身体障碍者になった経緯(後編)
7/9(4回目の手術)
拘縮により固まった手首(掌屈側)はリハビリの処置ではどうにもならなかったので、手術によって手首の位置を後ろ(背屈側)に動かし日常での使い勝手がよくなるための処置を受けた。
もうこの時点では左手の状態が元通りになることは物理的に不可能だとわかっていたので(身体障碍者手帳の交付も受けた)、試せることは全部試してみようというマインドだった。
術後のリハビリはかなり痛みが激しかったが、理想の手の形にすることはできたためよかった。
1/31(5回目の手術)
受傷から約一年経ち、骨も元の状態に戻ったため腕の中のプレートやネジを取り出す手術を受けた。痛みはそこまでなかった。(拘縮が発症した時の痛みと今回の手術の痛みを比べると雲泥の差なので、痛みに耐性がついたことも有り得る)
2/7(6回目の手術)
一年間の療養生活にピリオドを打つ最後の手術。
正直受けるか迷った。
というのも、この一年間拘縮が残った左手の形でも工夫して日常の事が出来るようになっていたから。
趣味のカメラやゲーム、パソコンのタイピング、ましてや車の運転も自分の手に合った道具や方法を模索することによって多少ぎこちなくとも出来ていたから。
この手術の計画は拘縮の原因となっている筋を延長して手の形をパーに近い形状にするというものである。
当然今までの手の形とは形状が異なってくるので、日常生活で使用するためにはまた新たな工夫が必要になる。
もし以前より使い勝手が悪くなったらどうしよう。
もし延長した筋が断裂して再入院することになったらどうしよう。
そればかりが頭によぎり手術直前まで決断に悩んでいた。
いや、でも手を切断するわけではないしそこに「手」がある限り最低でもなにかを支えたりあるいは前みたいに試行錯誤してより使い勝手の良い手になる可能性もゼロではないと思い、手術の決断に至った。
最後に
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。精神的にも肉体的にも紆余曲折しながら、なんとか希望を持ち続けてこの一年間過ごすことが出来たのは皆さんが定期的にサポートしてくれたおかげです。左手が使えない事を理解して荷物を持ってくれたり、袋を開けてくれたり、精神的にサポートしてくれたり、様々です。今後何年生きるかは分からないですが、この一年間、一番障害の受容で辛い時期をサポートしてくれた方々への恩は一生忘れないと思います。
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