見出し画像

おでん屋奇譚11

寒くて嬉しい。
「そうだねえ。」
正直ボールは人気商品ではないが
牧村は「今日誰かに食べられるといいねえ。」と
たれ目で微笑む。

鍋のはじっこで、諍う声が聞こえてきた。

「いいよなあ、体の芯まで出汁が染み入ってるジャン!
俺なんかさあ・・・・」
糸こんにゃくが泣き事を言っているらしい
「俺なんか素材、芋だぜ!こんにゃく芋!出汁ははじきかえすって
寸法だよ。俺、大根みたいに旨くなれてるのかなあ?」

「馬鹿だねえ、アンタ。」大根が溜息混じりに言う
「こんにゃく芋が素材だからって、そんな言い方ないじゃない
当のこんにゃくに謝んな!」

「こんにゃくはいいんだよ!牧さんが丁寧に飾り包丁入れてるし。
三角でカッコイイし。」糸こんにゃくがかぶりを振った。

大根が説教じみた口調で言う
「あんたは本当に馬鹿だねえ、糸じゃない。
糸状だから、出汁を抱きこみやすいのよ、そんなことも分かんないの?」

「・・・・・・・・」グウの根も出ない糸こんにゃく。

チクワブがさらに続けた
「卑屈になっちゃイカンよ、糸君。
見た目にカッコイイも何もないよ。私達は皆
美味しく食べてもらうための、最高の形をしとる。
私の体を見なさい。私はうどん粉でできているんだよ。
でもうどんではないだろう?
チクワの形をしているだろ?
でもチクワじゃないんだ。
素材も形も嘘になっちゃうだろう
でもこんな私でも、好きだと言って食べてくれる人がいるんだよ。
嘘だらけの体でも、私は誇りをもっているんだ。
だから糸君も自分に誇りをもって。沢山出汁を抱きこむんだ。
きっと、美味しいって言われる日が来るって。」

「・・・・・・脇役はいやだ!」なおも駄々をこねる
糸こんにゃくに、大根は平手打ちをする。

「あんた、チクワブの旦那の話をまるで分かっちゃいないね。
誰でも、素敵な可能性があって生まれてきたんだよ。
形や素材を嘆くより、美味しくなろうとする努力が大切なんだよ!!」

「う・・・ん」平手打ちに面食らったのか
うつむく糸こんにゃく。
その横で無邪気にボールが「大丈夫?」と覗きこんでいる。

「糸君。私だって今言ったことを気づいたのは
最近なんだ。ほら、顔上げて。元気出して。」
チクワブに優しくされて、糸こんにゃくは泣きだした。

一部始終を聞いていた牧村は、頷きながら
出汁を返す。
「この世の中も、俺のおでん鍋にすっぽり
入っちゃえばいいのになあ。」

洋介や、中年紳士が鍋に入れられる
想像をして、ちょっと笑った。

今年もいい年になるかな?
おでん達の素敵なやり取りを見て
なんとなくそんな予感がする牧村。

まだ正月ムードが抜け切らない街にも
やがて、働く人たちが戻って来る。
おせち料理や、普段と違う
豪勢な食事に飽きた人たちが
ふと立ち寄る、温かい湯気のある屋台。

牧村は人懐っこそうな、微笑を絶やさず
彼らを迎え、そして、送り出す。

みな一様に
おいしかったよ ご馳走様
牧さんまたね
という言葉を残して去ってゆく。

厚揚げが口を開いた。
「牧さん・・・。」
咄嗟に牧村は耳を傾ける。

「今日あたり、またあの坊や、来るよ。
今年初めてじゃないのぅ?」
湿り気のある話し方の厚揚げは、牧村にとっても
少しだけ特別な存在だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?