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紙のみぞ知る #秋ピリカ応募

「紙には神がやどるんよ」
そう言いながら、おばあちゃんはきれいな和紙を何枚も使い、折り紙のくす玉を作っていた。
「神様?」
「そう。昔は想いを込めて折り紙を作り、大切な人に渡したもんさ」

大切な人…。
亡くなったおじいちゃん?
それとも別の人?

「アミは百人一首をやっているの?」
おばあちゃんの言葉にアミは我に返った。
「うん。高校でかるた部に入ったの」
「そりゃすごい。誰の歌が好きかい?」
「菅原道真かなぁ。『神のまにまに』ってところが好きなんだ」
「『神様の思いのままに』か。私も今そんな気持ちだよ…」
微笑みながら、おばあちゃんは手元にある紙をつかむ。
「おばあちゃんが好きな歌は?」
「これさ」
おばあちゃんはその紙を裏返した。
ひらがなで「せ」の字が書いてある。
「どういうこと?」
それには答えず、おばあちゃんは「神のまにまに」と言いながら、紙をくす玉の中に折り込んだ。

「山下…どうしてここに……」
聞き覚えのある声に、アミは顔を上げた。
目の前に中学の同級生、高山コウが戸惑ったように立っている。
告別式の受付は、参列者であふれていた。
「亡くなったの私の祖母だから…あ、預かるよ」
コウは慌ててアミに香典を渡す。
香典の名前が「高山」ではなく、「薬丸やくまる」になっていることにアミは気づいた。

告別式が終わり、アミがロビーで休んでいるとコウがやってきた。
「びっくりした。じいちゃんの代わりに来たら、山下のおばあちゃんの葬儀だったなんて」
「薬丸さん、来れなかったんだね」
「ずっと入院してて…あれ、山下はじいちゃん知ってるの?」
「亡くなったときに知らせる人のリストを、おばあちゃんが準備してて…その中に名前があったの」
アミはおばあちゃんが、くす玉を作っていたことを話した。
「もしかして想いを伝えたい人かなって。くす玉の『くす』は元々『薬』のことで、玉は丸いでしょ。だから…」
「『薬丸』か!」

おばあちゃんの部屋の机の中に、くす玉は残されていた。
32枚の折り紙で作られていて、開くと全てにひらがなが書いてあった。
32文字。一字多いけど短歌かな…?
アミは「せ」の紙を手に取る。
百人一首で「せ」から始まる歌は一つ…。

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ

「今は別れていても、いつかは再会しようって想いの歌なの」
「亡くなったあとに一緒になろうってこと…?」

本当にそうだろうか?
もしかして、自分たちは一緒になれなくても、後の世代で一緒にと…いや、まさか…。

アミはコウをじっと見た。
コウはなぜか少し顔を赤らめていたが、唐突に、
「また会えるかな…」と小さな声で言った。
「え?」
「あ、いや…ほら、中学以来話してなかったから…今日は落ち着いて話できないし…また時間とれないかな…」

「あ…うん」
アミは自分の顔も赤くなっていくのを感じた。
俯きながら、アミはただ「のまにまに」と心の中で唱えていた。

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