古本屋と猫
大学生になった私は読書好きが高じて、ついに古本屋がたくさん集まっている神保町に行ってみたくなった。
地下鉄神保町駅を出てしばらく歩くと町の匂いが変わったことで、書店街に入ったことが分かった。
特にこれといってお目当てもなかったので、外から色々な古本屋を眺めながら歩いていると、周りの古本屋とは違ってどこか静かに佇んでいる古本屋が目に入った。
その古本屋はガラス戸が閉まっていたものの、営業中との木札がガラス戸にぶら下がっていた。
そのお店が醸し出す妙な雰囲気に惹かれた私は、
「ごめんくださーい」
そう言いながら、ガラス戸を引いて店内に入った。明かりはついているものの薄暗く、他に人がいる気配もなく、空気もどこか淀んでいる、そんな感じがした。だけれども棚に陳列されている古本はどれも埃を被っておらず、誰かがきちんと手入れしているのは確かなようだ。
せっかくだし買ってみるかと、一冊の本を手に取り、会計をしようと店内奥のカウンターに向かった。が、そこには店員さんは見当たらず、カウンターの中の椅子の上に茶色の猫が行儀よく座っているだけだった。
「どなたか、いらっしゃいますかー」
私の声はお店の奥に吸い込まれただけで、返事はない。
トイレか何かで引っ込んでいるのかなーと思った矢先、
「どれでも一冊百円。代金はこちらに。」
と書かれた紙が貼られた、陶器の貯金箱が目に入った。
マジックで書かれたその文字は色あせており、紙自体も黄ばんでいた。
ここにお金を入れればいいのか、それとも店員さんが帰ってくるのを待ったほうがいいのか思案していると、椅子の上の猫が私をじっと見つめてきて、ぷいっと、首を箱の方に振った。ように見えた。
「ここに入れればいいのね。」
私は財布から100円玉を取り出し、貯金箱に入れると、
キーン……
という高い音が店内に静かに鳴り響いた。
その余韻が終わってから、買った一冊の本を持って私は店を出て、また歩き始めた。
少ししてから立ち止まり、店のほうを振り向いて、私は
「まさかね…」
と呟いた。
空を見上げると、真っ青な空が広がっており、どこからかセミの鳴き声が聞こえてきた。
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