ぼくらのプロダクトアウト 第4回 最終回
ぼくらのプロダクトアウト 連続4回 第四回
ここ直近の経緯もあり、また長い歴史もあり、日本の農業生産者は、「産業の構造的な課題を自力で解決する」という発想がハナからありません。正確には、ない人が多い。多くの場合、人は「(環境により)育てられたように、ナリに従って育つ」のです。必要のない能力は開花しません。ずっと、保護されてきたのです。最近はうっすらと、ですが。
ただ、前に進む、切り開く発想がある異端、反逆者やパイオニアも一定数いて、今日現在、相当なカリスマ性を発揮しつつありますが、全体の中ではほんと一握り。現場やSNSでは、カリスマをつかまえて「私のことも助けてください!」「この国の農業を変えてください!」みたいな、時代劇のセリフかと見間違えて三度見するような場面がちょこちょこ見られます。
保護されることに慣れている為、また、お上の言うことに従うのを美徳としてきたため、「課題を誰かに解決してもらおう」という体質は、これもまた農家のイケてないDNAとして蔓延、定着しているのです。誰かのために地道に汗をかくことができる、愛すべき人たちなのは間違いないのですが。
本来、産業の課題解決は、産業内部から起きてしかるべきもの。痛みを伴い、勇気や自己犠牲を必要とするかもしれない。しかし、それは自動車産業がかつてそうであったのとまったく同じことだ。
農業への「保護産業としての傘」は、非情ではあるが、日本政府は静かに、静かに閉じた。閉じました。なるべく静かに、世論を騒がせない形で閉じました。
あなたも気づかなかったでしょう。思惑通りです。国会で議論して導くのではなく、霞が関が予算配分で導くという政府×農水省の常套手段です。私が知らないだけで、他の省庁も同じかもしれません。
では私たち農業者が、今するべきことは何なのでしょうか。
取りうる手法はいくつかあるでしょう。
① 徹底的な効率化とコストダウンを図り、国際競争力をつける。「世界という戦場」に躍り出て、流血をいとわず領地(シェア)を切り取る。このタイプの農業インフルエンサーは既に数人、頭角を現し始めている。(かつ、私は彼らを尊敬している。なんなら私も挑戦したい)
※皆さんは徳本修一という農業インフルエンサー(生産者)をご存じだろうか。彼はこの①の「突出したトップランナー」であり、国内の若手農業者が熱い視線で彼の一挙手一投足を見つめている。
② 徹底的にブランド強化を図り、規模としては、むしろ拡大せず、ニッチなハイエンド購買層を絶対逃さない「高付加価値戦略」に特化する。守るように、しかし攻める。
これも妥当な戦略だ。しかし、この「椅子取りゲームの椅子」は、プレイヤー母数に比して、とても少ないことは承知しておく必要がある。消費ピラミッドの一番上の小さいところをみんなで目指そうというのもまた、血の海レッドオーシャン。小さいから「レッドポンド」か?
③ 私が現在取り組むのが第三の方策。青果物の相場が極端な暴騰・下落を起こすのは、「賞味期限の短さ」という問題があるからだ。主要因ではないが、加速要因ではある。そして主要因は供給量の極端なアップダウンだ。
だから
→供給過剰になる青果物が、価格下落をしようとする前に、加工原料として吸収し、価格調整の機能を、生産者サイドを持つことができないか。いや、持つべき、挑戦すべきだ。
→とすれば好ましい加工品は賞味期限が長いものであり、過剰≒旬もまた、柔軟に吸収できる構造が必要だ。
→販売域は賞味期限の延長により、青果のままよりはるかに広がるから、世界の裏側まで持っていけるんじゃないか。既存の青果物マーケットではない、新しい販路、マーケットを切り拓けるんじゃないか。いや、切り拓かねばならない。
私は漬物製造業の一つである「ピクルス・酢漬け」をツールとして選択した。題して「ごちそうピクルスシリーズ」。
もともと手掛けていたから、ということもある。取り組みとしては、別に漬物でもピクルスでもなくたって良い。
一次産業の構造改革は、既存の第二次産業者である「昔ながらの漬物屋さん、漬物製造業者」には期待できないし、基本「してはいけない」。だって迷惑だから。彼らは位置する次元がことなる別産業形態の人たちだから。DNAも異なる。
彼らは製造業としての自己経営を守るのに必死だし、それは責められるようなことでもない。
ちなみに、多くの場合漬物業者は農業生産者と「契約栽培」という形で取引をする。
「白菜200tくださいな。私の為に作ってくださいな。」→「200tは約束の値段で買うよ。相場は関係ないよ」→「でも、足りないのは許さないから、買ってでも納めてね」「あと、たくさんできてもそれは知らないから、自分で食うか、市場にでも出荷してね。あとは知らん」となる。私が彼らの立場だったら、やっぱりそうするだろう。計画生産しなければ、計画販売できないですから。
今回、「ごちそうピクルスシリーズ」をトータルデザインするにあたり、様々な野菜を網羅し、自社産青果物のみを限定使用するような形にはしなかった。(もちろん優先的には使う)ラインナップと使用野菜は、市場からの情報を元に今後拡充していく。
原料調達と情報提供(今、マーケットでは何が過剰か。今後何の過剰が予想されるか)面で、大型青果市場に協業者として関与してもらった。これも大事なことで、生産サイドだけでなく、流通サイドの協力・協業者は必須だ。どの産業でも、異業種業界でおきている変化の情報は掴みにくいし、勘が届かないからだ。同じ理由で、製品の販売やマーケットインに強い食品製造業者とも緊密な連携・協業体制を作っている。
さて現場では、様々な野菜が時期ごとに旬を迎え、過剰供給を迎え、下落を迎える。
消費者の「旬で栄養価高く、香り良く、味も良い」というポジティブな評価と裏腹に、生産者は過重労働と価格暴落のピーク(ボトムというのが正しいのか?)を迎え、働けど働けど我が暮らし楽にならず、という時期を迎える。
その局面で動く。
順次「旬を吸収する」。そのことで「供給量の調整→価格の調整」という機構は、業界にとって、自己調整力として、絶対的に必要なものなのではないか。私はそう考えるのである。
遅きに失したのではなく、必要なら今からでもやるのだ。
とは言え簡単なことではない。
◎ピクルスは嗜好品の色合いが強く、大量の青果の過剰を吸収するのにベストの形態とは言いにくいかもしれない。しかし、まずは始めることである。
◎かつまたファーム一社が、日本の青果物の供給調整が可能か。できるわけがない。しかし、まずは始めることである。業界に対して、モデルの提示は可能だ。各地域の青果流通圏ごとに、同種のマインドを持ったプレイヤーが「1次産業サイドから」複数件ずつ参入、存在するようになれば様相は変わる。過剰を100%吸収する必要はないのだから。
◎ピクルスは(大量に)売りさばけるのか。しかし、まずは始めることである。国内だけではあふれることが予想されるなら、海外まで飛ばせ。世界に飛ばせ。足早に準備。慌てず、しかし足早に。
ともかくも、立ち止まって考え込むより、まずは動く。始めることだ。体勢は後から整える。
同種の取り組み、同様のDNAの後発が続くことを期待するし、周知、促進の努力をする。ノウハウや販路で後続と協業できる体制づくりを急ぐ。おそらく私が把握できていないだけで、先行者もきっと探せばいるのだろう。私が思うよりこの国は広く、人材もいる。
また、私が挙げなかった第四、第五の方策も、そして、それ以外の方策もきっとある。
各々が自分なりに業界の課題解決の方策を探し、実行すればよい。
ただ、ここにこのままの姿勢で立ち止まることだけは、どうやらもうできないようだ。
変わらないことは許されない。
以上が連載、「ぼくらのプロダクトアウト」の全容だ。
商品のマーケットイン(いかにしてターゲットのお客様のニーズに合わせるか。魅力的に仕立てるか)についてはここでは述べない。むしろ、普段私はそちらをメインに発信しているし、マーケットインこそ、全力で発信し、調整し、フィードバックを得て、商材をブラッシュアップしていくものだと思う。
どこかで私からの発信やごちそうピクルスシリーズを見かけたら、優しく微笑んでください。
しかし、業界内の淘汰は必ず進む。非情に、残酷に。これは誰にも止められない。
自動車産業が集約していったように。町の電気屋さんが消えていったように。
日本という国は、農業もそれらと同じ「自由競争」という土俵に上げるという選択をしたのだから。①②③に挙げた方策が、どれも軌道への乗っていくことを祈っている。私も、その3つすべてに挑戦するつもりだ。ただし、これは国の保護政策云々ではなく、ビジネスの話なので、大きな自己責任を背負って進む類の事柄であるのは間違いない。
それでも個人的に強く願うのは、「今日の農業」という血なまぐさいリングから降りてゆく者が、悲劇と悲壮と借金だけを背負って降りていくのではなく、覚悟と、割り切り、そして次のリングへ挑戦する勇気と意思を携えて降りられる猶予や余裕だけは、与えられる変革であって欲しい。
また、前進か撤退の2択を迷う「端境にいるプレイヤー」が、一人でも多く生き残れる変革であって欲しい。起きないなら起こす。そんな変革を起こしていきたい。
こんなフランス語がある。船上の掛け声だ。
「ソーヴ・キ・プ! sauve qui peut!」
商船であれ、戦艦であれ、奮闘むなしく船が沈むとき。船長は艦と運命を共にする。
覚悟を決めた船長が、最後に多くの部下達にかける言葉、そして命令が「ソーヴ・キ・プ!」だ。
意味は、
「生き延びることができるものは、全力で生き延びよ」
英語ならば「Run for your lives !」
私は今日現在、船長のように艦と共に沈みゆくつもりはない。
かつて内外から「護衛船団方式」と言われ、落伍者を出さないという方針で航海をしてきた、この国の農業政策は静かに終焉を迎えた。沈没は免れない。
それでも、志を同じくする、私と同じく現場であがく、愛すべき仲間たちにこう言いたい。
「ソーヴ・キ・プ!」
「ぼくらのプロダクトアウト」
2023.2.13 勝亦健太