Future of Workに対応するためにもっとも考えなければならないこと(国際比較労働法学会提出論文前文ー未定稿)
1.Introductionー「つなげる」を競争力に
Future of Workといえば、ICT(Internet Communication Technology)、AI(Artificial Inteligence)、IoT(Internet of Things)、RPA(Robotic Process Automation)等の技術革新などによる複数の企業と個人が構成するネットワークを一つの有機体として機能させるビジネスモデルに対応するための働き方のことをいう。
人工知能のような技術革新に目を奪われがちだが、そうした技術は複数の企業や個人を「つなげる」ために活用されるということが本質である。その「つなげる」ことが組織力としてのグローバルレベルの競争力を産み出すことになる。反対にいえば、「つなげる」こと、つまりは組織力を意識していない技術革新は競争力に結び付かないのである。
2000年代後半から急速に成長を続けるプラットフォームビジネスもまたネットワーク型ビジネスモデルの一つである。プラットフォームビジネスはスマートフォンなどのインターネット端末を媒介にしてサービスの利用者と提供者をマッチングするものである。ネットワーク型ビジネスモデルは、複数の企業と個人をつなぎ合わせることにICT、IoT、AIを駆使する。そのため、国境などの地理的な制約を受けることがない。ネットワーク内部では組織効率の最大化をめざし、RPAやBPO(Business Process Outsourcing)を活用したコスト削減が行われている 。
こうしたネットワーク型ビジネスモデルに対応する働き方を本稿はFuture of Workと定義する。そのうえで、ネットワーク型ビジネスモデルに必要な職業スキルを整理する。この場合、AIに対応した職業スキルであるとか、AIやRPAにより人間が担ってきた仕事が置き換えられるために必要な新たな職業スキルといった分類を行わない。なぜなら、AIやRPAといった技術は人間の仕事を代替するために発展したのではないからである。
これらの技術革新はネットワーク型ビジネスモデルを飛躍的に発展させるためにこそ活用されている。着目すべきは、ネットワーク型ビジネスモデルで求められる職業スキルがどのようなものか、そしてそれをどのように育成しているのかということである。ネットワークの組織効率を高めるためには、ネットワーク内の連携関係を促進すること、戦略立案を行うこと、プロジェクトを動かすこと、そしてコスト削減が欠かせない。これらを縦軸とするならば、横軸にはそれぞれに専門性が対応することになる。
これらの職業スキルの育成には日本的な特殊性がある。欧州における公的職業訓練による職業資格(Certification)の取得を通じた採用やキャリアアップ、公的な徒弟訓練制度といったものは日本では部分的にしか普及していない。
日本で公的職業資格と職業に関連性があるものは、医師、弁護士、看護師、介護福祉士、美容師、理髪師、栄養士、調理師、公認会計士、税理士、タクシー運転手、トラック運転手、バス運転手、自動車整備士、建築士、電気工事士などの専門的職業である。これらの職業は公的職業資格がなければ従事することができない。AI、RPA等の普及により、それぞれの職業を構成するタスクは置き換えられる可能性があるが、ネットワーク型ビジネスモデルとの関連では競争力を構成する中核ではない。日本企業の競争力はネットワーク型ビジネスモデルの原型といったものであり、ネットワーク内の連携関係を促進すること、戦略立案を行うこと、プロジェクトを動かすこと、コスト削減を行うことといった能力はもっぱら個別企業内で育成され、公的職業訓練や公的職業資格と紐づけられてこなかったのである。
個別企業における職業スキルの育成は、従業員規模の大きい企業により生産現場労働者、ホワイトラー労働者それぞれに行われ、企業内だけで通用する資格制度と紐づけられてきた。一方、従業員規模の小さい企業は人材育成投資の余力がないことから、職業スキルの育成は企業内で行われることは稀であり、必ずしも職業資格と紐づけられていない商業会議所や公的職業訓練機関を頼ることが一般的であった。日本における職業スキルの育成は、一部の専門的職業を除き、公的な職業資格と関連づけられてこなかった。つまり、公的職業訓練はもっぱら失業対策政策の一つに位置付けられてきたのである。
ネットワーク型ビジネスモデルは、ICT、AI、IoT、RPA等の技術革新が加わり、グローバルに拡大を続けている。その原型が日本企業の競争力にあるとの分析を本稿は提示する。そうであるならば、公的職業資格によらず、個別企業が企業内で行う職業スキルの育成を考察することが重要である。
日本政府の経済政策は、従来まで製造業に特化してきた日本の経済発展をプラットフォームビジネスの方向に変換を促すものとなっている。内閣は2017年12月8日に「新しい経済政策パッケージ」 を閣議決定した。これは、「第4次産業革命の社会実装によって、現場のデジタル化と生産性向上を徹底的に進め、日本の強みとリソースを最大活用して、誰もが活躍でき、人口減少・高齢化、エネルギー・環境制約など様々な社会課題を解決できる、日本ならではの持続可能でインクルーシブな経済社会システムである『Society 5.0』 を実現する」としたものである。この方向は、2019年6月11日に内閣府統合イノベーション戦略推進会議が決定した「AI戦略2019」および2019年6月21日に内閣が閣議決定した「統合イノベーション戦略2019」において強化されることになった。
戦略は一貫して「数理・データサイエンス・AI」に関する知識・技能の育成を通じた経済発展を志向したものである。そのために、大学、専門学校、高校、小・中学校などの教育改革が織り込まれている。特に、大学、専門学校ではデータサイエンス・AIを理解し、各専門分野で応用できる人材の育成とイノベーションを創出し、世界で活躍できるレベルの人材の発掘・育成、そして企業で働いている労働者のリカレント教育の役割が期待されている。また、全ての高等学校卒業生が「数理・データサイエンス・AI」に関する基礎的なリテラシーを習得することを目指している。
「統合イノベーション戦略2019」は、「数理、データサイエンス、AI」に経済発展やさまざまな社会的課題のすべての解決を求めている。そのための職業スキル育成は企業外の訓練機関である大学、専門学校等に担わせようとしている。この方法は従業員規模の大きい日本企業が行ってきたものとまったく異なっている。その理由として、「数理、データサイエンス、AI」の能力を有する労働者が企業内に存在していないこと、企業内で育成するための方策がないことがあげられる。しかしながら、企業内で職業スキル育成を従来まで行ってきたことには大きな理由がある。職業スキルがネットワーク型ビジネスモデルにおける組織効率の最大化に役立てるものだったからである。そうした経緯を踏まえていない企業外の職業スキルの育成がFuture of Workにおける職業スキル育成においてどれだけの効果を上げることができるのか。それが第一の課題である。
第二の課題は、「数理・データサイエンス・AI」に基づく「Society5.0 」に経済発展や社会的課題のすべての解決を「統合イノベーション戦略2019」が求めたことに関連している。AI関連のエンジニアではない大半の労働者にとって、職務を構成するタスクのどれだけが「数理・データサイエンス・AI」に関連するのか、もしくは「数理・データサイエンス・AI」に置きかられるのか、置き換えられた場合はその職務および雇用を維持するためにどのような職業スキルが必要なのかといった道標は示されていない。「キャリアチェンジ」と題して、従事する職務を変更する提案がなされるのみである。企業内の職業スキル訓練を企業外に置き換えるという政府主導の戦略が果たして実現可能なのか、それによって新たなネットワーク型ビジネスが構築できるのか、AI関連のエンジニアではない大半の労働者は職業生活を維持できるのかといった具体的な道筋はない。ましてや、労働力を提供するプラットフォームビジネス、つまりはギグエコノミー下で働く労働者が、AIの機能を含むアプリケーションの使い方を知っていたとしても、職業スキル上昇の機会や低い年収にとどまることへの解決方法が示されるわけでもない。18世紀の産業革命に始まる技術革新は人間の働き方を変えてきた。そのなかで、労使関係システムを基軸とした社会的合意形成の仕組みが成熟し、労働分配率の上昇やミドルクラスの育成が行われてきた。日本のネットワーク型ビジネスは労働組合が経営に協力する「生産性運動」に源流がある。これは日本社会に適合していた社会的合意形成の姿だった。しかしながら、「統合イノベーション戦略2019」には社会的合意形成に関する言及がない。その点においても、Future of Workにおける職業スキル育成の日本的特徴がある。
本稿はこれら二つの課題を軸に考察していくこととする 。
2.Future of Workにおける職業スキル育成の日本的特徴
(1)政府主導の施策
「数理・データサイエンス・AI」に関連した職業スキルの育成は経済産業省による「AI人材育成の取組」 においてグラウンドデザインが提示されている。ここでは、2030年にIT人材の需給ギャップが79万人 になることから、IT人材の育成が急務であることが指摘されている。必要なIT人材は、ハイエンド、ミドルスキル、ロースキルに三分しており、ハイエンドは新たな技術領域を主導する先端IT人材、ミドルスキルは「第四次産業革命スキル習得講座」の受講や「情報処理技術者試験」「情報処理安全確保支援士」などの国家資格取得を通じて社会人の学び直しによる高度技能人材、ロースキルは社会人として必要となる基本的なITリテラシーを有する人材を想定している。
これらIT人材の育成の具体的方策は、「未来投資戦略2018」 で示されている。ここで、求められるスキルは、「高い数理能力でAI・データを理解し、使いこなす力に加えて、課題設定・解決力や異質なものを組み合わせる力などのAIで代替されない能力で価値創造を行う」こととしている。そのために、高校に「情報Ⅰ」と題する基礎的なITの知識を問う科目の設定、知識を問うことから問題解決能力を問うことへの入試制度の改革、小学校から大学までの統計・情報教育等の強化など、学校・教育制度の改革を行う。また、大学は社会人の学び直しによるリカレント教育の場とする。
「AI戦略2019」においても学校・教育制度改革について触れており、「全ての高等学校卒業生が、「「数理・データサイエンス・AI」に関する基礎的なリテラシーを習得。また、新たな社会の在り方や製品・サービスのデザイン等に向けた問題発見・解決学習の体験等を通じた創造性の涵養」として下記のような数値目標を掲げている。
「データサイエンス・AIを理解し、各専門分野で応用できる人材を育成(約25万人/年)」
「データサイエンス・AIを駆使してイノベーションを創出し、世界で活躍できるレベルの人材の発掘・育成(約2,000人/年、そのうちトップクラス約100人/年)」
「数理・データサイエンス・AIを育むリカレント教育を多くの社会人(約100万人/年)に実施(女性の社会参加を促進するリカレント教育を含む)」
「留学生がデータサイエンス・AIなどを学ぶ機会を促進」
これらの人材育成施策はハイエンドおよびミドルクラスのスキルに関するものに集中している。ロースキルについては、「リカレント教育の受講結果の就職、雇用等への活用促進」(AI戦略2019, p.13)とあり、この部分を厚生労働省による職業紹介事業に担わせるとしている。その場合、どのような職種(Job)にどのようなタスクがあり、そのタスクを実行するためにどのようなスキルが必要になるのかという道筋は示されていない。ハイエンドおよびミドルクラスには具体的な職種(Job)が示されていることと比べれば大きな差がある。
これまでみてきた「統合イノベーション戦略2019」「AI戦略2019」はともに内閣府統合イノベーション戦略推進会議が作成したものであり、内閣府を軸にすべての省庁が横断的に参画している。一方で、厚生労働省は独自にFuture of Workに関連して、「働く人がAI等の新技術を主体的に活かし、豊かな将来を実現するために」 と題する報告書を2019年9月に発表している。ここでは、「AI 等に代替されるタスクから構成される仕事の減少をもたらす懸念があるほか、個々の労働者がタスクの変化に伴い求められるスキルアップやキャリアチェンジにどのように対応していくのか、といった新たな課題も生じる」と指摘しおり、「数理・データサイエンス・AI」ではない人材の職種(Job)を視野に入れている。
求められるスキルについては、「AI 等が進展しても、課題設定、双方向のインタラクティブな対応、新しい発想、最終的な価値判断など、人間らしい又は人間にしかできない業務は残る。このため、こうした業務に求められるスキルを高め、より創造性の高い業務の比重を高めていけば、人口減少の中でもより付加価値の高い製品・サービスを提供し、経済成長の源泉としていくことが期待できる。また、将来的に機械による代替が可能となったタスクについても、人間がサービスを行うこと自体が付加価値と捉えられることも考えられる」とする。具体的スキルとして、「人間的資質(チャレンジ精神や主体性、行動力、洞察力など)や、対人関係能力(コミュニケーション能力やコーチングなど)等」をあげる。しかしながら、「統合イノベーション戦略2019」「AI戦略2019」が政府によって予算化された具体的な施策を提示しているのに対して、厚生労働省の報告書は議論の素地にすぎず、具体性に乏しい。
ところで、「数理・データサイエンス・AI」以外の職種(Job)に必要なスキルについて、「統合イノベーション戦略2019」「AI戦略2019」はどのようにとらえているだろうか。その点について、製造業の現状を報告する「2018年版ものづくり白書」が詳しい。この報告書は、製造業におけるネットワーク型ビジネスモデルをConnected Industriesと表現し、熟練技能をデジタル化することで承継可能にすることを提言しているほか、同様の制度を有するいくつかの企業事例を紹介している。こうした手法は、従来まで日本の製造業が強みとしてきた現場労働者間のすり合わせによる調整や熟練技能をデジタルで置き換え可能にするのみならず、従来の強みをいたずらに保持することが変革の足かせになると批判している。この指摘からみえることは、ものづくりの分野のスキルが「数理・データサイエンス・AI」に置き換えられなければ成長がないとするものである。
Future of Workにおける政府主導の職業スキルの育成をまとめれば次のようなものになる。
a. ネットワーク型ビジネスモデルの伸長を目的とした学校・教育制度改革
b. 「数理・データサイエンス・AI」が従来のスキルをすべて置き換え可能とする判断に基づき、ハイエンド、ミドルクラスに傾斜したスキル育成
ここからみられる課題は、「数理・データサイエンス・AI」以外の従来の職業スキルがどのように変化し、そのためにどのような育成が必要かということ、そしてネットワーク型ビジネスモデル以外の経済成長の方向性の可能性を探ることである。
(2)シェア工場の事例
政府が参加する製造業のネットワーク型ビジネスモデルにシェア工場がある。この事例を取り上げて、政策的に製造業の将来的発展において必要だと考えられている職業スキルについて整理してみよう。
日 ASEAN 新産業創出実証事業として、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)は、株式会社日立ハイテクノロジーズにタイにおけるシェア工場(スマートファクトリの実証実験を行った 。資本は少ないが技術力のある日本の中小企業の海外進出を支援するため、海外で工場設備を共有(シェア)することで投資負担を軽減することが目的である。シェア工場をタイに設立、現地作業員による生産を行い、IT(Information Technology)/IoTを活用してオペレーションの効率性および不良率を日本で評価するともに、日本国内の技術者が生産管理を担当する。タイの労働者はカメラとセンサーで作業が常時モニタリングされ、作業手順が名札タグによって自動的に表示される。日本と現地作業員の連携は現地技術者が仲介する。日本の製造業が競争力とする品質管理を、プラットフォームを通じて提供するもので、日立ハイテクノロジーズが中核となり、タイ、インド、中国の企業がネットワーク型ビジネスモデルを構成している。
ここにおける職業スキルは、中核が「ビジネスモデルの立案と構築」「生産管理技術」であり、関連企業はプラットフォームの運用となる。現地技術者は運用するプラットフォームを現地作業員に伝達することであり、現地作業員は手順通りに作業を行うということになる。この職業スキルをIT人材のハイエンド、ミドルスキル、ロースキルに当てはめれば、中核部分がハイエンド、関連企業と現地技術者がミドル、現地作業員がロースキルということになる。ハイエンドおよびミドルスキルは技術力が向上することを求められるが、**ロースキルには作業指示を読み取るための端末の操作以上の技術は期待されていない。この場合、現場作業員には職業スキルの向上を通じた労働条件の上昇という道筋が残されているのだろうか。ここにこそ、Future of Workにおける職業スキル育成の課題がある。 **
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?