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[ちょっとしたエッセイ] 海を見ながら寿司を食べた
ふらっと池袋を歩いていたら、目に入る回転寿司屋の看板。いつも通る道なので、今まであまり気にしていなかったのだが、見回すと最近よくテレビCMなんかで見る回転寿司屋(コロナ禍以降回ることもなくなってしまっているらしい)の看板がいくつか見えた。こういった寿司屋は郊外や街道沿いのような場所にあるもんだと思っていたから、都会の一等地にもあることに少し驚いた。値段にしても気軽さも含めて、寿司のカジュアル化がだいぶ進んでいるような気もするし、僕の学生時代からも回転寿司が多く出回り、ちょっと贅沢したい時なんかによく行ったが、今ほどカジュアルではなかった気がする。遡ること、30年くらい前の僕がちいさい頃には、まだ回転寿司は珍しくて、物珍しさに連れて行ってもらった記憶がある。今ほどクオリティも高くなかったし、値段の割においしくなかったと、うちの親は今でも言っているし、回転寿司をあまり信用していない。かといって、普通の生活をしている中で、ちゃんとした寿司屋に行くのもなかんかハードルは高いし、行く機会もないなと、歩きながら考えていた。これまでの記憶を辿ると、寿司にまつわる思い出というのはいくつか思い出される。けれども、大人になってからの寿司の思い出というと、そう多くない。だいたい仕事の付き合いで連れて行ってもらったりする寿司は、そんなに記憶にも残らない。はて、思い出の残る寿司と頭の中でソートすると、ふたつほど思い出された。
1つ目の寿司は、僕が学生の時の友人の実家が寿司屋で、正月の忙しい時にアルバイトで数日働かせてもらった。就職してから1度、思いつきで行ってみた。下町の静かな場所で、昔ながらの暖簾をくぐると、おじさんが「よくきたな」と、あたたかく迎えてくれた。なんだか大人になった気分で、寿司屋にひとりで入ることが、こんなに自分を大人に引き上げてくれるのかと少しうれしかった(しかも激安で)。
2つ目の寿司は、少しはずかしい記憶だ。あれは、10年くらい前、出張で神戸の三宮に行ったときのこと。取引先の人に連れられて、慣れないキャバクラに行ったときのことだ。たいして話すこともできず、隣に座ってくれた女性にウイスキーを注がれるままに飲み干す。「おにいさん、かっこええね」なんておだてられ、取引先の話に笑顔で頷きながら、とにかくその場を取り繕うことだけを考えていた。ふと壁の鏡に映った情けない自分が鏡に映ったとき、なんだかため息が漏れた。それを見ていた女性が、「おにいさん、無理してるでしょ」と声をかけてくれた。うなずくと、気を利かせてくれて「ちょっとこのお兄さん飲み過ぎやから、外の風浴びてくるわ」と連れ出してくれた。外の路地までくると、女性がパーラメントのタバコを咥え、1本を僕に差し出して、「吸ったら少し楽になるよ」と言って、僕の口に咥えさせて火をつける。細い煙が喉を通るとき、なんだか気持ちを切り裂いてくれたような爽快感をもたらした。「合わん人は、キャバなんて苦しいだけやもんね」と隣で慰めるような声が聞こえた。仕事だからと苦笑いで返すと、そやけどねとタバコの煙に紛れた声で応える。「お兄さん、今何食べたい?」ふいに聞かれて、「え、あ、寿司かな」と言うと、じゃあ終わったら行こうと行って彼女は店の中に入って行った。僕も戻って席に戻ると、彼女の姿はなく、取引先の人は気分良さそうに、じゃあ帰るぞと言って荷物をまとめていた。
店を出ると、コートを羽織った先ほどの女性が待っていた。「じゃ、お兄さんとアフター行ってくる」と言って僕の腕を引っ張る。僕もおつかれさまでしたと、少し後ろ髪をひかれながらついていく。まだ浅い深夜の三宮は、低い建物が多いがキラキラしていた。彼女の後ろをついていきながら商店街の方へ入っていく。雑多な路地に入るとすぐ、小さな寿司屋があった。彼女は暖簾を分けて店の中をのぞくと、すぐにこちらに戻ってきて、混んでるから折りにしようと言った。手提げに入った2つの寿司折を持つと、彼女は大通りでタクシーを呼んだ。乗って10分ほど経ち止まった場所は、幹線道路に沿って海が見える場所だった。
「ここいいでしょ」
そう言って、カバンから缶ビールを取り出して手渡してくれた。時々車の通る道の脇で、海を見ながら僕たちは寿司ほおばぅた。
「お兄さん、東京でしょ」
「お酒苦手でしょ」
「人付き合い下手でしょ」
「気弱いでしょ」
「女の子苦手でしょ」
話すことすべてが合っていて、もうなんだか恥ずかしいを通り越して、一緒になって笑うしかなかった。「これで東京帰れば、ちょっとは思い出になるやんか」と彼女言った。そして、僕らはさよならをした。最後に、「もしまたこっちでキャバクラに来ることになったら、私のところおいでよ」と言って電話番号が書かれたカードをくれた。結局、電話をすることはなかったが、寿司折りを見かけたりすると、この三宮の出来事を思い出す。
今じゃ、そんな経験ができないほど、ファストフード化してしまった寿司だけど、どこかにちょっと特別なお店はあるだろう。人生後半戦だけれど、そういう店が1つか2つ見つけられれば、もう少し人生がましなものになるかもしれない。