数学のコイン投げの確率、本当に1/2なの?(1)
皆様、初めまして。kentyと申します。本記事は私の記念すべき最初の投稿になります。どうぞよろしくお願いします!!!
ではでは、超早速ですが
初の投稿、「読んでくださり、本当に、本当に、ありがとう」という気持ちを持ちつつ、前置きへ移りたいと思います。1分だけください。
皆さんは中学や高校などの数学の授業で「確率」の問題を解いたこと、ありますよね?
「まだだよ!!」って方は、ここで一度イメージしてみてください。
10円玉を一回投げたとしましょう。
そこで、「オモテの面が出る確率を答えよ」と問われた場合
オモテの面が出る確率は、オモテとウラどちらの面も同じくらい出やすいと考えると
正解は1/2になりますよね(余談ですが、10円玉は、平等院が書かれている面がオモテらしいです)。
基本的にはこんな感じです。
一応は!
教育上そう教えられるはずです。
むむっ!?(次回へのヒント)
わかりにくくてスミマセン、、話を戻しましょう。
中2のこと、筆者が初めて確率の問題を解いた時は、
率直に「めっちゃ実用的やん」と思いました。
むしろ多分、「確率」がきっかけで数学が好きになったくらいです。
確かに、確率が問われる機会は日常生活の中でたっくさん存在します。
特にギャンブルの世界では確率のことばっかり考えることになるでしょう。
ギャンブルでは多くの場合、期待値が最も高い事象に対し、賭けるはずです。
みーんな、損得勘定で動きますからね。
このように、ギャンブルの例にかかわらず、我々は選択を迫られた場合
必ず「適切である」と感じる意思決定を下します。
その中で、確率は適切な選択をするための材料となるわけですが
もちろん、どんな場合でも常に100パー確率を使って意思決定をする人はいないでしょう。
しかし、1日に人は、約2000回も選択をするとも言われている現状を考えてみましょう(筆者の叔母からの情報なので間違っている可能性大です)。
筆者が初めてそれを知った時は、多いようで案外少ないなと感じました。
が、とにかく、あなたの人生は選択に満ちているということは確かです。
その中で、毎回「確率」が使われているわけではなくとも、しばしば使われていると考えると
確かに、確率を学ぶことは「実用的だ」と改めて感じますよね。
そこで、次回からは本題、「確率」の本質についてよーく考えてみようってわけなんです(前置きが長くなってしまい恐縮です…)。
お読み頂きありがとうございました!!!次回もよろしく願いします!!!