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アクアリウム10

休診日は少し憂鬱だ。
梶診療所は、土曜日の午後からと日曜日
木曜日の午後が休診だ。

休診ということは、当然父の休日ということになるわけで
父の休日とはそれ即ち、父が一日家にいるということで
それ即ち、顔を合わせることになる。

実直というか勤勉というか、父の生活スタイルは
休日でも平日でも、同じ時間に目を醒まし、同じ時間に
食卓で新聞を広げていた。

「おはよう。」母に聞こえて父に聞こえるかどうかの声で
遅めの朝ご飯にありつこうと、リビングに降りてきた僕は
やっぱりどことなく、部屋の空気が重たい。

顎を、少し上げ
新聞の上辺、延長線上に僕を認めた父は
あぁ とも うぅ ともつかない息を漏らしただけだ。

分かってる。
大学受験に失敗して以来。
父との齟齬を感じる。
いや 失敗そのものは瑣末な問題だ。

医学部を受験しなかったことが
将来僕に病院を継がせようと考えている
父との確執を生んだ。

僕は子供の頃から、父の鷹揚な態度が威圧的で嫌いだった。
製薬会社の営業マンを相手にする時
医療器具の業者を相手にする時
父は尊大な態度で望んでいた。その目が、子供心に怖かったんだ。

確かに社会的地位の高い職業かもしれない。
誰も周りの人が諌めない、一国の主たる
開業医。ただそれゆえの高圧的、威圧的態度が
僕にはどうも解せない。テレビでは小さい島でかいがいしく
島民を診る優しい先生を主人公とした
ドラマが流行っているけど、あんなのは嘘だと思う。

いつしか、父の様にはなりたくない。

そう思うようになった。

「裕ちゃん、調子どう?」部屋の空気を入れ替えるように
母は絶妙のタイミングで、話題を振る。

「うん。前の模試では、大方B判定だったよ。」

「それっていいの?悪いの?」お嬢様大学を
中学からエスカレーターで卒業した母には、受験の厳しさなど分からない。

「確実って訳じゃないけど、このままのペースでやれば
なんとか大丈夫ってことだよ。」
ここで臍を曲げるほど僕は子供じゃないんだ。

「そう。毎日頑張ってるもんね。」

バサリ
父が新聞をめくる音。

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