季語研究 「蝸牛」-のんびり楽しく-

★★★けろけろ道場 季語研究★★★
No.23【蝸牛(かたつむり)】(三夏 / 動物)

● 概要
 マイマイ科の有肺類で、陸生の巻貝。螺旋形の殻を負う。頭に屈伸する二対の触覚を持ち、長い方の先端にある目で、明暗を識別する。
【傍題】蝸牛(くわぎう) ででむし でんでんむし まいまい

● 季語について
 今回の季語は「蝸牛(かたつむり)」ということで、楽しく季語分析をしていきたいと思います。
 ある程度の期間俳句に触れてきた方は「蝸牛」と聞いて、「うっ、豊作貧乏」と思っているかも知れません。五文字ということで上五置き、下五置き、一物仕立て、取り合わせの句なんでも作れる。何より身近な季語なので各人思い入れがあり、皆質の高い句を詠むであろう。嗚呼、万年佳作止まりの我が次こそはと挑む季語としてはあまりに険しい山ではないか。
 しかしねえ、皆さん、冷静になって考えてくださいよ。そういう考えを蝸牛の前でしたら、「それ、俺の前で言う?」と言われますよ。
 ゆっくり、しかし確実に歩みを進める蝸牛さんに多くの人がほっこりしているなか、風情を愛する俳人が素直な感じ方をできないようでは本末転倒というものです。
 のんびり楽しく。そんな姿勢から生まれる「本物の文学」もこの世界には存在します。

 さて、分析の方に入っていきますが、今回はよくありそうなパターンを挙げていくスタイルを採ります。

(1)   写実句 〈場所〉に蝸牛
 どこかの〈場所〉に蝸牛がいるという句が大量に詠まれると思われます。〈場所〉として最もオーソドックスなのは、「道」「手すり」「窓」などでしょう。このような〈場所〉を選んだ場合普通過ぎるので、余った字数でオリジナリティーを出す勝負になるでしょう。「窓」の場合、窓に蝸牛がへばりついている絵が面白いので、良い句に見えがちですが、「よくある発想」であることは認識するべきです。
 このジャンルで勝負するなら、〈少し変わった場所〉に蝸牛を置いてみるのも有効な手法でしょう。

(2)   写実句 一物仕立て
 一物仕立ては難しいと言われますが、蝸牛には「殻」「角」「通った跡」など特徴的なものがたくさんあるので、アプローチの仕方は多いと言えるでしょう。

(3)   人との関わり
 蝸牛と言えば、子どもの頃観察したり集めたりした人も多いのではないでしょうか。やはりそういった自分自身の経験を起点として考えるのが最善の道でしょう。

(4)   取り合わせの句
 先にも触れましたが、「蝸牛(かたつむり)」は五文字なので、上五にも下五にも置きやすく、直接関係のない内容との取り合わせの句は詠みやすいと言えるでしょう。まず、蝸牛は小さいものなので、大きいもの、壮大なものと取り合わせるという手法が考えられます。また、蝸牛は「かわいい」「ユーモラス」「のんびりだっていいじゃないか」といった印象を内容するので、悲しい内容と取り合わせて中和するという手法も考えられます。ただし、二番目の手法はやりようによると鼻につく場合もあるので、自分の句を客観視する観点は必要でしょう。

● 例句研究

かたつぶり角ふりわけよ須磨明石
-芭蕉-

 『源氏物語』「須磨の巻」の「あかしの浦ははひわたるほどなれば」という下りを念頭に置いた句です。須磨と明石が這って渡れる距離ならば、角で両方を指してみろという意味です。

かたつむり甲斐も信濃も雨の中
-飯田龍太-

 現代俳句の中での名句の一つであり、私個人としてもとても好きな一句です。かたつむりという極小のものから、「甲斐と信濃」という極大のものへと移る飛躍感が大きな効果をあげています。また、歴史的な地名を使うことで、これまでその地に生きてきた人たちの息吹も感じさせます。
 また、前出の芭蕉の句を念頭に置いた句という説もあります。

親と見え子と見ゆるありかたつぶり
-太祗-

 カメラはまずおそらく親子であろう二人を捉え、焦点がぐっと近景に移り蝸牛を移すという映像が浮かびました。江戸時代中期の句ですが、蝸牛と親子の日常を取り合わせるという発想は現代の句でもありそうですね。時代変われど変わらぬものを見たように感じました。

戦争も好きと一声かたつむり
-宇多喜代子-

 蝸牛が言いそうもないことを言わせるという、パンチの聞いた名句です。また、蝸牛に何かを喋らせるという手法は、言うなれば無限に作ることができ、実際の句作にも役立つ一句です。
 ただし、誤解を恐れずに言えば、このような毒の効かせ方は宇多先生ほどの俳人だからこそ成功したところもあり、うかつに真似をするとともすれば人を傷つけうる句になる可能性があることは留意したいと思います。

殻の渦しだいにはやき蝸牛
-山口誓子-

 殻の渦が中心にいくと細かくなることを「はやき」と表現した句です。写実でありながらオリジナリティーがあり、学ぶところは多いのではないでしょうか。

かたつむり夢二生家は草匂ふ
-鳥越やすこ-

かたつむりたましひ星にもらひけり
-成瀬櫻桃子-

◆ 主要参考文献
『合本 俳句歳時記 第四版』(角川学芸出版)
サイト『増殖する俳句歳時記』清水哲夫

◆    読者の皆様へ
 けろけろ道場は俳句ポスト365の兼題季語の分析という形で連載していますが、筆者多忙により「暖か」「薔薇」に関しては記事執筆をお休みしました。楽しみにされている方もいらっしゃるなか、説明もなくお休みしたことをお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。
 筆者の事情により記事を公開できないことは今後もあると思われますが、可能な限り読者の皆様に役に立つ記事を提供していきたいという思いは変わりませんので、どうかあたたかな気持ちで見守ってくださると幸いです。

令和四年五月二十八日
成瀬源三

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