ぼくらのカタルシス、そしてアトーンメント 前編 (東富士版)
★カタルシス
1.舞台の上の出来事(特に悲劇)を見ることによってひきおこされる情緒の経験が、日ごろ心の中に鬱積(うっせき)している同種の情緒を解放し、それにより快感を得ること。浄化。▷ ギリシア katharsis
2.心理学における、浄化および、排他のこと。また、無意識的なものを意識化する方法のこと。無意識の内に抑圧されている、過去の苦痛や恐怖、罪悪感をともなう体験や、そのときの感情などを言葉で外にだすことによって、「たまっていたものを排出し」、心の緊張がほぐれるようになる。
★アトーンメント
atonement
名
〔悪事や損害に対する〕罪滅ぼし、償い、補償
《キリスト教》〔キリストがもたらした神と人間の〕和解◆通例Atonement
【記憶は蘇る】
今年が2023年。あれからもう12年。3.11が近づき、多くの人達がかつての悲劇に追悼を捧げる姿が見られた。
東日本を襲った大震災は、およそ私達が生を受けてからの間の「最も大規模な悲劇」であったことを、否定する人は少ないと思う。
一方私は13年前、東富士演習場で起きた悲劇のことを思い出していた。
悲劇の消化には色々な形がある。時間が経てば全ての傷が癒えるというわけではない。
私は語ることしかできないが、それもまた私なりの消化方法なので、仕方ないし、お付き合いいただける方には、お付き合いいただけると嬉しい。
【野焼き、という営み】
富士山東南麓。およそ1万ヘクタール。東京ドームに換算して約2000個分(この換算が分かりやすいのか、分かりにくいのかはさておき)の、広大な茅野原が存在する。茅野原としては他の追随を許さない、国内最大規模の景勝地であり、富士山というランドマークとセットでありながら、その存在と価値を認識している人は、意外と少ない。
存在する御殿場市が様々な「大人の事情」から、景勝地他、観光資源としての発信をしてこなかったということもある。
文化資源としても重要な存在であり、ピーク時には日本国内の茅葺需要の8割超が、東富士産で賄われていた。著名な岐阜県白川郷の合掌作り、茅葺き屋根も、その素材の9割は富士山麓産で賄われている。
国内では東富士と阿蘇が2トップ体制で、日本の伝統建築の保存に活躍している。
このこともまた、不思議なほど発信されていない。知られてもいない。
ただ、本稿で触れるのは、その文化的価値、という視点ではない。
もう一つ、東富士の茅野原は「東富士演習場」として、自衛隊の演習地としても国内最大級である。御殿場は、意外と知られていない「国防の街」でもあるのだが、それもまた本稿で触れるメインのテーマではない。
本稿では、古くからこの土地「東富士演習場≒東富士茅野原」で毎年行われてきた「野焼き」について触れる。
野焼きとはなんであるか。
読んで字のごとく、「野を焼く」のである。
広大な面積の乾燥した原野に火を放つ。高さ10数メートルに及ぶ炎の壁は数箇所からほぼ同時に放たれ、先述の通りの広大な原野を、ものの数時間で焼き尽くす。
およそ人類が取り扱う「炎」としては、世界最大級のものと言って良いだろう。
2010年。この野焼きに携わった若者(30代)3人が、炎に巻かれ、亡くなった。全国区のニュースとして報道されたので、記憶にある方もいらっしゃるかも知れない。
善意のボランティア活動中の事故であり、非常に痛ましい事件としてニュースにもなった。家族や配偶者、幼い子供を残して命を落としたこと、さぞ無念であったろうと思う。
震災がそうであるように、この事故もまた、忘れられない人の心には永遠に刻まれた反面、社会の中では次第に風化している事実は否定できない。
それでも私は「責任ある側」の人間として、これからも語っていこうと思う。
【その事故と私】
正直言って、この事故は「起こるべくして起きた」事故だと思う。いつか起こるであろう事故が、たまさかこのタイミングで起きてしまったというだけのことなのだ。
幾重にも重なる無責任の重複がこの事故を起こしたが、私は当時の運営だけを責める気にはなれない。誰がどう役割を担っても、その無責任構造を変革するのは「超」困難であったと感じている。当初に設定された仕組みが、時代の変化と共に無理筋へと変化し、誰の力でも改革不能、制御不能な状況に陥って久しかったのだ。
東富士演習場とは、現在も土地所有者達(≒農家)の財産であり、わらびやフキ、ゼンマイ、キノコ等の採取用地である。
それが防衛庁を通して自衛隊の演習地として貸与されている。貸与であるため、農家も出入りをする。私も土壌改良材としての茅を採りに入るし、お茶屋さんなどは敷料として熱心に茅を採取していく。私が茅を採取する隣にパラシュート部隊は降りてくるし、軽トラで走れば戦車とすれ違う。国内では極めて特殊なエリアだ。
採取される茅は、非常に優れた農業用の土壌改良材なのである。
その茅野原の管理保全を行う為の野焼きは、本来その土地所有者が行うべきものであるが、いつからか、消防団の下部組織とでも言うべき「火防隊」が請負う形となっていた。消防団が「準公務員」のような公的な位置付けであるのに対し、火防隊は、もっとボランティア性の高い自主防災組織であり、青年団の延長のようなものである。この組織形態もまた、事故発生時の補償を検討する際に災いした。社会制度的には「好きで勝手にやってたことでしょ」という、突き放す意見も呼んでしまったのだ。また、火防隊と土地所有者はニアリーイコール「≒」であって、イコールではない。
野焼き実施の概要を説明する。概ねの年が明けて1月に、「本来の野焼き日程」が設定される。しかし、野焼きの実施にはいくつかの条件がある。
①日程の前が続く晴天で、茅野が乾燥していること。→困難。御殿場は積雪の時期。
②風が弱く、一応風速が設定された基準以下であること。朝、運営が風速などの指標から判断し、実施を決定→無意味。そもそも風とは朝は凪ぎ、南中時刻に向けて増すものである。同時に形骸化。多少風があったほうが燃え広がり安く、作業自体は効率的。
③土日であること。
→担い手が火防隊であり、その中心であるサラリーマンや兼業農家を動員する。作業には一定の人手を要する為、平日に実施は困難。というか不可能。自衛隊が実施を支援するが、彼らは国民から貸与された資産に火を放つことはできない。あくまで後方支援や、人員輸送のお手伝いをするだけ。
以上の条件を満たすのは容易ではない。毎年毎年、延期延期延期の繰り返しで、大抵3月まで繰延べし、結局不完全な条件ながらも実施やむなくなり、3月に強行するのである。
隊員は延期の度に土日の日程を空けておかねばならず、隊員から運営に対しても「不完全でも良いから、早く実施をして欲しい」という要望が強く寄せられる。その隊員から突き上げられる運営もまた、実行部隊と同じく、公務員などではなく、土地所有者や火防隊のOBによって、善意で切り盛りされている。
基本的なマニュアルに従えば、野焼きの火に巻かれる事故、ということはおこりえない。原則では、作業は茅野に火をかけ、火柱を追いかけていくからだ。作業者は焼け跡、あるいは茅のないエリアにしか存在しないはずであり、事故は想定されない「原則」である。
ここにも構造的な問題があり、例年遅延を恐れ、不完全な状況で実施された為、「次善策」がセオリーになりすぎたきらいがある。
湿った茅野を焦土にしなければならない。完全に乾燥するのを土日限定のタイミングでは待ちきれない。
その為「発煙筒」の投げ込み着火という方法が明文化されない「次善策」としてマニュアルになってしまっていた。
どんどん茅野を進み、両サイドに発煙筒を投げ込んでいく。湿気により十分な火勢ではないので、途中途中に存在する火除け地(普段は演習車両の通路となる無草地帯)まで先行し、後方が燃え尽きるのを待つ。延焼の目処をつけたらまた同じ工程を繰り返しながら前に進む。この、あってはならない「火柱に先行する」という作業工程が、事故の本質的原因であり、その工程が生まれたのは、元々設定に無理のある3条件をクリアしなければならないが為、であったということなのだ。
ちなみに、3条件が気持ち良く揃った年の野焼きは、肩透かしを食うぐらいに楽だ。開始時に、スタート地点で着火をすると、勝手に火柱が広がって行く。その火で暖を感じる程度に距離を保ちながら、周囲の絶景を楽しみつつ徒歩で追いかけているうちに終了。大変あっけない。
一方で、乾燥条件が整わない場合はどえらく大変である。火をつけても一部が燃えては消え、大半が残る。火がつきそうなところを改めて探してはまた付ける。繰り返すが前に進めない。時間はドンドン過ぎる。相手は数千ヘクタールの面積なので、「今日中に帰れるのか?」という気分になる。サラリーマンが貴重な休日を費やして実行している。自宅では子供が待っている。そんなやきもきする実行部隊から、「次善策」として生まれてしまったのが発煙筒を用いた投げ込み着火方式なのだ。
私はこの事故当日の野焼きには参加していなかった。その前の週の予定日は参加予定であった。その前の前の週も同様。延期を繰り返すうちに、どうしても私はこの日はダメ、という日程に実施されたりするわけだ。その為、延期の度に参加者名簿が変更されるわけで、その変更労力もまた負担である。
事故当時。
隊員数10名に満たない「彼の北畑支隊」と、同じく同等規模の「我が永塚支隊」は、事故発生10分前まで、共に行動していた。(そうだ)
隣村の飲み友達、幼馴染、のような間柄なのだ。
では北畑はそちらに。永塚はこちらに。
野焼き終了後の再会を疑う者もいないまま別れ、うち3人とは永遠に再会することは叶わなくなった。(とのこと。繰り返すが、私はこの日現場にはいなかった)
後編へ続く
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