読書BGM

この話は、私の読書好きな友人が語ってくれた。

彼はミステリやSF、ホラーに恋愛など様々なジャンルの小説を読み漁っており、いわゆる本の虫、と言える読書家だ。

私も読書自体は、彼には劣るが趣味として楽しんでおり、1日に1回は小説を開いている。

彼と遊びに行って、喫茶店で話している時、ふとBGMの話題を振った。

私は静かな場所だと気が散るたちであり、家で本を読むときはYouTubeなどにある適当なものを流し、集中できるようにしている。

おそらくは、制作が容易でそこそこのニーズがあるので、検索すれば大量の種類のものがあり、気まぐれにそれを決めていた。

この話をすると、彼は何だか微妙な表情で、
「俺も聞くんだけど、ちょっと思うところもあってな。」と呟いた。

予想外の答えに不意を突かれ、思わずと聞き返すと、彼は話し始めた。

彼もまた私と同じく静かな空間よりは多少の音があった方が落ち着くらしく、YouTube上で雑多にBGMを聴いていたという。

自動再生を行うため、放置していれば様々なものが流れ、ある時その中で[読書]とだけ銘打たれたものが再生された。

一般に、こういったBGM動画は背景に適当な写真を写しているものが多い。

それは森だったり、青空だったり、図書館だったり、暖炉だったり。
BGMの毛色によってもさまざまだ。

彼のスマートフォンに再生されたその動画は、
晴れた獣道の先に鳥居がある、といったものだった。

別に違和感を覚えるような写真では無かった為、特に気にも留めていなかったという。

それから30分ほどして、スマートフォンが振動した。どうやら誰かからの連絡だった。

本を閉じて画面に目をやると、少しの違和感を覚えた。

背景の写真が、再生したときよりも鳥居に近づいている。

じっと見ても特に動いている様子はなく、どうやら本を読んでいて見ていない間に動いたのだろう。

こういった動画で背景が動くことは、そのとき彼に取って初めてのことであったが、それでも別に何があるという訳ではない。

直ぐに連絡を済ませ、またBGMの再生ボタンを押して読書に戻った。

それから少しして、急に右耳に砂嵐のようなノイズが走った。

驚いた彼は思わずヘッドホンを外し、画面を見やるとまた鳥居に近づいている。

何だか不気味に思ったので、BGMを別のものに変更した。

次の曲は洋風のピアノ・クラシックが流れており、特に不思議な点はない。着々と読み進めていく。

1時間ほどでそのBGMは終わり、広告を挟んで次のものが再生される。

聞き覚えがあった。

スマホを見るとまた、先ほどの鳥居が表示されていた。

再生時間は初めからなのに、鳥居は明らかにさっき見たのと同じ、近づきつつある状態になっている。

思わず電源を切り、落ち着いてからそのチャンネルをブロック、表示されないように設定した。

それから、彼の身の回りには異変が起こり始めた。

まずはYouTubeである。

アプリを開くと、おすすめ欄といった名前の、登録しているチャンネルや普段視聴している動画に基づいた、ユーザーの好みそうなものが表示される。

その1番上には、[読書]と銘打たれた、あの動画があった。

他の動画を見れば、広告としてその動画は出てくるようになり、彼はアカウントを変更したがまだおすすめ欄のトップに居座っている。

気づけばLINEで設定できるマイBGMや、パソコンやスマホのファイル、果てにはカメラロールに動画媒体として…

彼の持っている再生機器全てにその曲は組み込まれていた。

彼はそれから、「この曲が放送で流れたら?」という思いから、学校にも行けなくなってしまったらしい。

心配した両親が、カウンセラーや医者に連れ回したこともあったが、こんな話をするのも躊躇った。

それでも彼は曲に対しての不安が拭いきれず、両親にこの話を打ち明けたらしい。

混乱はされたが、一度お祓いに行ってみる、という話になり、親戚が一度お世話になったという田舎にある高名な神社を訪れることになった。

街から離れ、どんどんと荒れた道に入っていく。
木々の隙間から日差しが注ぎ込まれ、そうして奥に鳥居が見えてきた。

あの鳥居だった。

彼は両親に泣き叫びながら必死に説得を行い、道を引き返すことになった。


「でもな」と彼は言った。

「あの時以来、もうどこ見てもあの曲出てこなくなったんだよ。しばらくしてから検索しても無くってさ。」

「それでこの話も俺が小学生の頃でずいぶん昔だし、もうどんな曲なのかのかも覚えて無いしな。」

「思えばずいぶんアホらしいことで悩んでたな〜。子供だったし。」

そう言って彼はコーヒーに口をつけ、次の話を始めた。

雰囲気のいい、洋風レトロな喫茶店では少し浮いているような、和風アレンジを加えられたピアノのメロディを、恐らくは私だけが違和感を持って聴いていた。

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