種苗法改正/問題の本質

種苗法改正法案の提出は見送られたようですが、以前の記事にいくつか追加訂正すべき個所が見つかったのでまた記事を書きました。今回も文章だけで読みにくいかもしれませんが、最後までお読みいただければ幸いです。

まず訂正です。

前の記事で「個人育成者や中小企業育成者の海外での種苗登録へのアクセスを容易にする施策を求める」と書きましたが、今でも制度はあるようです。

https://www.alic.go.jp/koho/kikaku03_001040.html

次に前の記事でもさらっと触れた農業競争力強化支援法8条4項にある「種苗の育成に関する知見」について書きたいと思います。

前回の記事で私はそれは生産ノウハウだと解釈しましたが、反対派の方の中にはノウハウではなく、育成者権である、との声が今なお多数ありました。果たしてどうなのか、自分でいくら考えてもわからないので農水省の知的財産課にお尋ねしたところ、「種苗の育成に関する知見」には育成者権は含まれない、とのお答えを頂きました。(お答えくださった職員さま、お忙しい中、ありがとうござました。)

これで一安心、と思ったのですが、そもそも育成者権は財産権の一つなのだからこの条文に関わらず、譲渡売却が可能なのではないか、との疑問が生じ、さらに調べてみました。そこで見つけたのが以下の資料です。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000919320170323004.htm

これ農業競争力強化支援法制定時の衆議院農林水産委員会の議事録です。この中で共産党、斉藤和子氏の「農業競争力強化支援法8条4項に定める知見とは何か」との質問に対して、柄澤政府参考人はこう答えておられます。前半は種子法廃止の背景でしたので後半だけ抜粋しました。

『今般の農業競争力強化支援法案におきまして御指摘のような条項があるわけでございますけれども、この内容としましては、民間事業者による種子生産への参入を促進するために、必ずしも品種自体の遺伝情報というようなものだけではなくて、今申し上げました一連のプロセスの中の、原原種圃あるいは原種圃を設置する技術ですとか、あるいは高品質な種子を生産するための栽培技術、さらには種子の品質を測定するための技術というようなものにつきまして民間事業者に提供を促進するということでございますけれども、これはあくまで、都道府県等に対してその提供を強制するといった趣旨のものではございません。』

つまり生産ノウハウに加え、遺伝子情報も含まれるようです。これを根拠に反対されておられる意見も見られましたが、この答弁で重要なのは最後の「都道府県等に対してその提供を強制するといった趣旨のものではございません」ではないのでしょうか。

同法8条4項は「提供をさせる」ではなく「提供を促進する」なのですからこれは当然の事かと思われます。知見の内容が何であれ強制では無いのです。

さらに考えてみれば、農業競争力強化支援法はすでに可決成立し、効力を発しているわけです。よって種苗法が改正されようがされまいが、反対派の言われるような「多国籍アグロバイオ企業に公共財であるデータが買われてしまう」という状況は(本当にそうなるかは置いておき)存在するのです。果たしてそのように改正云々関係なく存在する問題を今回の争点とするのは適当でしょうか。

そういった観点から反対派の意見を改めて見てみました。

1 登録品種と一般品種の境目が曖昧であり、一般品種が種苗登録される。

種苗登録制度は現行でも国籍関係なく登録できるので改正に関わらずそのような可能性は存在する。

2 交雑や環境変化により登録品種と区別性がつかない品種が発生した際に自家増殖を行う農家が訴えられるリスクがある。

現行法でも育成者権を行使し生産者を限定したり、別途契約により自家増殖を禁じた登録品種であれば、改正後と同様な状況を作り出せる。

3 遺伝子組み換え作物の問題

私は問題は種苗法とは別の問題だと考え、これまで触れていませんでした。しかし反対派の方にはその問題を指摘される意見がそれなりあるので取り上げますが、遺伝子組み換え作物の栽培に関しては種苗法ではなく、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(通称「カルタヘナ法」)により議論される問題であり種苗法改正の是非には適さない、と考えます。

以上、それぞれ大切なことではありますが、種苗法改正に関わらず存在する問題であり、別途議論するべきなのではないでしょうか。

それを踏まえた上で残る論点を整理すれば

A 改正により海外流出を防ぐことは可能か

B 登録品種の自家増殖を許諾性にすることの是非

この2点に絞られると思います。

まずAの「改正により海外流出を防ぐことは可能か」という問題ですが、私は先の記事でも述べた通り、完全に防ぐためには海外での種苗登録しかないが目の前にある流出経路は早急に防ぎたいと思います。では今回の改正でどのような流出防止策が採られたか簡単に言えば

「育成者権者が種苗を輸出できる国、栽培できる地域を指定できるようになる」

ということです。

https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/attach/pdf/index-38.pdf

みなさん、どのようにシャインマスカットが流出したとお考えでしょうか。ポケットや鞄の奥底に、盗むまたは違法に譲渡された穂木を入れ、見つかって罰せられないように心配しながら出国手続きをした、と思う方もおられるかも知れません。しかし私はこう思います。

堂々と、なんなら苗木をむき出しで出国手続きに臨んだ。

現行法では合法的に入手した登録品種をその品目(ぶどう)の保護がされる国(中国)に持ち出すことは合法なのです。つまり苗木屋さんで購入し、出国時にレシートを見せるだけです(実際に私はやったことがないので想像ですし、もちろん持ち込先の検疫をクリアする必要はありますが。)以下のリンクは現行法での種苗の海外持ち出しに関するパンフレットです。

http://www.hinshu2.maff.go.jp/pvr/pamphlet/kaigai.pdf

これが今回の改正で規制されます。栽培地域の指定は都道府県が育種した登録品種を念頭に置いておられるのだと思います。果たしてこれまでどれだけ「合法的」に登録品種が持ち出されたのでしょうか。

日本は法治国家であり、どんな倫理に反する行為であってもそれを罰する法律がなければ何もすることができないのです。小さな改正だと思われるかもしれませんが、今まで多くの優良品種が海外に合法的に流出していたことを食い止める一つの手段にはなるはずです。決して「海外に持っていっちゃダメだよ、と念押しできるようになるだけ」ではありません。

国内市場が縮小する中、輸出に活路を見出す農家も多数おられると思います。そのような中、海外流出を少しでも防ぐことは喫緊の課題です。持ち出し対象となりやすい果物の生産者の一人としては一刻も早い法案成立を望みます。

次に

B 登録品種の自家増殖を許諾性にすることの是非

について書いていきたいと思います。この問題は言い換えれば

「育成者権」と「従来認められていた農家の自家増殖する権利」のバランスの再調整です。

ここで訂正しなければならないのは、先の記事で私は「育成者と農家は対立ではなく協調だ」と書きましたが、少数派であっても権利が侵害される人がいるならば、その意味において育成者と農家は対立しています。

賛成派である私には見えなかったのですが、反対される方から見れば確かに対立は存在します。改めてお詫び申し上げます。

それでもなお、私は改正に賛成します。

前にも述べましたが、日本の果樹農家の技術は世界に誇るべきものです。しかし肝心の作ることのできる品種そのものが無くなってはどうしようもありません。何度も言いますが、昨今の異常気象により作れる品種に変化が生じています。新たな品種が求められています。育成者に利益が還元される仕組みを作ることで、育成者に新たな品種を作って貰い、私達生産者はそれを栽培する。そのような循環を作ることが求められているはずです。これは米や野菜でも同じだと思います。登録品種の増加=一般品種の減少ではなく、多様性の増加です。

「種の公共性」を論じる方もおられますが、種苗登録し公開することで公共性に十分寄与していると思います。育成者権や特許権など知的財産を登録することは、権利者に独占的な権利を与えるとともに、公開し次の新たな知見のヒントとする意義、さらに育成者権についていえば優れた品種を後世に伝える、という意義も持つと思うのです。

みなさん、桃の品種ってどれくらいご存知ですか。多くの人は白桃、黄桃、西日本の方ならば岡山名産の清水白桃に代表される果皮の白い桃、位なのではないでしょうか。私は梨をメインに栽培していますが、少しながらも桃も栽培しております。品種により好みのはっきり分かれる梨とは違い、桃はお客さんの多くもそのような認識です。(白桃と黄桃はさすがに好みが分かれます)

この桃ですが枝変わりという変異を起こしやすく、それによって登録された品種もたくさんあります。仮に私が枝変わりで大変おいしい桃を見つけたとしたら、品種登録しないでただ「桃」として売るでしょう。味の秘訣を聞かれたら企業秘密と答えるのです。品種登録して誰にも作らせない、という方法もありますが、公開されたら私が新品種を持っていることが世間にばれてしまいます。(私は心が狭いのです)学生時代に受けた知財法の授業の時に教授が「本当に大切な技術は特許公開せずに、営業秘密として不正競争防止法で守る」と言っておられたことも思い出します。

そのような手段をとることもできる中、それでも品種登録されるのは、やはり広く世間に作ってもらい、後世に残しておきたい、という意識が育成者にあるのだと思います。公開ということで公共性を果たしているはずで、育成者権をさらに制限することには疑問があります。

さて、今国会での種苗法改正は見送られたようですが、どのような結果となっても私たち国民には司法という救済の場が設けられています。対立する権利の調整は最終的に司法の判断に委ねるしかありません。そしてその判断に従う。そのようにして私たちの国は成り立っているのです。

今回の議論の中で一番の問題は賛成派も反対派も互いに言い合うだけで、建設的な議論ができていないことだと思います(正直私も最初はそうでした。反省しています)反対派意見をお書きになったSHIFT氏とすこしやり取りをさせていただきましたが、考えの相違はあれ、合意できたことが一つあります。

twitterは建設的な議論の場として不向きである

それぞれの意見を冷静に出し合い、余計なものをそぎ落として問題の本質を見極め、そこを議論する。その中で解決策や新たな問題も見つかるはずです。私はそう思って記事を書きました。これはSHIFT氏も同じ思いでしょう。

柴咲コウさんが非難されていますが、それに私は決して賛同できません。個人の意見の表明を止める権利は誰にもないはずです。惜しむらくは柴咲さんがツイートを削除されたことです。柴咲さん程の有名人であれば討論会を開く、といった議論の場を提供できたのではないかと思います。それは匿名のしかも無名の私には決してできないことですから。

しかし、そもそもこれは本来、マスコミや政治の役割であるはずです。その役割を放棄し一部マスコミは不安を煽るような記事を出したり、センセーショナルな見出しを付けていました。マスコミはともすれば感情的になりがちな世論を冷静に導き、国民の議論の助けとなる記事を出すべきなのではないでしょうか。

営利企業であるマスコミはまだしも政治家はさらに罪深い。国会の議決で廃止が決まった種苗法や、可決成立した農業競争力強化支援法を持ち出し、不安を煽るのは立法府の一員として如何なものかと思います。国会議員には法案の提出権があるのです。本当に問題があるのであれば川田議員のように正々堂々と議員立法を目指すべきでしょう。

追記

(議員立法による種子法の復活を目指す動きがあるようです。その是非は別として、このようなことは歓迎します。私は議員立法はもっとあっても良いと考えています。)

それでもなお、政権の恣意的な運用、などというのであれば議員の職を辞すべきです。どのような法律であれ恣意的な運用をすれば困るのは当然です。国民の不安を煽り、法案を廃案に追い込むのは決して正しい民主主義だとは思いません。立法に携わるものに最終的に求められるのは明確なロジックです。さらに恣意的な運用を避けるため、三権分立の点から立法府には行政を監視する役割が与えられているのです。現状はその役割の放棄であり、立法府の自殺です。猛省を促したいと思います。


以上長々と書きました。質問、反論などあればできる限りお答えしたいと思います

最後になりましたが、今まで私の記事を紹介していただいた方(反対派や不安に思う方にこそ読んでほしいと思い、あえて多くの方にリプライしていませんでした。お詫び申し上げます)、読んでいただいた皆様に厚く御礼申し上げます。そして賛成であれ反対であれ、日本の農業を考えてくださる皆様に感謝申し上げます。方法に違いはあれど、目指すところは同じであると信じています。

皆様の意見の形成の参考になればと思いから書きましたのでこれらの記事は残しておきます。

追記

何度も、もう書かない、と言っていながらとても重要なことに気付いたため新たに記事を書きました。併せてお読みいただければ幸いです。

「日本の知見は売られるのか/種苗法改正」

なお、「もう書かない」と言っていた箇所は削除しました。