種苗法改正反対派の方の意見を読んで

反対される方の論点のまとめを拝見しました。https://shift-pn.com/2020/05/17/種苗法改正・賛成派の意見を考察し、見解を述べ/

図解など使ってわかりやすく説明されていましたが、私にはそのような技術がないので、文章のみです。私が梨農家である為、例が果樹、特に梨となることお許しください。

まず前提に「一般品種と登録品種の境界が曖昧である」との問題があるようです。

しかしそもそも一般品種を簡単に登録できるのであれば、種苗登録と言う制度自体が成り立たないはずです。

例えば梨の一般品種である皆さんもよく知る幸水は古くからありますが、今なお梨の栽培面積の多くを占めています。市場性のある品種は廃れないのです。これは最大の需要期であるお盆の時期において幸水を上回る品種が出てきていない事の裏返しでもあるのですが、それはともかくとして幸水を別の名前で品種登録をするのは広く知れ渡っている為、不可能です。

そうなると一般品種を登録品種として新たに登録するにはあまり知られていないような品種に限られます。しかしそのような品種はごく一部の地域で生産される伝統品種であったり、消費者の嗜好の変化、耐病性、収量で劣る、または栽培が難しいなど様々な理由で消え去っていった品種だと思われます。そこに市場性を見出せるでしょうか。似た品種を作り品種登録をし、既存の一般品種の栽培者相手に訴訟を起こそうとする悪意ある育成者がいたとしても、まず登録の際には似た品種との区別性が求められます。

殆ど知られていない品種を登録できたとしても、懲罰的賠償の認められていない日本では損害賠償請求額は生産者の利益分くらいでしかありません。ひっそりと代々地域で受け継がれてきたような品種ではその額は知れています。その上、一般品種であることを知りながら登録すれば罪に問われる可能性があります。「経済的利益のみを追求する悪辣な多国籍アグリ巨大企業」がとる合理的な行動とは思えません。

植物は環境により形状が変化するから分からない、との意見もありましたが、それなら同一環境にて栽培を行い、それぞれどのような形状となるか試験すれば良いのです。現在でもDNA鑑定などで判別出来ない場合にはそのような方法が取られているようです。http://www.naro.affrc.go.jp/laboratory/ncss/hogotaisaku/index.html

交雑するとの問題については種を採ることのない果樹農家の私には知識がありませんので、意見は差し控えます。


次に「海外流出は現行法でも十分防ぐことが可能で、海外流出を完全に防ぐ為には各国で種苗登録するしかない」との意見ですが、これは私も一部同意します。 

しかしそれならば政府に求めるべきは、「新たな国際的な種苗登録の枠組みの構築を促すこと」「個人育成者や中小企業育成者の海外での種苗登録へのアクセスを容易にする施策」なのではないでしょうか。

今の状態は例えれば、多くの箇所で水漏れしている上、蛇口の開きっぱなしの水道です。根本的な解決は蛇口を閉めることですが、かと言って目の前の水漏れを放っておいていい訳ではありません。

山形のさくらんぼの登録品種であった紅秀峰(現在では登録期限切れで一般品種です)がオーストラリアに流出したことがありましたが、穂木を渡した栽培者に悪意は無かったのだと思います。私もそうですが他県から圃場見学に来てもらうのは嬉しいのです。それがわざわざオーストラリアからとなると尚更です。軽い気持ちでお土産として穂木を渡したのではないでしょうか。これは現行法でも勿論禁止されています。種苗法が現場に周知されていなかったが為に起こった悲劇です。

ただかつて無登録農薬が問題になり、農薬取締法違反が厳罰化された際にも感じたのですが、農家であっても知らなかった、では済まされない時代になってきたのです。


次の論点として「食分野において開発者(育成者)と農家が対立している構造が問題」だとされています。

果たして育成者と農家は対立しているのでしょうか。別の記事に書いた私が新たに導入をはかる登録品種「甘太」ですが、きっかけは同時期に収穫できる「新高」という品種が夏の高温で焼けてしまい、商品化出来なかったことです。袋を変えてみたり、灌水の時間を変えてみたりしましたがうまくいきませんでした。育成者側の意見としてよく拝見する林ぶどう研究所の林氏も「そのような環境の中で、品種の力は大変大きい」と述べられていますし、私も全面的に同意します。この点は野菜や米などでも同じではないでしょうか。

育成者に利益が還元される仕組みを作ることで、育成者に新たな品種を作って貰い、私達生産者はそれを栽培する。対立ではなく協調です。新規参入も増えるかも知れません。それが多国籍アグロバイオ企業であっても国内法を遵守し、合法的に活動するのであれば当然保護の対象とすべきです。品種が増えれば登録品種も当たり前に増えます。先の記事でも述べましたが、それは生産者の選択肢を広げることにも繋がります。

もっとも現代農業に掲載されていた花卉分野での育成者権の濫用ともいうべき事態も見受けられました。いち早く権利ビジネスとなり、育成者権者側が圧倒的に優位な花業界では育成者権の切れた品種に対しても、自家増殖の手数料を請求されることがあるようです。これは独占禁止法での優先的地位の濫用にあたるのではないでしょうか。http://www.ruralnet.or.jp/gn/202004/maker.htm。

このような事態を避ける為には育成者権の濫用とも言える場合に対しては農水省の断固たる指導が必要ですし、種苗法上のペナルティの制定も必要かと思います。

追記

(優先的地位の濫用に関して根拠法として不正競争防止法をあげていましたが、正しくは独占禁止法です。訂正しました。)

さて記事ではここで何故か欧米に比べて日本における農業への公的補助の少なさをあげておられますのでそれについても述べたいと思います。

参考としてあげておられるリンク先を見ると、農業所得に占める公的助成の割合がフランスが2011年で95%、イギリスが91%(作物が書かれていませんが、あとから野菜果樹の割合が書かれているので小麦だと思われます)、それに対して日本は2006年で平均15.6%しかない、と書かれています。これだけ見ればフランスやイギリスは手厚い保護だな、と思われるかもしれませんが、フランス、イギリスの主食である小麦農家の平均経営面積は200haと書かれています。日本の米農家の平均面積は少し古いデータですが2010年で1ha。今は農業法人に集約が進みつつある状況ですが、有名な大規模法人の横田農場でも平成30年で142haとのことです。英仏の小麦農家はデカイのです。

これはどういうことかといえば、フランスやイギリスでは大規模集約化により、農家の数自体を減らしたからでしょう。大型農機のない時代からこの経営規模だったわけでは無いと思います。大規模農家に投資を集中し補助金の給付先を減らしたわけです。これを可能にしたのが「地形」でしょう。日本の耕地面積はこれらの国に比べて圧倒的に少なく、中山間地も多く大規模集約には限度があります。集落営農を進めたり、担い手たる認定農家、さらに農業法人に集約化を進めているとはいえ、日本の現状でそれらの国並みに公的補助を引き上げることには国民の同意が得られるでしょうか。


次に書かれておられたのがモンサント社その他多国籍アグロバイオ企業への恐怖。

こればかりは何も言えません。お化けが怖い人もいればそうでない人もいますし。

ただモンサント社の種苗世界シェアを90%と書かれた週刊エコノミストの記事があります。正しくは30%もありません。それでも多いとは思いますが、大手マスコミの記事としてはどうかと思います。



次にこの記事では触れられてませんでしたが、農業競争力強化支援法について書きたいと思います。

この法律の8条4項に基づいて外資を含む民間企業に農研機構や都道府県の開発品種に売り渡される、との主張があります。

多くの条文参照では

「独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」と書かれていますが、この条文には前半部分があります。全文は

「種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」

前半部分では民間事業者への品種育成を始めとする種苗生産供給への参入を促しています。それを受けての後半なのですから「種苗の生産に関する知見」とは登録品種の提供ではなく、生産ノウハウを提供しましょう、ではないのでしょうか。

https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/info/attach/pdf/171116-19.pdf

農林水産事務次官による通知です。8条4項については「都道府県は、官民の総力を挙げた種子の供給体制の構築のため、民間事業者による稲、麦類及び大豆の種子生産への参入が進むまでの間、種子の増殖に必要な栽培技術等の種子の生産に係る知見を維持し、それを民間事業者に対して提供する役割を担うという前提も踏まえつつ、都道府県内における稲、麦類及び大豆の種子の生産や供給の状況を的確に把握し、それぞれの都道府県の実態を踏まえて必要な措置を講じていくことが必要である。」と書かれています。

非常に分かりにくいですが、種そのものを渡せ、と解釈するには無理があるように思えます。



以上、長くなりましたが私の考えとしては


○種苗法を改正し、育成者権を強化することに賛成。

○一般品種と登録品種の境界が曖昧で、今後どんどん一般品種が登録される、との懸念には、そもそもそんな状況であれば種苗登録制度自体が成立しないはず。

○種苗法改正でも海外流出は完全には防げない。その為、他の措置も必要。

○前項の措置として、新たな国際的な種苗登録の枠組み作り、更に海外での種苗登録へのアクセスを容易にする施策の実施を求めたい。

○育成者権は無制限ではない。濫用する者は何らかのペナルティも必要。

となります。


立場や考えが違うのですから賛成反対あっていいと思います。今回の議案がどうなるかは分かりませんが、これで終わりではなくこれからもトコトン議論して自分の考えをブラッシュアップしていけば良いと思います。


そして政治家の方には決して反対の為の反対、ではなく法律をより良くする為にこれからも考えていって貰いたいです。今回は間に合わないかも知れませんが、国会議員にはせっかく法案の提出権があるのですから。

※追記

この記事につき追加訂正する部分があり、新たな記事を書きました。以下にリンク張ります。

https://note.com/kentakenta12/n/n1361f9b1381c