「働くなら東京?地方?」を二元論以外で考える
昨日、「ぼくの台湾留学が『面白くなかった』理由」というタイトルで、ぼくが感じた、外国人と日本人の「お笑い」に対する感覚の違いを書いた。
今日は1年間住んだ『東京』と、実家があっていまも暮らしている『兵庫』について、それぞれぼくが抱いている印象をまとめておこうと思う。
東京は「interesting」で兵庫は「funny」
ぼくが昨日のnoteのタイトルで『面白くなかった』と書いているのは、英語でいうと『funny』の方にあたる。
イメージ的には、くだらないことやってバカ笑いする感じ。
ただ『面白い』にはもう1種類、『interesting』というのもあると思う。
こっちは、ほほお興味深いとか、それは新しい気づきだ、みたいな感じの面白さ。
結論からいうと、東京は『interesting』な面白さ、兵庫(関西)には『funny』な面白さの割合が、もう片方の面白さと比べて大きい。
東京
東京は言わずもがな、日本の首都だ。
良くも悪くも、現実として日本内では東京にお金も情報もモノも人も、すべてが一番集まっている。
そんな状態で面白くないわけがない。
1年住んでみて、冗談抜きで毎日が刺激的だった。
ただ、funnyという意味でももちろん面白かったんだけど、東京のfunnyは、これまた関西のfunnyとはまた違うなという印象をもった。
なんというか、東京は叶姉妹みたいな感じ。
関西の泥臭い感じでもないし、海外のハツラツとした感じでもなく、上品な『オーホッホッ』って笑いだ。
うまく形容できないけど、ぼくが20年生きて染みついた関西の『ワッハッハ』とは、また少し毛色が違う。
慣れの問題も大きいだろうけど、ぼくはやっぱり関西のテンポやノリの方が、しっくりくることが多い。
兵庫(関西)
だから兵庫に帰ったいま順風満帆かと言えば、別にそういうわけでもない。
森羅万象を司る唯一の法則は、等価交換だ。
たしかに、多少ゲラゲラ笑うことは増えたけど、代わりに将来について語りあう機会が激減した。
ぼくの体感では、東京と大阪間で、いろんなものが3年くらいズレている気がする。
東京ではけっこう当たり前な『休学』や『長期インターン』も、こっちではちょっと珍しがられる。
というかそもそも、大阪や神戸に学生を長期のインターンとして受け入れているベンチャー企業が、圧倒的に少ない。
関西には、大企業の支社や製造業の工場なんかが多い印象。
まあ別に、支社や工場が悪いわけではないんだけど。
だから、すごく抽象的な言い方をすると、アクティブに動いてる同世代になかなか出会えない。
もしかしたら、現実にはたくさんいて、単にぼくが相手されてないだけかもしれないけど!
めっちゃすごいなーって大人の方にも滅多に出会わないし、一言でいうと刺激が少なすぎる!!!!!!!
二項対立じゃなくて、グラデーションと組み合わせ
でもまあ、東京にも両方の意味で面白い人はたくさんいるし、逆にいま兵庫にいても、『ブログ読んでる』なんて言ってくれる人もチョコチョコいる。
もしかしたら、『意識高い系』って後ろ指を刺されるのがイヤで、こっそりやってただけの人もたくさんいるのかもしれない。
そういう人たちからは、ぼくの方から先にこうして発信してるので、心置きなく話しかけてもらえる。
あと、東京と比較したときのタイムラグ問題としては、逆にだからこそ東京では埋もれてしまうかもしれない人でも、それ以外の地域でなら一旗揚げられるかもしれない!なんて言説も最近よく目にする。
でもそのときの課題として、その地域にそまりすぎて、敵がいないのをいいことに、スピードや質がダダ下がりする懸念も言われている。
だから最近は、拠点は東京以外でやってそこで活躍して、定期的に東京へも足を運んで最先端の技術や情報を仕入れて帰るという戦術をとっている人も、チラホラ見かける。
ぼく自身、いまの時点で地方創生っていう言葉にそこまで思い入れがあるわけでもないけれど、こうして兵庫の片田舎に住んでると、自然と兵庫県や関西をなんとか盛り上げていきたい!って熱い想いを持った人とも出会う。
その地域に骨をうずめる覚悟もってやってる人を間近で見てると、そういう選択肢もあるのかーと、ふと頭をよぎる瞬間もある。
けどやっぱり、あの東京のスピード感と雑多感は、それはそれでたまらないなあとも思ったり。
.........................とまあ、最近は否が応でも将来やキャリアのことについて考える時間が長いので、頭の整理も兼ねて、台湾(海外)と東京と兵庫(関西)のそれぞれの特徴を書いてみた。
あくまでもぼくの個人的な感想なので、あくまでも参考程度にどうぞ〜〜〜
▼二元論もグラデーションも組み合わせも、柔軟に使いこなせるようになるのが一番