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【小説】クラマネの日常 第1話「もらすことだってある」

僕はひょんなことをきっかけに、小さな村にある総合型地域スポーツクラブのマネジャーをすることになった。
竹内隼人。それが僕の名前だ。公認クラブマネジャーという資格を取って、マネジャーの仕事を始めたのがもう3年前。仕事には慣れてきたと思う。でもまだまだ初めて遭遇する出来事がクラブではたくさん起きる。

僕はマネジャーをやりながらも、いくつかのクラスの指導を受け持っている。その内の一つにコーディネーショントレーニング ―簡単に言うと体を思い通りに動かせるようにすることを目的に脳神経系を鍛えるトレーニングー を行うクラスがある。僕はそれの幼児クラスを担当させてもらっている。最初はそんなのできっこないと思ったんだけど、もう一人、クラブの2年目からマネジャーに就任した中山さんという人が、「絶対にやった方がいい。絶対だ」と言うので、仕方なく東京まで講習会に参加をしに行って、資格を取ってきた。そしたらまた中山さんが、「すぐに指導を始めた方がいい。鉄は熱いうちに、だ」とか言うから、すぐに企画を立ててチラシを作った。それを僕が村役場に頼んで各戸の文書配布に入れ込んでもらおうとしていたら、「馬鹿野郎!そんなの保育園だけに配ればいいよ!あとはちゃんとホームページに載せておけばいいって!」と言うので、その通りにした。もしかしたらこれだけですでにバレてしまったかもしれないけれど、僕は基本的には言われたことをそのままする習性がある。自分のやりたいことがないから、言われたことをやってしまう。これはもう今のところどうしようもない僕の習性だ。言われた通りに保育園にチラシ配布のお願いをしようと電話をかけようとしたところで、「待て」と電話を切られた。もちろん中山さんだ。もう中山さんのキャラクターもバレてきたかもしれない。この人は僕とは真逆で、意思の塊だ。いつも「こうしたい」「ああしたい」が渦巻いている。その渦に、僕はいつもいとも簡単に巻き込まれてしまう。
「ただチラシを配るだけのやつがあるか。ちょっとお試ししませんかってお願いしてみろ。もしかしたら保育園も喜んでくれるかもしれないぞ」中山さんがそう言うからには、僕はもうそうするしかない。保育園に電話をして、「総合型地域スポーツクラブの竹内と申します。いつもお世話になっております。実は相談がありまして・・・」と正直に体験会を保育園でやりたいことを打ち明けると、「ぜひ!」という返事が返ってきた。中山さんの言う通りだった。
その後体験会をして、そこでチラシを配った。子どもたちはみんな凄い楽しそうにしてくれて、そのおかげか、コーディネーショントレーニングはすぐに満員になった。熱くなった鉄はすぐにカタチになる、ということなのだろうか。いずれにしても、コーディネーショントレーニングはこうして始まった。

話は昨日の出来事に戻る。
コーディネーショントレーニングは午後4時から。僕は15分前には会場に入って床のチェックや用具の準備をする。そこに、保育園から帰ってきた子どもたちが順番にやってくる。来た子から自由に遊べるように、ボールやフリスビー、三角コーンなどを置いてあるから、みんな思い思いに遊び始める。時刻が開始時間を過ぎても、自由遊びは続く。保育園のお迎えが遅くなった子などは午後4時には来られないから。
さて、そろそろ子ども達が揃ってきたし、始めようかというのが午後4時5分から10分頃。すでに何人かの子は息を切らして汗をびっしょりかいている。
「じゃあ最初に水飲んで、準備出来た子から集まりましょーう」と僕が呼び掛けて、みんなが荷物を置いている場所へ掛けていく中、僕はわずかに異様な臭いを嗅ぎ分けた。僕は、もしや、と思った。もしや、と思って、言葉を選んでこう呼びかけた。
「”もしかして”、トイレに行きたい子はいる?コーチ、一緒に行くよ」
どの子も本来は自分でトイレに行ける。でも、もし非常事態で、既に”事”が起きてしまった後だとしたら、一人ではどうにもならないだろう。僕はみんなの表情と動きをよく観察する。
一人だけ、浮かない表情をしている子がいることに気が付いた。僕は「みんなトイレ大丈夫かな~」と明るく言いながら、さりげなくその子の”後ろ”に近づいた。みんなにばれない様に、鼻で息を細かく吸い込む。くんくんくん。
やっぱり。
僕はその子、ケンタロウ君の肩を叩き、「じゃあケンタロウ君はコーチと一緒にトイレ行くか!」と、さらに明るい声で言い、ケンタロウ君は黙って頷いた。
「じゃあみんな、コーチはちょっとケンタロウ君とトイレに行くから、みんなはもうちょっと遊んでていいよ!道具使ってていいからね」と言い残して、ケンタロウ君をトイレへ連れ込む。
トイレに入ると僕は、「出ちゃったかな?」とケンタロウ君にこっそり聞く。ケンタロウ君はこくりと頷く。「じゃあこっちに入ろうか」と、個室へ一緒に入る。「まだ出る?」と聞くと、首を横に振った。「じゃあ全部脱いじゃおうか」と、ズボンを下ろすと、ズボンは汚れているところはなかった。続いてパンツを下ろすと、こんもりと形のある状態のものがあって、僕は形状が残っていることにむしろほっとする。
「よし、ズボンは大丈夫だから、お尻を拭いたら、そのままズボンをはいちゃおう」と僕はケンタロウ君に提案する。すると、「え、嫌だよ」と言うから僕は困ってしまった。でも同時に、ショックを受けて塞ぎ込んでいないことに安心する。「でも、パンツはさすがに汚れて履けないし、コーディネーションやるにはチンチンを出したままではできないよ」と説得すると、「じゃあそのままズボン履く」と了承してくれた。僕はケンタロウ君のお尻にこびりついたものを丁寧にふき取り、そのままズボンを履かせた。ケンタロウ君を便座から降ろして、便器にズボンの中にあったものを流す。「ケンタロウ君、手を洗ったら先にみんなのところへ戻っていいよ。遊んでな」と言うと、ケンタロウ君はすぐに駆け出してトイレを出て行った。僕はそのままズボンを手洗い場で洗って、絞った。そして僕も、何事もなかったかのようにみんなに合流して、いつもよりも5分遅れてコーディネーションをスタートさせた。

こんなことがあっても、ケンタロウ君はいつも通り元気に体を動かしていたから、僕は子どもの無邪気さに感動した。汚れたパンツはお迎えに来たお母さんに渡して、出来事を報告したけど、僕が想像していたのよりもあっさりを事実を受け入れて、何事もなかったかのように帰っていくものだから、僕は今度からは子供たちに必ず、「トイレは行かなくて大丈夫かい?」と聞くことを決意した。

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5