について、イトーヨーカドー自身は、モデル店(イトーヨーカドー木場店)の衣料品売場の客数が「1.4倍に上昇」したことで、「顧客獲得に手ごたえ」を感じているという。しかしながら、もともと閑古鳥が鳴いていた衣料品売場の客数が「1.4倍」になったところで、その影響は「焼け石に水」ではないか。それでいて「手応え」を感じるのは甘い自己評価に聞こえてならない。また、そもそもの話として、経営不振が続くイトーヨーカドーにひとつのブランドを育てる余裕は、まったくないはずだ。アダストリアの旗艦ブランドである「GLOBAL WORK」も500億円以上の売上高、200以上の店舗を構えるまで30年の時間を要した。それに比べて「FOUND GOOD」は既存の店舗網を活用するものの、その知名度が一定の段階に達するまで、試行錯誤を重ね、信頼を築くための時間が必要だ。その余裕があるのか。だからこそ、新ブランドを立ち上げるくらいなら、例えばそれこそ「GLOBAL WORK」といった既存のブランド持ってくるほうが、はるかに合理的かつ効果的だと思うのである。

見つけることのできない「FOUND GOOD」の存在意義

ここまで見てきたように、残念ながら「FOUND GOOD」は、イトーヨーカドーの祖業復活の手段ではけっしてなく、その存立自体が目的化してしまっている。厳しい言い方をすれば、余裕のない会社が、さらなる犠牲を伴いつつ、壮大な自己満足を展開している過ぎない。「FOUND GOOD」の「お客さん目線」の不在は、それを如実に表しているのではないか。

最後に、イトーヨーカドーの創業者である伊藤雅俊の発言を紹介しよう。

その会社が生存しているということが何にあるのかということを考えれば、われわれやっぱりお客さん、消費者という言葉じゃなくてお客さんじゃないでしょうか。同じ言葉であっても、私どもでは、消費者という言葉を使うな、といってるんです。お客というのがふさわしいのではないか、古くさいけれども適当じゃないか、と。お客さんに満足していただいているかどうか、従業員がその意識を持って接しているかどうか、それが問題だと思うのです。

(『野田経済』1976年1月)

「消費者からお客様への転換」をもたらしたイトーヨーカドー。いまや再建に向けた手段と目的が倒錯したなかで、「お客さん目線」を加味することなく、淡々と縮小再生産を続けるこの会社の未来は、早晩、結末を迎えるのかもしれない。


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