斑鳩いかるのシンリョウジョ ep15 毒
斑鳩シンリョウジョ
本日の予約:15名
ミズハラ メイ ・水分
カシワギ ユウジ・電気
アオキ ヒロト ・電気
タケダ リョウ ・鉄分
中略
ミナミカワサトル・毒分
ライダ シンイチロウ・乾燥
etc etc etc…
いかるは午前中の診療が終わり午後分の予約表を見ていた。
「毒と乾燥・・・」
「なんでしょうね」今日は大和のみ出勤している。
「乾燥はまぁ水分と逆の処置でなんとかなるだろうとして・・・毒ってなんだ??」
「毒の成分を生み出しちゃうとかですかね?」
「人間に本来毒の成分は無いと思うが・・・まぁ見てみてからだな」
「そうですね」
「あぁそうだ大和くん、もう一人のバイトの・・・」
「鶴野ですか?」
「あぁそうそう鶴野、彼とはここ以外で交流したかな?」
いかるは鶴野にうっすらと不信感を抱いている。
「こないだ一緒に飯食べました」
「・・・どんなだった?」
「どんな・・・?うーん・・・」大和は記憶を遡った。「お調子ものみたいな感じですかね。鶴野くんがどうしたんです?」
「この前営業終了後に食事に誘われてね」
「え?!いかるさんを!?」
「あぁ、あまりにも急すぎたので丁重にお断りしたが・・・っていうかなんだその反応は、そんなに私を誘うのがおかしいか」
「いやっそうじゃなくって・・・その、なんかそういう感じないじゃないですかいかるさんって」
「そういう感じ?」
「なんていうか・・・食事誘っても来ないだろうなみたいな」
「そのまんまじゃないか。人によるよ」
「鶴野くんダメでしたか?」
「私の家はここだぞ?なんでわざわざ外に出て行かなくちゃいけないんだ」
「いかるさんインドアですもんね」
大和は男が食事に誘う理由を教えようか迷った結果変な回答になってしまった。
「仕事上の関係ってだけでプライベートの時間を削る権利はないんだよ」
「ははは・・・」
確かに鶴野のあの軽い感じは苦手そうだなこの人という乾いた笑いが出た。
午後の受付開始ーーー
毒の患者がやってきた。
「こんにちは。こちらは症状の完治ではなく軽減を目指すものです。で・・・毒、ということですが・・・どのような症状でしょうか?」
南河悟:年齢27 症状 毒
「こないだ山で採ったキノコを使って料理を振舞ったんです」
「あぁ・・・」
よく聞く事故だ。
山には普通のキノコと見分けのつかない毒キノコがあり、間違えて採取してしまい死亡するケースは珍しいことではない。ツキヨタケやクサウラベニタケなどいわゆるプロの目をもってしても注意が必要なくらいその辺のキノコの姿をしているものがあるのだ。
「私は大丈夫だったのですが私以外はみんな倒れて入院してしまって・・・
幸い誰も死なずに済んだのですが・・・その・・・唯一何もなかった私が疑われてしまいまして」
そうだろう。なんとも気の毒な話だ。患者自身もバツの悪そうに話している。
「事情聴取のあと身体検査をしたんですが」
「毒が見つからなかったと」
「しっかり毒が出たんです」
「はいはいしっかりと毒が・・・えっ?出たんですか?」
いかるは走らせていたペンを止め、思わず患者の方を見た。
「はい。そしたらここへ行くように指示されまして」
「えっ?警察の指示でここに来られたんですか?」
彼は意外なところからたらい回されて来ていた。
「はい・・・」
「なるほど・・・その警察の方の名前わかりますか?どまんじゅうみたいな名前だったりすると思うのですが」
「いえ・・・名前までは流石に・・・結構パニくってたもので・・・」
無実の罪で取り調べまで受けちゃ無理もないか、といかるは彼を憐れんだ。
「わかりました。では、ここへ行くよう指示された時何か言われませんでしたか?なにか証明できるものを発行してもらうとか」
「いえ・・・特に何も・・・」
ふと、いかるはあの薬物にあらゆる毒と人体の成分が入っていたことを思い出した。もしかすると何かの手がかりになるかもしれない。
もちろん彼とあの薬物は無関係だろう。しかしサンプルとしては十分な可能性がある。
「少し、簡単な検査をします」
いかるは彼の唾液を採取し簡易検査キットにかけると、毒物の反応が現れた。
「ふむ・・・南河さん」
「はい」
「警察からここを紹介されたということを踏まえて現状考えられることをお伝えしますと」
いかるは症状についての”常識で理解できる範囲”のみ話した。
「したがって・・・南河さんの体内で毒に対する抗体が出来ている、そして取り入れて毒の成分を排出出来るようになっているのではないかと思われます」
「え?そんな事あるんですか?」
「人体というのは不思議なもので体内でアルコールを製造できるようになってしまった人がいたりします。
南河さんの症状は、おそらく潜伏期間中に体内に毒を入れた事でウイルスが適応させたものかと思われます。しっかり調べないと詳しいことは申し兼ねますが・・・
そしてここからが本題なのですがこの症状を治す、というより以前の状態に戻しますか?」
「え、戻した後に毒キノコとか食べたらどうなるんですか?」
「普通に嘔吐や体温低下、麻痺などの症状が出て最悪普通に死にます」
「じゃあこのままで」
「と言いたいところなのですがこちらの処置は脳の電気信号をいじる物なので・・・既に変化した体質が戻ることはないかもしれません。一応経過観察のために何度か来ていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「わ・・・かりました」
「とりあえず2週に1回来てください。もし何かしら異変があったら直ちにお越しください」
「はい」
「ちなみに千葉の方へ行く用事などはありますか?」
いかるにとってはこっちの方が本題であった。自分が見るより薬物の成分を割り出した麗麗に彼を調べてもらった方がいいだろうと考えていた。
「いえ・・・」
「もしかしたらそちらへ行ってもらう事になるかもしれません」
「ちょっと難しいですね・・・」
「ですよね・・・わかりました。ちょっと近くで場所を探します。都内ならどこでも大丈夫ですか?」
「そうですね、千葉よりかは都内の方が」
「では場所が決まり次第こちらから連絡いたします。本日は以上です」
後いかるは直ちに麗麗へ連絡をとり、今の患者の毒の症状について伝えた。
「あー・・・なーるほどね。るんるん今大丈夫?まだ診療時間だよね?」
「うん。あ、長め?」
「ちょっちこれからの計画立てよう。終わったら電話して」
「はいはーい」
いかるは本日の診療分を終えて再び電話をかけた。ちなみに乾燥の症状は水分の分泌量を増やす処置をした。
シンリョウジョ受付時間終了後ーーー
「もしもーし」
「はいはーい、じゃあーちょっとさっきの続きしましょうか。あ、そうだ、あれから薬物に入ってたタンパク質をアメリカのDNA検査に出してみたんだけど」
「DNAの家系図みたいなやつ?」
「そうそうそれそれ」
アメリカのFBIではデータベースにあるDNAと家系図を組み合わせた遺伝子系図調査が行われており、そこから迷宮入りになっていた事件の犯人を見つけて逮捕に至ったりするなどしている。
「それで調べてもらったんだけど該当者いないっぽくてさー」
「どゆこと?」
「ほら、あれって結局当人がそこに情報登録してないと探せないんだよ」
「あーね」
「普段食べてるものとかがわかれば地域くらいまでは絞れるだろうけどそれでも特定は難しいだろうねー
あ、ごめん、毒の人調べて欲しいんだっけ」
「そうなんだけどさーいい場所ないかな?流石にりんりんとこは遠いし・・・」
りんりん=麗麗のいる研究室は千葉にあるのだ。
「んー・・・あ、知り合いが都内にラボ持ってるから今から聞いてみるよ」
「さっすが〜」
「日程流れで決めちゃうかもだけどいい?私も行くし」
「いいよ」
「じゃあ決まったら教えるねー」
「はーい。あ、一応その場所教えて」
「はいよー今送った」
いかるが送られてきたマップを確認すると、都内にある、とある大学病院だった。いかるはその場所にえらく覚えがあった。
「私が入院したとこじゃん」
そこはいかるが症状を発症した時に入院、リハビリをした場所だった。
「るんるんが入院した時のデータを元に担当医の人が症状の研究始めてたみたいでさ、丁度いいんじゃない?」
「・・・・ねぇ、もしかして中野京十郎って人と知り合い?」
中野京十郎ーーーいかるが発症した時の主治医であり、彼女のリハビリを通してこの症状の研究に取り組むようになっていった人物である。
「あれ、言ってなかったっけ?何年か前に医師会で会ったんだよ」
「言ってないよ!マジかぁ〜・・・」
「あ、やっぱ苦手なタイプだった?まぁでも悪い人じゃないからいいじゃん?」
「悪い人じゃないから余計疲れるんだよ・・・無下に扱うことができないっていうか」
「るんるんは優しいねぇ〜よくわかんない話の時はてきとーに流しとけばいいのにぃ」
「え?結構連絡取り合ってるの?」
「今回の事でね〜、あの薬物の成分調べて貰ったりしてるし」
薬物の成分について麗麗は『ツテを使って調べた』と言っていたが元主治医である男、中野京十郎がそのツテであった。
「うわぁ・・・マジおつかれ」
「あははははは!めっちゃ嫌そう!じゃあ日程決まったら教えるねー!」
「はーいよろしく」
そして当日ーーーー
いかるは患者を連れて大学病院を訪れた。麗麗は電車の遅延により予定時間には間に合わなかったようだ。
そして彼女は元担当医との再会を果たした。
「お久しぶりです、先生」
「お久しぶり斑鳩いかるさん。どうですかその後は」
「おかげさまで・・・」
「あぁそうだ、前にお勧めした平沢進聴きました?」
「えっ、あぁ・・・まぁ・・・ちょっとは」
「よかったでしょ〜CD借ります?」
中野京十郎、年齢は三十代後半。いかるがあからさまに嫌な反応をしたのはこういうところだろう、なぜ何年も前のことを昨日のことのように喋るのか。絡むのが面倒臭い人物なのだ。
「あ、あの・・・本日は私の患者を見てもらうっていうか・・・」
「あぁ〜そうだったそうだった。あれ?鳳さんは?」
「少し遅れるので始めちゃってて下さいとのことです」
「患者さんは?」
「あ、こちらです」
「よ、よろしくお願いします」
「えーっと南河の悟さんね、じゃあこちらへどぉぞぉ〜」
ここから先は京十郎の領域なのでいかるがすることは何もなかった。
久々に会った中野京十郎は相変わらずどころか何も変化がない。
当時はよくあの人物につきっきりのリハビリを受けられていた。おかげで一刻も早くここから出たいという気持ちが高まり、予定よりもかなり早く回復出来たのは不幸中の幸いだろう。
その後いかるは彼の”思いつき”に従って今のシンリョウジョを開くことになったのだ。今思っても随分と変な経緯で開いたものだ。
ふと、最近もこんな奴に会った感触を覚えた。
あぁそうだ、立里アズマだ。あの男が病まなければ中野京十郎のようになっていたのかもしれない。どちらにしてもかなりの変人なのは変わりないが。
「おつかれ〜」麗麗が遅れてやってきた「いや〜総武線遅延しててさーほんと乗る度毎ッ回遅れてんだけど」
「あの線いつも遅れてんだよね。あと小田急線」
「で?どうよ久々に会った京十郎先生は」
「変わらなすぎだよ。てか普通の時に会うとこんなしんどいんだこの人って」
「あっははは!もっと雑に扱っていいのに」
「一応あの人のおかげで今があるしさ」
「雑に扱っても多分気にしないよあの人」
「自分の気持ち的にね」
「あーね!で、どう?今どんな感じ?」
「今診察中」
しばらくして京十郎が飛び出してきた。
「このお兄さんすごいよぉ!!人類の進化だぁ!!!」
「なに!?」「どうしたんですか!?」
「この院内にある毒薬劇薬片っ端からブチ込んでみよう!!!」
「ダメに決まってるじゃないですか!!!」
「彼は毒を体内に溜め込むことが出来る!そんな人間そうそういないよ!いかるくん!君の担当医になって本当によかった!!人類の進化に出会える悦び!!!」
「待ってください!落ち着かないと筋弛緩剤打ちますよ!!」
この男に多少の鎮静剤は効かない、いかるは直感でそう思った。
「南河さん!人類がキノコを食べられるようになったのはあなたのような人がいたからだ!あなたは進化の要!ミッシングリンク!あなたのような人が人類に更なる繁栄をもたらす!!!」
「えっ?は、はぁ・・・」患者も軽くパニックになっている。よくない。
「そうだ!他のキノコも試してみよう!まずはカエンタケだ!最近増えているから除去にも丁度いい!君はレンタルのヤギd」
京十郎が突然気を失った。
「すいませんねぇちょっとこの人気が触れているもので」
看護師がだいぶ強めの鎮静剤を打ったようだ。あの暴れ人間を一発で仕留めるほどの腕利きなのだろう。
かわいそうに、患者はすっかり怯えてしまっている。患者でなくとも即座に逃げ出したくなるだろう光景だ。周りにいる他の患者さんも怯えている。そんな中で看護師は『あぁまたいつものか』と素通りしていた。いいのかそれで。
「・・・・・るんるんの時もあんなだったの?」
「うん・・・」
「マジおつかれさま」
20分後、京十郎が目を覚ました。
「あれぇ?かんじゃさんはぁ?」
「南河さぁーん鳳さぁーん斑鳩さーん、先生がお目覚めになりましたー」
聞いたことのない類の看護師の呼びかけに応えて彼の元へ行った。
「えぇっとぉー南河さんはぁ今ぁ毒をぉ体内にぃ溜め込んでぇ蛇のようにぃ溜め込んだ毒をぉ出せるぅよぉにぃなってまぁす」
鎮静剤の効果で白目を剥きながら意識が朦朧としているが割ととんでもないことを言っている。
「いかるさぁん」
「はい」
「この人うちで預かっていいぃ?」
「えっ」患者が不安そうな目でいかるを見ている。いかるは心の中ですまないと謝罪した。「よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待ってください・・・」
「申し訳ありません。医学の発展にご協力ください」
「大丈夫ですよぉ痛いようにはしないからぁ」
「いい弁護士紹介しますよ」麗麗がかろうじて慰めの言葉をかけた。
患者を帰した後、3人は院内の食堂でこれからについて話し合っていた。
「いかるくんといい今回の毒の彼といいこの特殊な症状は研究のしがいがとてもあってたまらないね」
いかるからすれば人体実験をさせられているにも同様で全くいい気分ではない。
「いかるくんのとこには色んな症状が来てるみたいだねェ。見せてもらったよー新型症状及び特殊能力と薬物についての記録と推察メモー」
「えっやだ渡したの!?」
「いやだって成分調べたのこの人よ?」
「そりゃそうだけど」
「だってそんな嫌がってるとは思わなかったし」
「ん?何が嫌がってるの?」
「あーいやこっちの話っすははは
私だってあの状態は初めて見たから知らなかったんだって・・・とにかくもう協力仰いじゃった以上最後まで行くしかないって」麗麗は声を細めたつもりだがそれでも割と大きめのサイレントになっていた。
「いやー今日はいい日だなァ〜毒をフグのように接種出来ちゃう人間が出来るとはよだれ出ちゃう」
「ほんとキモいなぁ・・・」
「さて、彼の生態実験はこちらで処理するとして・・・何かあるかな?欲しいデータとか」
「この人よく捕まらないな・・・」
さらっと生体実験と発した彼がマッドサイエンティストにならなくてよかったと麗麗といかるは胸を撫で下ろした。しかしマッドなことに変わりはない。
「なんかある?るんるん」
「んーっと・・・あの薬物の製造過程が紐解ければ」
「だそっすよ」
「連絡はいかるくんに直接すればいいかな?」
「私にいきなり来られてもわからないと思うので麗麗から聞きます」
「ちょっ」
「今度サービスしてあげるから」
「言ったね?」
「・・・うん」
「お盛んだねぇ」
「やめてください気色悪い」麗麗は思った以上に遠慮がないようだ。
「じゃあ例の薬物関連でわかったことがあれば連絡するね〜あとはお二人ごゆっくり〜」
「・・・・・とりあえず今日は帰る、なんか疲れた」
「今日るんるんち泊まっていい?」
「うん」
二人の時間が始まった。