ねむりたい。

眠るまでの数分から数十分、暗くて黒くて視覚的な情報がほとんどゼロになっているあの時間。どこからはじまって、どこで終わっているのかよくわからないあの時間が自分はわりと好きかもしれない。最近は意識的にあの黒い空間をずっと奥の方まで行ってみようと試みている。だけれど奥の方というのが前進めばいいのか、後ろへ進めばいいのかわからない、一歩進んだかと思えばさきほどとは全く違う空間になっていることさえある。あの空間はきっと時間と位置が不連続な空間なのだ。自分たちが理解することのできない、特別な空間。目をつぶればその空間に飛び込んでいける。電気を消し、布団に潜り込み、そして少し足元のほうに寒さを感じながら目をつぶる。そうやってぼくはあの特別な空間に入り込んでいく。
そのようにして黒い世界を漂っていると、徐々になのか、あるいはストンと瞬間的になのか(ほとんど鉈が振り落とされたかのようにストンと)意識が途切れ、黒い世界から抜け出している。抜け出していることに自分は気付いていない。完全に心がおいてけぼりになってしまうのだ。心の動きが排除され、理性というものがなくなり、獣のようにぼくたちはただ眠る。眠るというのは、ヒトに戻る唯一の手段なのかもしれない。黒い世界から解き放たれた僕は、散らばった記憶の粒を一粒一粒拾っていくのだろう。どこになにが落ちているのか。なにが重要で、なにが重要でないのか。記憶の粒に優劣はない。ただひたすらにその粒を拾い集めるのだ。そのときの僕の姿はどんな姿なんだろうか。ヒトの形を保っているのか、あるいはアメーバのようにグネグネと形を変えながら、落ちている粒を取り込むようにして前に進んでいる(前というものすら存在しないのかもしれないけれど)のか。いずれにせよ、拾い集めることのできる記憶の粒には限界がある。ヒトならば手の大きさによるだろうし、アメーバならからだの大きさによる。粒を入れるカバンをもっていればいいんだけど、きっとそんな便利なものはないとおもう。拾い、また拾い、そしていつか限界がくる。こぼれ落ちた粒は空間にぼつりと落ち、欠ける。欠けた粒からは一瞬だけ、光のようなものが放射状に散乱する。ぼくはそれを背中に感じながら、からだをねじるようにして前へ進む。

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